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5:平和主義

 残存する戦力をかき集めて聖地に侵攻した地方連合軍。

 『救世主』ユダを旗印にした脅威が迫っていることを理解し、聖地は騒然となっていた。


「そこをどけっ! 敵の大軍がすぐそこまで来てるんだぞっ!」


「黙れ! 平和を乱す戦争主義者共め!」


 武器庫の前では、平和派の女神教徒達が武器を出そうとする者達を妨害していた。

 辺境から嬉々として聖地へと戻ってきた反グレゴリー派はこのような事態を想定しておらず、従って戦争で使うような大砲の類を持って来ていない。 


 つまり聖地に残された僅かな兵器が、勝負の行方を大きく左右するのである。


「そうだ! 全ては話し合いで解決出来る! 血を流すことしか考えない暴力装置が! ぶっ殺すぞ!」


 人はその口で平和を叫び、そしてその手で人を殺す。

 せいぜいが護身用の武器しか持たない他派の信徒達に対し、平和派の僧兵達は武器庫から取り出した戦争用の剣や杖を振り回した。


 彼らは自分達のことを、平和的で心が広い人間だと思っている。

 そして物事が思い通りにならないと暴れ、罵倒し、そして最後は殺す。


 多様性を求めながら、反対意見は一切認めようとはしない二重規範。

 彼らは自己矛盾という、非常に人間らしい感覚を備えていた。


 そんな武器庫前の攻防を、平和派の領袖であるナザエは少し離れたところから満足そうに見ていた。


「いいでしょう。戦争主義者共に武器が渡らないように見張りを続けなさい。奴らに武器が渡れば、戦争が起こってしまいますからね」


「はっ!」


 彼は平和派の教徒達に後を任せると、自分の部屋に向かって歩き出した。


(ふん。下賤な者達め! 点数稼ぎをしたいのが見え見えだ!)


 ナザエが考えていたのは次の教皇を決める選挙のことだ。


 仮にここで他の派閥が武器を取って戦い、そして万が一にも活躍してしまったとしよう。

 その場合、その派閥の領袖は教皇レースを大幅にリードすることになる。


(そうはさせるものか!)


 彼の描いた青写真はつまりこうだ。

 

 各地で平和派の信徒達に時間稼ぎをさせ、その間に自分が敵と交渉してこの戦いを終わらせる。

 これほどの大舞台はそうそうあるものではないから、それで勝負アリだ。

 

 近い内に教皇ナザエが誕生することになるだろうと、彼は内心でほくそ笑んだ。

 夢の実現のため、敵が迫る方向へと早足で向かった。


 人は他人の失敗を嘲笑い、そして同じ轍を踏む。

 全てを対話によって解決するという、若き日のグレゴリーが既に見切りをつけた道を、この平和主義者は嬉々として進んでいた。



「何?! ナザエが交渉に向かった?!」


「はい! それに平和派が、各地で戦力の展開を妨害しています!」


 自室で報告を受けた福音派の領袖ドクトリンは、思わず立ち上がった。

 彼は自分こそが教皇に相応しいと示すために、教会軍の陣頭指揮を取るつもりだったのだ。


 そのための戦支度をしている最中に舞い込んできた報告。

 もはや自分が教皇になるのは時間の問題だと思っていたドクトリンは焦り始めた。


 交渉ということは、当然ナザエ以外は殆ど参加しないはず。

 つまりこれを成功させた場合の手柄は、ナザエの独り占めだ。


(このままでは、ナザエの奴が教皇の座を……!) 

 

 名を上げるのにこれ以上都合の良い舞台など、そうそうあるものではない。

 ましてや教皇選までの期限付きとなれば尚更だ。


「もうよい! 私も行く!」


 ドクトリンは堪えきれずに部屋を飛び出した。


 万が一にもナザエに戦いを止められてしまっては困る。

 そうなっては自分が教皇になれないではないか。


(とにかく奴の企みを阻止せねば!)


