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12:来訪者

 カインは青くなった空を見ていた。

 横にはいつものように動かない”ボスおむつ”が座っている。


 そんな魔獣の体を背もたれにして、カインは特に理由もなく空を見ていた。


 ……いや、理由ならばあるか。 


「……」


『カイン様、来世でお会いいたしましょう』

 

 ……十年前に散った臣下達の声が脳裏に蘇る。

 彼らが今の世界を見たら、そして今の自分を見たら、なんと言うだろう。


 弟のアベルが心配になって王都には来てみたが、あのポンコツ女神から得た知識もあってか問題は無さそうだ。

 むしろ自分よりも上手くやれるかもしれない。


 ……いや、もちろん兄より優れた弟などいないわけだが。


 頭脳の面ではカインの臣下達の方が優秀だったが、しかしこの時代には武力の方が重要だろう。

 その点で言えば、亜人を中心とする魔王軍は申し分ない。


 それこそカイン達の時のように、いきなり王を押さえられでもしない限りは大丈夫なはずだ。


 とにかく、端的に言って、カインはこれ以上生きる意味をどこにも見いだせないでいた。

 かといって自決の道を選ぶかというとそれも違う気がする。


 生がそうであるように、死にだって意味はある。

 人の価値がその魂で決まるというのなら、今のカインはまさしく無価値と言っていいかもしれない。


 背もたれにしている魔獣の息遣いが伝わってくる。

 このままいっそ、おむつ職人にでもなってしまおうか?


 カインがそんなことを考えた直後、周囲の”おむつ”達が一斉に同じ方向を向いた。


「ん?」


 ”おむつ”達が珍しく警戒心を露わにしている。

 彼らの視線の先で何かがあったことは明らかだ。

 

 おむつ小屋周辺にいるのは、カインと”おむつ”達のみ。

 カインは体を起こして聖剣を少しだけ抜くと、勇者の力を発動した。


 広域感知を使い、異変の方向を探っていく。


(少し離れたところに人影が一つこっちに向かってくる……。まだ遠いな)


 カインの勇者の力のではまだ相手の詳細まではわからなかった。

 ましてやそれが敵か味方かの判断など、とてもできたものではない。


 だが”おむつ”達は明らかに敵意を向けている。

 彼らの本能は勇者の力よりも鋭敏だということか?

 

 実際に世話をしてみてわかったが、この魔獣達は想像以上に優秀だ。

 おむつへの執着というハンデを背負っていても、である。


 カインは敵から見て斜めの位置へと移動して身を隠した。

 ”おむつ”達ならばそうそう力負けすることはないだろうが、相手が人型であればやはり自分が奇襲を掛けた方がいい。


(仮にも王都の真ん中なんだがな……。人が少なければ侵入もされやすいか)


 敵が近づいてくる。

 いや、まだ敵だと確定してはいないのだが。


 何者かはおむつ小屋のあるエリアに入ってくると、無人の小屋の一つに身を隠した。

 ”おむつ”のいない小屋は扉を閉めてあるので、人間が息を潜めるには十分だ。


(……ん?)


 ”ボスおむつ”は全く動こうとしない。

 しかし誰が合図をしたわけでもないのに、”おむつ”達は無言で小屋を抜け出し始めた。

 

 統率された動きで、白と焦げた茶色の群れが敵のいる場所を取り囲む。


(さて、ここからどうするか)


 カインはまだ相手の姿を直接見ていない。

 だが勇者の力を信用するならば、殺す前に確認しておくべきだと思った。


 いや、もしかしたらもう既に――。

 

 カインは片手で”おむつ”達を制すと、静かに小屋へと近づいた。


 彼らだって、純白のおむつを与えてくれた恩人の指示となれば、聞かないわけにはいかない。

 一斉に小屋に突進しようとしていた”おむつ”達は、その場で踏みとどまった。


(警戒させないようにゆっくりと入るか、それとも一気に制圧するか……)

 

 カインは一瞬だけ迷った後、前者を選んだ。

 逆に相手が仕掛けて来てもいいように剣を構えながら、扉を開いた。


 直後、カインは広域感知の能力が信用に足るものであることを改めて確認した。

 そう、中にいたのは――。


 粗末な布に全身を包んだ、スケルトンだった。


 

 どうしてこうなったのだろう?

 スケルトンは小屋の中で何対もの魔獣達に囲まれ、一人の男と正面から向き合って座っていた。


 布に包まれた体が震えているのは誰に対する恐怖からなのか。


 目の前の男?


 魔獣達?


