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8話「父との対話」



院長様に連れられ面会室に行くと、父が仏頂面で椅子にかけていました。


私はテーブルを挟んで父の対面の椅子に腰かけました。


父に席を外してほしいと言われ、院長様は部屋を出ていきます。


父は眉間にしわを寄せ、終始怖い顔でこちらを見ています。


「お久しぶりですお父様、その後おかわりはございませんか?」


沈黙に耐えられず私から声をかけました。


「少し、痩せたか?」


それが父の第一声でした。


「修道院の食事が口に合わないのか?」


「そんなことはありません、修道院の食事はとても美味しいのですよ、お父様も召し上がってみてはいかがですか?」


修道院で出されるサンドイッチは素朴な材料しか使っていないのですが、とても美味しいのです。


「そうか、修道院の生活になじんでいるようだな」


そして再び続く沈黙……。


父は私を連れ戻しに来たのでしょうか?


「服やアクセサリーを少しは持たせたるように妻に言ったはずなのだが」


父が私の格好を見て言いました。今日の私は紺色のルダンゴト(ジャケット)に水色のシュミューズドレスにという質素な装いです。アクセサリーなどは一切身につけておりません。


そもそも本来修道院には財産を持ってきてはいけない決まりです。ですが家を出るとき母が万が一に備えてアクセサリーを何点か渡してくださいました。あれは父の指示だったのですね。


「みっともないですか?」


「いや、アクセサリーなどをどうしたかと聞いている、もしやメイドに盗まれたのか?」


父が眉を吊り上げて聞いてきます、お父様はただでさえ眼力が強いので、その鋭い目で睨まないでほしいです。


「エミリーはそんな子ではありません」


「ではどうしたのだ? 部屋に有るのか?」


「部屋にはもうありません」


「ないだと?」


父が眉間にしわを寄せた。


「落ち着いてくださいお父様」


私は父をなだめました。


「理由を説明する前に修道院の壁や窓や天井、今座っている椅子に目を向けてください」


「何? 壁や天井だと」


お父様は私に言われた通り、部屋の様子を注意深く観察しました。


「なにかお気づきになりませんか?」


「傷みが目立つが、それがどうしたというのだ?」


「公爵家から持ち出したアクセサリーは、教会の修繕費や孤児院の子供達の衣服代や教科書代に当てました」


「そんなにこの修道院の経営は苦しいのか?」


市民からの寄付金だけではまかないきれず、畑などを耕して自給自足をしたり、修道女が編んだマフラーや刺しゅう入りのハンカチなどをバザーで売っていますが、食べていくのがやっとの状態です。


「あまりよくはありません」


「王宮から寄付金が出ていたはずだが…………誰かが着服していたのかもしれんな」


父は眉根を寄せ、何か考えている様子でした。


「教会の運営費用については私の方でなんとかしよう、公爵家からも寄付金を出す」


「ありがとうございます」


私は父に頭を下げた。


そしてまた長い沈黙……。


しばらくして父が神妙な面持ちで口を開いた。


「その……お前に修道院行きを勧めたのは、お前が公爵家に必要ないという意味ではなく……」


「はい?」


「元王太子と王太子の浮気相手の男爵令嬢にはめられて、お前が傷ついていると思った。公爵家にいれば王家からどんな無理難題を突きつけられるか分からない、他の貴族の動きも気になっていた時期だった、なので王弟殿下が即位されるまで、お前には騒動とは無縁の場所にいてもらおうと、お前を修道院に送った」


「そうだったのですね」


私は父の考えも知らず、戦力外通告されたと思って落ち込んでいました。


「お前には王太子の婚約者として六年の時を無益に費やさせてしまった、これからどうするかはお前自身が決めればいい。アリーゼお前はこれからどうしたい?」


「私は……」


「修道院に送る前に言ったように、貴族の家に嫁ぐことも出来るが……お前は貴族社会での交流には向いてないから強要はしない、むしろ私は修道院にいた方が良いのではないかと思っている」


「はい、お父様がおっしゃるとおりです、私は修道院の暮らしが気に入っています。院長様を始め修道院の皆様もよくしてくださいますし、修道院で預かっている孤児や、教会に手習いに来る街の子供たちも可愛いです、それに私は子供たちに勉強を教えるのがとても楽しいのです」


「そうか、分かった。ではお前が修道院で暮らせるように取り計らうとしよう」


「お父様、そのことで一つお願いしたいことがあるのですが……」


「なんだ?」


その時扉が少し開き、リコルヌが入ってきた。


リコルヌは私の顔を見るとニャーと鳴き、私の膝の上に飛び乗ってきた。


「お願いとはこの子のことなのです、院長様に内緒で猫を飼っていたのですが、修道院はペット禁止なのです。院長様にリコルヌを飼っていることを知られたら、リコルヌは捨てられてしまいます。どうかリコルヌと一緒に暮らせるようにお父様からもお口添えしていただけませんか?」


リコルヌはしっぽを立て、喉を鳴らしながら私の胸に体をすり寄せてきました。


「それは容易いが……その猫はちとアリーゼになれなれし過ぎないか?」


父がリコルヌにシビアな目を向ける。


「毎日、一緒にご飯を食べて一緒のベッドで寝ているせいですね、リコルヌはもう私の家族も同然です」


「毎日同じベッド……家族も同然……、ちと尋ねるが、その猫は雄か?」


「はい男の子です、それが何か?」


リコルヌが私の肩に登り、私の頬にキスしてきた。


「もういたずらっ子ね、リコルヌは」


「ニャー」


悪びれた様子もなく、リコルヌが愛らしい声を上げる。


「やはりだめだ! その猫との同棲(どうせい)は認められん!」


父が席を立ち、怒鳴り出しました。


「お父様落ち着いてください、リコルヌは猫ですよ、それもまだ生まれて数カ月の仔猫です」


私の膝の上に移動したリコルヌが、ぷるぷると小刻みに震えている。


「アリーゼの頬に口づけしたあと、その猫がドヤ顔で私を見たのだ!」


「お父様相手は猫です、猫の表情など人間の捉え方次第ですわ」


このあとリコルヌに対して敵意をむき出しにした父をなだめるのに、一時間ほどかかりました。


感情をあらわにした父を見るのも、父とこんなに長い時間会話したのも初めてでした。


リコルヌは場の空気を和めようとして来てくれたのかもしれません。



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