 どうすればナザエの交渉を妨害できるのか。

 考えてもドクトリンの頭に良案は浮かんで来なかったが、しかしそれは直後に杞憂となった。


「殺せ! 一人残らず! 清浄な世界を取り戻すんだ!」


 息を切らせて聖地の外に出たドクトリンは、少年の声が響き渡ったのを聞いた。



 時間はドクトリンが前線に到着する少し前まで遡る。

 この戦いを自分の出世に利用しようとしていた枢機卿ナザエは、たった二人の護衛を引き連れて、最前線で敵の大将ユダと向かい合っていた。


 白旗を上げて最前線へと歩み出て、交渉に持ち込んだのである。

 互いに二人の護衛を連れてのトップ会談、といったところか。


 互いの後方には、それぞれの軍勢が控えている。

 大砲すら碌に無い教会軍に対し、地方連合軍には破城槌のような攻城兵器まで混ざっていた。


 いくら魔法が使える者の割合で上回っているとはいえ、このまま正面からぶつかれば教会側が危ない状況だ。

 しかし、ナザエに緊張は見られない。

 

(ふん、こんな子供がトップとは。程度が知れるな)


 敵側の大将を見た瞬間、ナザエは自分が教皇となる未来を確信した。

 ユダが明らかに貴族ではないことは、一目見ればわかる。


 そして若い。

 教会の内部でいえば、まだ教義も全て把握しきれていないような年齢である。

 

 ナザエはこれまでの経験から、容易に手球に取れる相手だと判断した。

 むしろ一緒についてきた護衛の方が、よほど手強いだろう。


(後ろの二人は明らかに貴族。……お目付役か)


 だとすれば、目の前の少年は神輿ということになる。

 しかしこの場における正式な交渉相手はあくまでも彼一人。


「人に他人の心は読めません。だからこそ、対話でお互いを知ることが必要だとは思いませんか?」


 平和派の決まり文句。 

 ナザエはいつものように、その言葉を口にした。


 世の中が本音と建前の二重構造であることをわかっていない者は、これで容易に落ちる。

 しかし予想外だったのは、このユダという少年が既にそれを理解していたということか。


「話して何になる? 行動だけ見れば十分だ。お前達は武器を持って俺達に向かい合っている。つまり殺し合いがお望みなんだろう?」


 話した結果、ユダの婚約者は領主の女になった。

 故に彼は、話し合いというものがただ事態を悪化させるだけだと認識していた。


「そんなことはありません。私はこうして話し合いに来ているのです。私を信用してください」


「それが武器を持って言うことか?」


「……では兵を引きましょう。それでわかって頂けますね?」


 ナザエの脳裏に教皇の椅子がちらつく。

 実際、ここを丸く収めることが出来れば、教皇ナザエの誕生は確定的だ。


 そう、丸く収めることが出来れば。


 それが出来なければ、逆に求心力を失うことになる。


「実際に引いたらな。話の続きはその後だ」


「……聞いていましたね? 兵を後退させなさい」


 ユダに急かされて、ナザエは護衛の一人に指示した。

 地方連合軍の護衛二人の口元に、一瞬だけ僅かな笑みが浮かんだのだが、ここでそれに気がつく枢機卿ではない。 


 もしも、ここにいたのがナザエではなくグレゴリーであったなら……。

 あの老人ならば、間違いなく敵の意図を見抜いていただろう。 


「し、しかし……」


 ナザエの護衛二人の内、彼が命令した男は福音派だ。

 当然ここは要求を突っぱねて全面戦争だろうと思っていた彼は、ナザエの命令を実行するのを躊躇った。


 何せ、相手は攻城兵器まで持ち出しているのである。

 まさかこれで矛を収めるはずがないではないか。


「後退だけじゃ駄目だ。武器も捨てさせろ。でなければ信用できない。……それともやっぱり戦争がいいんだな?」


 ユダが畳み掛ける。

 ナザエは内心で冷や汗をかいた。


 自分の手柄の証人とするために、平和派とそれ以外から一人ずつ連れてきたというのに、これでは敵味方の両方に対して自分の不手際が広まってしまいかねないからだ。

 こんな子供に良いようにやられては、教皇に相応しくないと言われかねない。


「この戦争主義者め!」


 ガシュ!


