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25:女神アクシル

 女神アクシル。

 

 この世界の管理者である彼女は、世界の外郭とも呼ばれる空間で、大きな画面が埋め込まれたテーブルを見ながら焦っていた。


 いったいどうしてこうなったのか?

 今の彼女の心情はそんなところだろう。


 画面の中では、この世界の人間ほぼ全員が王都付近に集結し、王国軍と教会軍に分かれて雌雄を決しようとしていた。

 彼女にとっては、全くもって予想外の展開だ。


 カイン本人には勇者の福音を与え、聖地には神託を出した。

 彼女としては、彼らが力を合わせて魔王を倒してくれることを期待していたである。

 それでどうして双方が共に魔王を放置して、人間同士の全面戦争を始めようとしているのか。


(なんで?! どうして誰も魔王と戦おうとしないのよ?!)


 アクシルは魔族を率いて移動中している、魔王アベルの様子を確認した。

 何度確認しても、そこには普通の人間としか表示されていない。


 カインやヒロトのように、福音を付加された形跡は一切見当たらなかった。

 つまりこの世界を管理しているシステム上では、魔王アベルは何の力も持たない、ただの人間のはずなのである。


 彼女自身はアベルに対して個別に接触したことは一度も無いし、もちろん何の力も与えてはいない。

 可能性としてはシステムのバグか、あるいは他の神による不正な介入か。 


(どうしよう! どうしようどうしようどうしよう?!)

 

 しかしそもそもの問題として、なぜ彼女はこの世界の管理など行っているのだろうか?

 別にその答えはそれほど難しいものではない。


 神々にとって世界は資源であり、資産だからだ。 


 世界を発展させればさせるほど、その世界の資産としての価値は上昇し、そしてその世界の管理者の評価が上がる。

 だからこそ、彼女は自分が管理する世界の衰退につながる現状に焦っているのである。


(このままだと、いよいよこの世界がどうなるかわからない。やっぱり調査を依頼した方が……?)

 

 現在の状況の原因を辿っていけば、それは魔王アベルという詳細不明の脅威が現れたという所から始まっている。

 それがバグや不正によるものであるかもしれないというのなら、上位者やシステムの保全担当といった、それに対応できる者に協力を仰ぐべきだ。

 しかし、女神アクシルはその選択肢を実行することを躊躇っていた。


 ……なぜか?


 その答えもまた、それほど難しいものではない。


(……駄目よ。今そんなことしたら、私がやってきたことが全部バレるかもしれない……。いえ、間違いなくバレるわ)


 端的に言えば、彼女が行っている不正が明るみに出る可能性が高いからだ。

 別の世界からの転移者の受け入れと、その見返りとしての賄賂。

 ……それが現実であり、真実である。


(せめてヒロトがさっさと死んでくれていれば……! 勇者にしてあげたんだから、もっと役に立ちなさいよ!)


 神々にとって世界とは資産であり、その発展は管理者の評価を上げる。

 となれば、なんとかして自分の世界を発展させたいと思うのは自然な流れだ。


 世界の発展にポジティブな要素は増やし、ネガティブな要素は減らしたい。

 そう考えるのは、別に不思議なことではなければ、不自然なことでもない。

 

 だからこそ問題となるのだ。

 世界の発展を妨げ、衰退へと導く、”不良因子”の存在が。

 今回の一件でいえば、ヒロトがまさにそれである。


(あの世間舐めまくりのクソガキのせいで!)


 当然、世界の管理者たる神々の中には、彼らを排除したいと考える者も多い。

 しかし、世界のバランスを損なう可能性が著しく高い等の諸々の事情により、神が直接手を下すのは不正行為として禁止されているのが現状だ。

 それをやろうとすると、世界の管理に使われているシステムから、上位者に対して警告が行ってしまう。

 

 廉価な量産型システムを導入している大多数の世界においては、不良因子を直接抹殺することはできないのである。

 それが可能なのは、高価なカスタム品やワンオフ品を導入している一部の世界だけだ


 アクシルは、自分の髪を手櫛で乱暴に耳に掛けた。

 歯を食いしばる力が、不機嫌さに比例して強くなる。 


(システムの監視さえなければ、私が直々に全員ぶっ殺してやるのに!)


 しかしながら、そんな事情があっても尚、運用実績と共に自身の評価を上げたいと考える者は後を絶たない。

 どうにかして排除出来ないかと考えた結果、彼らは不良因子を他の世界に飛ばすことで同様の効果が得られることに気がついた。

 異世界転移はシステムへの負荷が大きいため、処理を更に増大させる監視機能は、低コストが売りの量産型システムには基本的についていない。

 

 自身の成績評価とは無関係な世界に不良因子を送りつけ、相手側の世界の管理者を買収したり弱みを握ったりして黙らせる。

 そうやって彼らは不良因子達を、密かに自分の世界から排除していた。


 しかし当然、それを実行するには不良因子を受け入れる世界が必要となる。

 

(ヒロトを受け入れたのは完全に失敗だったわ! こんなことなら、もっと貰っておくんだった!)


