14:新たな力
「急げ! もたもたしてると敵が来るぞ!」
「わかってるよ!」
魔王軍の拠点となった王都は、再び喧騒に包まれていた。
理由は至極単純、この地に再び教会の軍勢が近づいているからである。
どうやら十万を超えていそうだという報告を聞いて、魔王アベルは即座に“戦闘の準備”を指示した。
それが“戦争の準備”でなかったのは、戦いが長引くことはないと読んだからだ。
大規模が戦いが連続した影響で、この世界にはもう人そのものが少なくなってしまっている。
戦争そのものを実行不可能な一線は近い。
それに、こちらの戦力は一万ほどだ。
どちらにせよ長期戦は難しい。
王宮の執務室で地図を広げたアベルは、魔王軍の戦力をどう配置しようかと考えていた。
なんだかんだで一緒に戦って者達だし、できれば死なせたくないというのが本音だ。
しかし時間がない。
敵が到着するまで一週間は掛からないだろう。
「報告のあった位置からは四日か、遅くても五日ぐらい。敵を見つけてから俺に報告が入るまでの時間を考えると、本格的な衝突は三日後か。だが……」
「足の早い奴らを集めて先遣隊を送り込んで来るだろうな。……俺ならそうする」
カインがアベルの言葉をつないだ。
彼もまた執務室の椅子に座って一緒に地図を眺めている。
「ああ、その可能性は高い。敵がどこまでこちらの戦力を把握しているかはわからないがな。だが数の優位があるんだ、こちらの動きを妨害するために多少の戦力は割いてくるだろう」
二人の頭の中にあるのは、聖地から帰ってきたボルテラの情報だ。
前回のグレゴリーの時とは、敵軍を構成する人間の種類が明らかに異なるという。
いや、性質と表現した方がいいだろうか?
その点に関しては、アベルよりもカインの方が実感としてよく理解していた。
人は自分が正しいと常に思い込むものだが、しかしその『正しい』の意味は必ずしも一意ではない。
それを単に最も現実的な選択肢を選ぶという意味で捉えている者もいれば、世界に道徳的正しさが一つだけ存在すると信じて疑わない者もいる。
教皇グレゴリーは前者だったが……、さて、今回の敵はどちらだろうか?
「仮に相手が本当に先遣隊を送り込んでくるとして、使ってくる可能性の高いルートは……、こことここか」
アベルは地図上の二点を指で叩いた。
王都から見て東と南南西、そこは地形の関係で比較的発見されにくい。
小規模の部隊で王都に奇襲を仕掛けるのなら、ここから近づくのが有利だろう。
そんなことを考えながら、カインはそういえばグレゴリーがここを使っていなかったことを思い出した。
(思いつかなかったのか? いや、逆に待ち伏せを警戒したのかもしれないな)
本人がいないことには確認のしようもない。
カインは頭の中を切り替えることにした。
目の前ではアベルが地図を睨みながら考えている。
「さて、どうするか……」
対処として一番良さそうなのは逆にこちらから奇襲を掛けることだが、それをするためには戦力を王都から離さなければならない。
味方の損失を抑えるためには有利な位置取りが必須で、その場所がかなり遠いのだ。
だが迂闊に戦力を割けば、その分だけ敵本隊との戦いが不利になるのは明らか。
ただでさえ数で劣っているというのに、戦力をさらに分散させたくはない。
準備する時間だって限られているのだから。
「二箇所……、二箇所か」
アベルは一つの案を思いついた。
「……」
「……」
カインとアベル。
無言の部屋で、双子の赤い瞳が目線を合わせた。
先に沈黙を破ったのはカインだ。
「勇者は二人。それぞれの敵を始末して帰ってくるだけなら、最低限で済むな」
……どうやら兄もまた弟と同じことを考えたらしい。
二人の勇者が抜けた王都は一時的に手薄になるが、その機動力や柔軟性を考えると非常に魅力的な選択肢に見える。
逆にその動きを読まれていた場合には集中砲火を受けることになるが……。
その時、猫の亜人ルッカが部屋に入って来た。
「アベル、カイン。シュメールが戻ってきたぞ。なんかお前らを呼んでる」
「ん? シュメールが?」
双子は再び顔を合わせた。
今は非常に大事な時である。
呑気にポンコツ女神の相手をしている場合なのか?