「――!」


 もう一人の護衛である平和派の男が、渋る福音派をいきなり斬り捨てた。


「……は?」


「……なんだと?」


 ユダの後ろにいた二人は、思わず声を上げて顔を見合わせた。

 ユダ本人も表情は変えないまま、背中で戸惑いを訴えかけている。


 というよりも現状の説明を求めているという方が適切か。

 地方連合軍三人対教会軍三人の戦いになる可能性は考えていたが、彼だってまさか敵がいきなり仲間割れで死人を出すとまでは思っていなかったのだ。

 

 いったい何がどうなっているのか。


「ナザエ卿! 私が行ってきます!」


 平和派である護衛の彼は、もちろんナザエの命令に賛成である。

 むしろその判断をしなければ、逆にナザエは平和派の領袖に相応しくないと言い始めるだろう。


 そんな彼が聖地前に展開した味方まで馬を飛ばしてしばらくすると、教会軍は武器を捨てて後退を始めた。

 平和派はもちろん喜んで積極的にそうしているわけだが、他の派閥には流石に躊躇いが見られる。


「如何です? これで我々に戦う意志がないことはわかって頂けたでしょう?」


 自分の命令で聖地へと入っていく教徒達を見て、ナザエは得意げに鼻の穴を膨らませた。 

 気分はもう教皇である。


 グレゴリーは最後の最後まで強権発動を控えていたというのに、どうやらこの男は日常的にそれを乱発する方針らしい。

 権力が人の本性を暴き出すというのなら、これこそが彼の性根ということなのだろう。


 人の上に立ち、そして人を見下したい。

 そんな欲望に、彼は忠実だった。


 『救世主』ユダが次の行動を開始したのは、そんな彼の本性を理解してからだ。


「確かに。よくわかったよ」


「……ん?」


 ドスッ!


「――!」


 言動不一致という言葉がなぜ存在するかといえば、それは発言と行動が本質的に独立したものであるからだ。

 ユダが放った言葉は確かにナザエが望んだものであったが、しかしその行動は違っていた。


 護衛が一人だけになったナザエに向けて、ユダは腰の短剣を抜いて投げつけた。

 その刃は心臓を直撃し、白い法衣を枢機卿の血が染めていく。

 激痛が平和派領袖の自由を奪い去る。


「な、ぜ……?」


「話してみてよくわかった。……お前達がクソだってことがな!」


 制御を失い、馬から崩れ落ちていく枢機卿ナザエ。

 これがグレゴリーであったならば踏みとどまったのだろうが、しかし彼にそんな覚悟はない。


 あの老人は、自分の死が確定しても歩みを止めようとはしなかったというのに……。


「はっ!」


 ユダは馬を走らせて距離を詰めると、そんな平和派の領袖の首を鮮やかな剣技で刎ねた。

 そのまま宙に浮いた生首を剣先で貫き、天に掲げる。


「全軍に進撃命令を出せ! 今から聖地に入り、敵を皆殺しにする!」


 それを聞いた護衛の一人がすかさず懐から笛を取り出し、全力でそれを吹いた。

 交渉決裂、開戦の合図である。 


 福音派領袖のドクトリンが聖地から出てきたのは、ちょうどその時だ。


「殺せ! 一人残らず! 清浄な世界を取り戻すんだ!」


 『救世主』の声に呼応して、進軍を開始した地方連合軍。


「いくぞぉぉぉぉぉ!」


「黄色い空を取り戻せぇぇぇぇ!」 


 大地が鳴り、”呪われた”青い空の下に怒号が響く。

 女神の不興を買った教会を粛清するという建前の下、彼らは聖地へと雪崩込んだ。

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