 不良因子の掃き溜め。

 つまりカイン達が生きているのは、アクシルが賄賂を見返りに、様々な世界の不良因子達を受け入れ続けた世界だということだ。

 

(そもそも、なんであの兄弟はさっさとヒロトを殺さないのよ!)


 アクシルは苛立ち、握った拳でテーブルを叩いた。

 彼女がなぜヒロトを勇者に選んだのかといえば、そうした方が早くこの世界に馴染むからだ。


 受け入れた不良因子の分の損失を小さくすればするほど、賄賂を受け取る彼女の利益は増大する。

 それにヒロトが死ねば目立つ証拠も無くなるので、調査を受け入れてもバレない可能性が高い。


 しかし、だ。


 あの赤い目の双子は、どういうわけかヒロトを殺さなかった。

 魔王アベルは他の聖戦士三人を殺しておいて、ヒロトだけは生かしたままで王宮へと送りつけてしまったし、勇者カインもまた、彼を処刑せずに教皇を全面戦争に誘い出すための道具として使った。


 アクシルの目には、彼らの行動が非常に不自然に映って仕方がない。

 まるでこちらの事情を全て見透かしているかのような……。


「ない、そんなわけないわ……!」


 首を振ってその可能性を否定する。

 自分は神、彼らはただの人間。

 どうあがいても勝てはしないのだと。


 既に先日の魔王討伐軍全滅がかなりの損失となっている。

 このまま王国軍と教会軍が正面から衝突して双方壊滅などとなれば、彼女の管理者としての評価が大幅に低下することは免れない。

 そうなれば、ヒロトの受け入れで手にした賄賂を入れても大赤字は確定だ。

 

「落ち着いて、落ち着くのよ……。とにかく、ヒロトが死んだら速攻で神託を出さないと……」


 勇者の福音や聖剣というのもまた、システムに対して大きな負荷を要求する。

 安物のシステムの低い処理能力では、それらを複数維持した状態で世界全体に向けて神託を出すことは出来ない。


 魔王アベルに一刻も早く対処しようと、焦ってヒロトが死ぬ前にカインを勇者にしてしまったのが仇になった。

 低コストで神託を出せる聖地は既に無人となっているので、こうなってはもうヒロトが死んで処理に余裕が出来た直後に、急いで神託を出して争う両者を止めるしかない。


(それに勇者殺しの剣もね。回収するのをすっかり忘れていたわ……。あれは確かAランク以下の勇者にSランクの力を使わせるための物だから……)


 カインに与えた勇者の福音のランクはSSS。

 いくらヒロトがSランクの力を使えるようになったとはいっても、二人が正面からぶつかれば、カインの勝利はまず確実だ。

 そう考えた直後、アクシルはそれが非常にマズイことに気がついた。


 なにせ、数では教会軍の方が多いのである。

 カインへの対抗策を完全に失った時点で教会軍の敗北は確定、しかしそこで止まらなかったら?


 あのカインという男、アクシルがわざわざ直接対話までしてやったというのに、これまで魔王と戦う素振りを全く見せていない。

 それどころか倒すべき魔王を利用して、味方陣営であるはずの魔王討伐軍を全滅に追い込んだ。


 仮にヒロトの死亡直後に神託を出したとして、果たしてカインは従うだろうか?


 アクシルは思った。

 おそらく従わないだろう、と。


(それに関しては、たぶんグレゴリーも同じ……。確かどちらも同じ世界から来た血統だったかしら?)


 赤い瞳の一族。

 彼らもまた、過去に別の世界から受け入れた不良因子の子孫だったはずだ。


 神に管理された世界から脱却しようと、人間の分際で反逆した者達。

 そのままでは全く世界がコントロールできないということで、追放に至ったのではなかったか?


 グレゴリーに関しては、赤い瞳の一族のようなわかりやすい目印がないので自信がないが、しかし彼の先祖もまたカインの先祖と同じ世界の出身だった気がする。 


 なるほど、それならば確かに、彼らが自分の言うことを全く聞かないのも納得だと思ったアクシル。

 しかし納得したからといって、現状の問題が解決するわけではない。


「はぁ……」


 この窮地を如何にして切り抜ければいいのか。

 アクシルは溜息と共に、改めて頭を抱えた。 


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