「……俺が行ってこよう」
魔王軍のトップは、あくまでも魔王であるアベルだ。
カインは優先度の低い仕事を弟にやらせまいと、自分だけで行こうとした。
「ああ……。いや、俺も行こう」
カインに任せようしたアベルだったが、しかし一瞬考えてから踏み留まった。
なんとなくだが、すぐに行った方が良いような気がする。
赤い瞳の本能が、勝ち筋がそこにあると訴えかけているのだ。
結局、二人は揃ってシュメールのいる部屋へと向かった。
★
「やっと来ましたね」
王宮内の部屋で二人を待っていたシュメール。
だが部屋を訪れたカインとアベルは、彼女よりもむしろそこに並べられた武具に視線を奪われた。
「これは……?」
二つの鎧、そして三本の剣。
そこからは超常とも表現しうる力が感じ取れる。
「ふふふ。早速気が付きましたか」
シュメールは得意気に右手で眼鏡をクイッと上げた。
なんとなく腹立たしかったので、カインは彼女を一刀両断にしてやろうと腰の聖剣を――。
「待って! お願いだから話を聞いて! 話せばわかりますから!」
余談だが”話せばわかる”というのは話してもわからない人間が使う言葉である。
それはともかくとして、シュメールは置かれた鎧の影に隠れるように逃げ込んだ。
仕方なくカインも剣を収めた。
女神アクシルの影響なのか、どうも相手が女神というだけで殺してもいいかという気分になってしまう。
「で? これはなんなんだ?」
なんとなく察しながらも、カインはこの武具の話を彼女に振った。
「そう、そういう質問です、待ってたのは。……コホン。これは私が用意した新しい聖剣と聖鎧です」
シュメールは真顔になると、改まった様子で説明を始めた。
「聖女と聖獣について”女神である”私が調査した結果、彼女達が予想以上に大きな力を持っていることがわかりました」
女神の部分を強調する彼女の話を聞きながら、双子は横目で視線を交差させた。
(そう言えば調べさせていたんだったな)
(ああ、すっかり忘れていた)
正直に言って、このポンコツ女神様の調査に期待していた者など一人もいない。
そういう意味では嬉しい誤算である。
「あなた達が今使っている聖剣と聖鎧では、とても歯が立ちません。そこで現時点で使えるリソースのほぼ全てを割いて新たな聖剣と聖鎧を創りました。これならばあるいは……」
「なるほど。戦いが迫っていたところだ、ちょうどいい。だが本当に使えるんだろうな?」
アベルはそう言いながら、新たな鎧を触って確認し始めた。
純白の軽鎧と漆黒の重鎧。
アベルがこれまで使っていた聖鎧の後継は、間違いなく後者だろう。
「使ってみればわかりますよ?」
シュメールはにやりと笑った。
「ちょうどいい……。早速試してみるか」
かつてヒロトも使っていた聖剣と勇者殺しの剣。
その後継と見られる白い装飾の双剣を抜き、カインは女神を斬り捨てようと――。
「だから待って! なんで私で試し斬りしようとするんですか!」
「冗談だ」
「嘘だ! いま絶対に本気で斬ろうとしてた!」
シュメールは若干涙目だ。
もう女神の威厳などあったものではない。
「カイン」
「ん?」
「俺は南に行く。お前は東だ」
新たな装備を確認しながら、魔王アベルは勇者カインに命令した。
その言葉が何を意味しているのかを理解できなかったのはシュメールだけだ。
「……ああ。先に終わらせてお前を出迎えてやる」
二対の赤い瞳が輝いた。
そうだ。
敵は間違いなく先遣隊を送り込んでくる。
だんだんと王らしくなってきた弟を見て、兄は嬉しそうにニヤリと笑った。




