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9:聖獣の力

 世界に謎の咆哮が響き渡ってから一週間後。

 未だその正体を掴めていなかった王都に、聖地へと偵察に行っていた魔族の少年ボルテラが戻ってきた。


 そして聖地の情報を欲していたアベルの招集により、王都にいた幹部達はすぐに会議室に集められた。


「揃ったな。それじゃあ早速ボルテラの話を聞きたい。聞きたいんだが……」

 

 そこまで言ってから、アベルは雑用係達、つまりカインとシュメールの方を見た。


「……お前達は何をやってるんだ?」


 雑用係とはいえ、一応は幹部扱いになっている二人。

 いや、雑用係にもかかわらず幹部扱いになっていると言った方がいいか。


 とにかく、そんな彼らは白い布を手にせっせと縫い物をしていた。


「何って、見ればわかるだろう。新しいおむつを作ってるんだ」


「そうです。おむつを作ってるんです」


 “おむつ魔獣”ことダイパーウォンバットを手懐けるのに最も必要な物。

 それは純白のおむつだ。


 こう言うと、あの魔獣の生態を知らない者達は大抵がふざけていると受け取るのだが、しかしそれは誤りである。


 騎獣としての評価でいえば、おそらく”おむつ”達はこの世界でもトップクラス。

 そしてそんな彼らは、新品のおむつさえ与えてやればどんな死地にでも喜んで挑んでくれる。 


 次の戦いが近づいていると判断したカイン達は、せっせとその準備をしていたのだった。

 

「そうか……」


 頭では理解して引っ込んだアベル。

 しかし感情がついていかない。


(生まれる順番が逆だったら、今頃は俺がこうなってたのか……)


 真顔でおむつを縫っている双子の兄を見ながら、彼は自分が弟で良かったと心の底から思った。


「さて、それじゃあ気を取り直して……。ボルテラ、頼めるか?」


「ああ」


 聖地に住んでいるのは全てが人間である。

 まさかそんな場所に角や尻尾の生えた亜人が長期間潜入できるはずもなく、政治的には魔族として扱われているこのボルテラという少年も、生物学的な意味で言えば人間だった。


「まずはみんなが気にしてる一週間までの咆哮の件。あれは聖地に表れた特大の魔獣の遠吠えだ。俺も直接見たから間違いない。本当に山みたいなデカさだったぜ。連中は聖獣って呼んでたけどな」


「ということは教会の戦力なのか?」


 アベルはその名称から、教会がその魔獣に対して好意的であると解釈した。

 彼らが勇者殺しの剣を密かに保有していたことを踏まえれば、他にも切札となり得る物を有していても不思議ではない。


「ああ。見た感じだと、聖女の言うことだけを聞くみたいだ。地方の連中が攻めてきて、負けがほぼ確定したところに伝説の聖女様が復活。そのまま聖獣に敵を薙ぎ払わせたって流れさ。まだこっちに攻めてくるって雰囲気は無かったけど、そうなるのも時間の問題だと思うぜ?」


 わかっている。

 現状に満足した人間は、娯楽としての生贄を求めるのだ。


(現状はこちらも聖地に遠征するだけの余裕はない。王都で守りを固めるのが現実的か)


 アベルは先日の戦いで女神アクシルに敗北したのを思い出した。

 魔王の力は強力だが、聖女と聖獣がそれを下回っている保証はない。


 準備が整わない状態で迂闊に攻め込めば、手痛いしっぺ返しを食らうことになるだろう。


(せめて聖獣の強さがどれぐらいかでもわかれば……。ん? 待てよ……? 女神?)


 魔王はポンコツを見た。


 ……違う。


 魔王は女神シュメールを見た。 

 確か行動は大幅に制限を受けていると言っていたが、情報面に関しては特に支障ないのではなかったか?


「おいポ……、シュメール」


「今なんて言い掛けました? ポンコツって言おうとしましたよね、ポンコツって」


「……実は”女神“にしか出来ない仕事を頼みたいんだ」


「――! 良いでしょう! 女神の私に任せなさい!」


 女神にしか出来ない。

 これは今のシュメールにとって絶対的とも言えるパワーワードである。


 彼女は作りかけのおむつをブン投げると、立ち上がって空の彼方を指差した。

 どうやらこれが決めポーズらしい。


「そう! 私達には女神様がついているのです! 泥舟に乗っているも同然ですよ!」


 ティナもそれに習い、速攻で似たようなポーズを決めた。


「……?」


 一瞬の静寂。

 他の者達はこの状況の意味がわからず、疑問符を浮かべて固まっている。


「……」


「……」


 例外は赤い瞳の双子ぐらいか。

 彼らは同類だと思われたくないばかりに無言を通した。

 

