13:戦う理由
「どういうことだ?」
カインは目の前にいるユダと名乗った男を静かに睨んだ。
カインの父である先代国王エノク。
その死因は、過労が重なったことによる心臓発作だったはずだ。
最後の瞬間には自分も目の前にいたのでよく覚えている。
……あれが他殺だったというのか?
「先代の国王はジャックとエイリークが手駒を増やす上で邪魔になっていた。だから殺されたのさ」
「それを信じる理由はないな」
赤い瞳が静かに光る。
そうだ。
この男の発言に信用できる点は一つもない。
カインは父親の死の真相に動揺している振りをしながら、自分が相手の立場だったならどうするかを考え始めた。
そもそも、この場においていきなり本当の名を名乗ったりするだろうか?
(……しないな)
ユダという名前は確かに平民らしいといえばらしい名前ではある。
だが、このスケルトンの振る舞いはどうかといえば、むしろ知識階級に近い。
身分の高い者と日常的に交流するような生活をした経験があることは、まず間違いないだろう。
となると何百年も機会を伺っていたという発言も、本当かどうか怪しいものだ。
正直が美徳とされるのは、正直者が現実の世界に一人も存在しないからなのだから。
(“裏切って”というのが本当なら、自分の名前を伏せておきたいはずだ)
重要な情報をもたらすというのは、本来であれば手柄である。
しかし報奨が得られるのならともかく、報復が待っているというのなら、自分の名を大々的に広めたいとは思わないだろう。
これが密告という性質を持つ以上、このユダという男は自分が情報を流したことを知られたくないはずなのだ。
「ジャックは殺した相手になりすますことが出来る。声も記憶も全て奪い取り、その者自身となれる。身の回りの世話をする者と入れ替わって毒を盛るぐらいは容易い」
ユダのその発言は、普通ならば信じるに足る証拠はないと一蹴するところだ。
しかしカインは判断に迷った。
目の前にいるのがスケルトンという非常識である以上、否定する根拠もまた揺らいでくる。
「奴らは大きな戦いを望んでいる。ジャックは亡者を復活させる力を持っているからな。死人が増えればそれだけ自分の駒を増やせる。グレゴリーが兵を動かしやすいように裏で動いていたのもあいつだ。ジャックもエイリークも……、平和な世界を許したりはしない」
「……それも、信じるだけの根拠はない」
そう答えながら、カインは頭の中で嫌な想像を働かせていた。
確かに父の死には不審な点が多かった。
もしもユダの話が本当だったとするなら、彼らが次に襲い掛かる相手は……。
「もうすぐリリアナがここに攻めてくる。それで奴らの本質がわかるだろう。俺の言葉を信じるかどうかは、その後で判断すればいい」
経緯はどうあれ、世界は少し平和になった。
……とカインは思っていた、つい先程まで。
「さっき俺が何者かと聞いたな? ジャックの力のせいで死に損なった男。……甘さが愚かさの一種だとわからなかった、惨めな負け犬さ」
彼の言葉を聞いた直後、カインはようやく一つの手掛かりを見つけた。
「お前……、名前は?」
「……ユダだ」
スケルトンの男は、先程と同じ名前を名乗った。
★
話を終えたユダが去っていった後、カインは躊躇うこと無く図書室へと向かった。
もちろんおぼろげな記憶を確かめるためにだ。
「あった……」
彼は本棚から一冊の本を取り出した。
『この本は盗作です』というタイトルの本だ。
時間をかけて書き上げた原稿を盗まれた男が、他人の名前で出版された自分の作品を見つけてしまうという話である。
作中の主人公が被害者となる話であるのとは対照的に、これを書いた作者自身は実際に盗作を行ったという冤罪により、最後は家族ごと私刑で殺された。
(”甘さが愚かさの一種だとわからなかった、惨めな負け犬”、この本の文章だったはずだ。作者の名前は確か……)
表紙には著者の名前が書かれていなかったので、カインは本の一番最後のページを開いた。
……著者の欄には”ユダ”と書いてある。
(ユダ……。本人か、あるいはわかりやすい名を借りただけか……。)
この本が書かれた時期は数百年前。
あのユダを自称したスケルトンの発言と整合性は取れている。
カインは考えていた。
ユダは”この好機を待っていた”と、そんなようなことを言っていたはずだ。
だがそれは事実か?
確かに彼が言っていたジャックやエイリークとやらにとっては好機なのだろうが、別に女神が死んだことはユダ自身にとって直接のプラスには働かないはずだ。
本当に力を持った者を求めていたのだとしても、このタイミングで動く理由はあるのか?
話し振りからすると、カインがジャック達に勝てると確信しているわけでもないようだ。
では、あのユダと名乗った男の動機はなんだ?
切り札が手に入ったわけでもなければ、相手が弱みを見せたわけでもない。
それなのにどうして好機になる?
(奴の話には確実に嘘が混じっている。あるいは隠し事をしているかだ。……だがどこに嘘がある? 何を隠している?)
……彼にとって、いったい何が好機だったのだろうか?
(スケーブゴートでも見つけたか?)
例えば自分と同姓同名の人間がいて、それが自分よりも目立っていたならば、その影に隠れて動きやすくなるのは言うまでもないだろう。
下手を打った場合に身代わりにできる人間がいるならば、確かに今が好機となり得る。
……いや、この場合は人間ではなくスケルトンか。
カインは彼が置いていった黒いタリスマンを取り出した。
考えようによっては、単にこれを渡しに来ただけという可能性もある。
(青のタリスマンがジャック・オー。赤のタリスマンがエイリーク。白のタリスマンが……、ん? 待てよ?)
「……エイリーク?」
カインは父から受け継いだ本を慌てて取り出し、該当の箇所を探し始めた。
ユダという名前は、平民には珍しくない。
だがエイリークという名前は違う。
そんな名前は極めて珍しい。
範囲を王族や貴族に広げても同じことだ。
(確かこの辺りに……)
そして歴代の国王に受け継がれてきた情報の中に、確かその名前があったはずだ。
「あった。抹消された王族……、エイリーク」
カインはその記述を見つけた。
そして脳内に一つのシナリオが浮かび上がる。
「そうか、しまった……」
この段階になって、カインは自分がミスを犯したことに気が付いた。
ユダという名前にばかり気を取られてしまっていたが、あのスケルトンに対して本当に探りを入れるべきはこちらだったのだ。
王族に反旗を翻した王族、裏切り者。
王族にもかかわらず、彼の名前は文献から不自然に消されている。
本の中で、先祖の何人かは”その血筋がまだどこかに残っていて、密かに復権の機会を伺っている”可能性を示唆していた。
だが探り当てることが出来たのは消されていた名前までで、それ以上の情報はない。
(王族が俺とアベルだけなら、俺が王位を譲って終わりだ。……だが他にも候補がいるとしたら?)
十年前、自分がヒロトのクーデターで玉座から引きずり落とされた時のことを思い出す。
……王族ならば、大義名分などヒロト以上にどうにでもなるだろう。
「……」
カインは無言のまま、棚に本を戻した。
もしも、もしもだ。
ジャック・オーなる人物が、本当に父エノクを殺したのだとしたら――。
エイリークなる人物が、本当に弟アベルの座る玉座を狙っているのだとしたら――。
父の仇と弟の敵、その両方がまだこの世界に残っているということになる。
もちろん真実はまだわからない。
だが本当にそれが真実だったのなら――。
(確かめる必要があるな)
薄暗い図書室の奥で、一対の赤い瞳が再び輝きを取り戻した。
そう――。
女神を殺した、あの時のように。