 それとも――。


 しかし今はそれを確認できる立場にはない。

 スケルトンは目の前の男の言葉を待っていた。


 撫でろと言わんばかりに魔獣がすり寄ってくるので、仕方なく右手で背中とか腹を触りながらだ。

 どうして魔獣達がみんなおむつを履いているのかはよくわからなかったが、こうしていると少し不安が和らぐような気がする。


「俺の名はカインだ。お前の名は?」


「……ん?」


 スケルトンは二重の意味で驚いた。

 

 相手が名乗ったことに。

 そしてその名前に。


「カイン……、国王のか?!」


 王族は目が赤い。

 スケルトンはそういえばそうだったと思ってカインの瞳の色を確認した。


 間違いない、”あの男と同じ”王族の瞳だ。

 自分が知らない王族はカインだけのはずだから、つまり自分の目の前にいるのは本当に国王カインなのだ。


「今はもう違う。いいから名乗れ」


「……ユダだ。平民の出なので礼儀作法については多めに見てくれ」


「ああ、気にしなくていい。俺も今は大して変わらん。それにこんな場所で身分もクソもない。それより教えろ。お前は何者で、どこから来た?」


 『答えろ』ではなく『教えろ』だ。

 これが例えば貴族同士のやり取りであれば、その違いは極めて大きな影響を与えたのだろう。


 が、しかし平民出身のユダがそれに気が付くことは出来るだろうか?

 

「魔王カイン、お前に会うために聖地から来た。……敵を裏切ってな」


「”敵を”裏切る? ”味方を”じゃないのか?」


 カインはまずそこに引っかかった。


 ただの言い間違いか?

 それとも――。


「いや、”敵を”だ」


 ユダは言い切った。


「数百年の間、俺はこの時をずっと待っていた。奴らに勝てる力を持つ者を。女神を殺したお前なら、奴らにも勝てるかもしれない」


「待て、話が見えない。奴らというのは誰だ?」


 カインはそう質問しながら、頭の中で該当する可能性のある者を探し始めた。 

 しかし条件を全て満たすような人物は浮かんでこない。


 ……誰だ?

 あるいは気を引くためのハッタリだろうか?


「外界の神の力で生まれた者達」


 外界の神。

 その単語を聞いたカインは、このスケルトンの気が触れている可能性を考えた。


(いや、待て……)


 昔は確か、異世界のことを外界と呼んでいたはずだ。

 異世界から召喚された者なら何人もいるはずだから、あながちおかしな話とも言い切れないかもしれない。


「これを……、先に渡しておこう」


 ユダは自分の体を包む布の中に手を入れると、一本の短剣を取り出した。

 いや、短剣というよりもナイフと表現した方が良さそうな大きさだ。


 それは全てが漆黒で、立体感すら失うほどに光を吸い込んでいる。

 カインはそこに自分の魂ごと吸い込まれるような心地がした。

 

「黒のタリスマンと言うらしい。これを体に突き刺すことで、選ばれた者は神の力を得られるそうだ」


 ユダは黒のタリスマンをカインの前に置いた。

 カインはまだそれを受け取ろうとはしない。


 当然だ。

 何か罠が仕込まれているかもしれない。


 ユダはそんなカインの態度にむしろ満足すると、再び口を開いた。


「外界の神によってもたらされたタリスマンは全部で四つ。他の三つは既に宿主を見つけている。白のタリスマンは『聖女』リリアナと『聖獣』ルシアを、赤のタリスマンは『吸血鬼』エイリ-クを、そして青のタリスマンは『亡者』ジャック・オーを。……奴らはとにかく強い。並みの勇者では歯が立たないだろう。……並みの勇者ではな」


 外界の神……。

 つまりは異世界の神と、それによって生み出された者達ということか。


 しかし、だからなんだというのだろう?

 カインには、それがこの世界にどう支障をきたすのか、想像できなかった。

 

「奴らの目的はこの世界を滅ぼすことだ。女神アクシルがいなくなり新たな女神が力を振るえない今を、奴らは千載一遇の好機と見ている。全てを無に帰すために行動を起こすつもりだろう」


「ほう?」


 突拍子もない話だ。

 教会の残党が最後の総攻撃を仕掛けてくる、と言われた方がまだ遥かに現実味がある。


 目の前のスケルトンと黒い短剣。

 それが非日常の領域にあることは間違いないが、しかしだからといって、ユダの話を受け入れるかどうかはまた別の話だ。


「腑に落ちないか? ならばこう言えばどうだ? お前の父親は心臓発作で死んだんじゃない。”ジャック・オーに殺された”」


「……何?」


 ここまで表情を崩さなかったカイン。

 話を聞きながら真偽を検討していた彼のその眉間が、初めて動いた。

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