 ちなみにだが、この世界には決め台詞とか決めポーズとか、そういう文化はない。



 さて、しばらく振りに世界の管理者の部屋へと戻ったシュメール。

 彼女は機嫌良く端末を操作し始めた。


「私は女神。女神には女神にしか出来ない仕事があるんですよ!」


 あっさりとアベルに乗せられた彼女は、深く考えずに聖女と聖獣について調べ始めた。

 関連しそうなキーワードをいくつか入力して検索を掛けてみる。


 この世界に導入されている管理システムは性能が低いため、結果が出るまでに少し時間が必要だ。

 特にやることもなくなり、結果が出るのを大人しく椅子に座って待つシュメール。


「……あれ? もしかしてこれって、あんまり女神関係ない?」


 ……ようやく気がついたらしい。


 確かにこの部屋での調べ物が出来るのは女神である彼女だけだが、女神らしい仕事かというと、特にそうでもなかった。

 神託を出して人々を導くとか、そういう華やかさは一切なく、ただの裏方仕事である。


 大抵の場合は裏方の方がむしろ重要な役目を担っているわけだが、少なくともそれが彼女の求めているものではないことだけは確かだ。


「……」


 我に返ったシュメールは、備え付けの冷蔵庫からオレンジジュースの缶を取り出して一気飲みした。

 これもこの世界には存在しない物なので、ある意味では神にのみ許された贅沢と言えなくもない。


「ぷはぁっ!」


 彼氏いない歴イコール人生の女神シュメール。

 彼女が空になった缶を勢いよくテーブルに置いたのと同時に、システムの検索が完了した。


「あれ……? 該当無し?」


 検索には『聖女』や『聖獣』に該当する項目は引っかからなかった。

 キーワードが不味かったのかと思い、今度は負荷の大きさ順でソートしてみる。


 別の画面には、聖地に佇む聖獣ルシアの姿が映っている。

 その巨体が掘って出てきたと思われる大穴から考えても、明らかに天然に誕生した生物ではない。


 色々と抜けているところの多いシュメールだが、伊達に下積みが長いだけあってそういうのは見慣れていた。

 あれが勇者や聖戦士の力のように、外部から成長が促進されているのはまず間違いない。


 しかし再び画面に表示された結果には、やはり該当しそうな情報は見当たらなかった。

 

「どうして?」


 乗せられたことに気がついて不機嫌になった女神の顔が引き締まる。

 これは明らかに異常事態だ。


 自分がアベルに対して密かに力を与えたのを女神アクシルにバレないように隠蔽したのと同様に、おそらくはこの聖獣の存在も偽装されている可能性がある。


(……過去のログが書き換えられていないか、調べた方が良さそうね)


 シュメールは元々、管理システムの保全やデバッグを仕事にしていた。

 なので前任者とは異なり、異変があれば独力で調べることが可能だ。


「……あれ? なんでこんなに負荷が大きいんだろ?」


 そして早速、彼女はおかしな点に気がついた。

 この世界の管理システムは性能が低いとわかってはいたが、それを踏まえても尚、あまりにも処理能力に余裕が無さ過ぎるのである。

 

「うーん?」

(項目としては表示されないけど、裏で何かやってる?)


 似たようなことをやった経験がある者だからこそわかる不自然さ。

 嫌な予感をと共に、より深い部分の処理を見ていく。


「これは……」


 システムのほぼ最深部。 

 そこには独立した三つの処理が走っていた。


「タリ……、スマン?」


 赤、青、白。

 そこではタリスマンという名称で登録された三つの小剣の制御が行われていた。


 種類としては聖剣や聖鎧、あるいは勇者殺しの剣などと同じマジックアイテムやアーティファクトの仲間らしい。


(でもそれなら聖剣とかと同じところで制御すればいいはず……。隠しアーティファクト? でも何のために?)


 製作者の意図がわからない。

 そしてどうやら、聖女と聖獣は”白”のタリスマンに紐付けられているらしい。


「どれどれーっと……」


 シュメールは画面に負荷の大きさを表示させた。


 システムに掛かる負荷というのは、その強力さに応じて大きくなる。

 逆に言えば、負荷を元に影響力を推定することが可能だ。


 つまり詳細はよくわからなくても、あの聖獣がどの程度の力を持っているかは予想できるのである。


「嘘でしょ……」


 瞬間、シュメールは思わず目を見開いた。


 比較のために表示された棒グラフ。

 その高さは、横に並んだ勇者の力や聖剣の数十倍にも達していた。


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