表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/308

・少年ユリウスとマリウス

 その晩、幼い頃の夢を見た。

 それは工房の長マリウスと、同じ孤児院で暮らしていた頃の夢だ。


 あの頃はまだ9歳くらいだっただろうか。

 俺たちは少しでも稼いで、孤児院の生活をマシにするために、その日も靴磨きや煙突掃除の仕事を請け負っていた。


「ようガキども。ほら財布出せ、ポケットの中も見せな」


 中には俺たちを哀れんで、多めに金を払ってくれる金持ちもいた。

 だが、その善意は全額俺たちに渡らない。


 子供が必死で稼いだわずかな儲けも、町のギャングに半分以上をむしり取られてしまうのが日常だった。


「へへへ、今日はだいぶ稼いだみたいだなぁ。明日もせいぜいがんばれよ」


 金を巻き上げられようとも、俺たちはギャングに従うしかなかった。

 王都のどこもかしこもギャングの縄張りで、そこで商売をするには上納金が必要だった。


「悔しいな……。もっともっと、院のみんなのために稼げたらいいのにな……」

「俺はあんなふうにはならねぇ。マリウス、俺たちだけでも助け合っていこうぜ……」


「うん、もちろんだよ。君とボクは親友だからな、ユリウス! お前がピンチになったら、俺が助けるからな!」

「だったらお前のピンチは俺が助ける。俺たちは絶対にギャングに入らない、約束だぞ!」


 将来、片方が窮地に陥ったらそれを助ける。ギャングには入らない。

 そう約束したことを今さらになって俺は思い出した。


 なのに俺は、ツワイクに戻ったあのとき、金だけ渡してアイツの前から去った。

 マリウスにとってその行いは、裏切りに映っただろうか。



 ・



 それからまた別のある日、俺たちがいつものように大通りぞいの裏路地で商売をしていると、そこに酒臭いローブ男が現れた。


「よう、そこの小僧!」

「あ、はい、煙突掃除ですか、靴磨きですか? 人への伝言や配達の類もやっています、どうぞなんなりと――」


「いや、俺ぁ客じゃねぇよ」

「なんだ、媚び売って損した……」

「おじさん、ボクたちに何か御用ですか?」


「藪から棒にすまんがな、テメェなかなか目立つというか、とんでもねぇ潜在魔力をしてるじゃねぇか。こりゃ、掘り出し物かもわからんな……」


 そのおじさん入りかけのお兄さんは、マリウスではなく俺を見て言っていた。


「そういうアンタ誰?」

「気を付けろよ、ユリウス。コイツ、男色家の変態オヤジかもしれないぞっ!」

「男しょ――おまっ、いくらなんでもそりゃ失礼だろがっっ!?」


 マリウスがそう誤解したのは、その男が俺に才能を見いだしていたからだ。

 路地裏でギャングに金を巻き上げられる商売をするしかない、哀れで学のないガキに、男は熱心な目を向けていた。


「いいかよく聞きやがれ、俺様は宮廷魔術師のアルヴィンス様だ。……なあ小僧、テメェ、クソみてぇな人生を変えてみたくはねぇか? テメェにはバカみてぇに高けぇ潜在魔力がある。俺と一緒に来たら、今の人生観が嘘みてぇなエリート街道を歩ませてやるぜ?」


 言葉を疑う俺たちに、アルヴィンスは小指から親指まで、順番に魔法の炎を移して見せて黙らせた。

 本物の宮廷魔術師だ。俺は本物の宮廷魔術師にスカウトされた。


「本当か……? 俺も、お前みたいに魔法が使えるようになるのか……?」

「おいっ、ユリウス! こいつうさん臭いぞ、信じるな!」


 うさん臭いのはアルヴィンスの地だ。

 俺はその日、クソみたいな人生から救い出してくれた恩人、アルヴィンス師匠と出会った。


 そしてそれは孤児院との別れでもあった。

 俺は師匠が見せてくれた希望に溺れて、親友のマリウスの隣から去った。



 ・



「そういえばアイツ、工房を取られてしまったとか、やたら荒れてたな……」


 目覚めると朝日が部屋に差し込んでいた。

 俺は1人用のベッドから身を起こして、己が今はシャンバラの地で暮らしていることを再認識した。


 既に眠気はない。ベッドから立ち上がり、白ではなく昔の黒ローブに袖を通すと居間の暖炉に火を放つ。

 そうだ、もう1度遠征しよう。技術者として成長したマリウスの元に向かい、親友をこのシャンバラに招こう。


 エルフの技術者を疑うわけではないが、信頼がおけて、優秀で、おあつらえ向きにちょうど今フリーになれるやつといえば、アイツしかいない。


 ということで、一足先に工房に入り、ポーションを完成させてから、ツワイクに行ってもいいかとメープルとシェラハに相談した。





「いつ?」

「今日」


 そう答えると、メープルは無言で俺の胸に飛び込んできた。

 シェラハにはそんな気配はなかったが、つられて二人の距離を詰めて、それから寂しそうに手を握ってきた。


「行かないで、とは言わない……。だけど、ぶっちゃけ、超寂しい……」

「そうね……でも、だからって止められないわ……。ユリウス、出来るだけ早く戻ってきてね……。あたしも、あなたがいないと寂しいから……」

「すまん、目的が片付き次第すぐに戻る」


 それから朝食を共にして、二人が食べ終わるのを待つと都市長のところに転移した。

 するとまたもや書斎にアルヴィンス師匠が同席していた。


 話によると師匠はシャンバラの歓楽街が気に入ってしまって、そこにある酒場宿を借りたらしい。


「ちょっとツワイクに行ってくる」

「おめーバカだろっ!」


 師匠に一蹴された。そうだろうな、俺の失踪間もなくして闇ポーションが現れたとなれば、向こうは俺が裏切ったと推測しているだろう。


「友達をここに引き込みたい。同じ孤児院の生まれで、国に工房を奪われた男がいる。あれを引き込めば、ツワイクの技術の一部が手に入る」

「ふむ……ではこうしましょう。名前と居所を我々に教えて下さい。次のキャラバン隊に使いを頼みましょう」


「いや、ソイツはかなり面倒な性格なので、俺が直接説得した方がいい」

「んん……てめーの知り合いに、そんな野郎いだっけか?」


「いますよ」

「工房……めんどくさい性格……ん……。ああ、もしかしてあのガキか? ユリウスを連れて行かないでって、俺んところに乗り込んできてよ。あの時はピーピー泣かれて手を焼いたわ」


「ああ……、そういえば師匠もマリウスと面識がありましたね」

「アレを引き抜くか……。だがアイツは……お前、嘘だろ……」


「なんです、らしくもなく口ごもったりして」

「おめー……ずっと同じ孤児院で暮らしていて、気づかなかったのか……? いや、あり得ねーだろ………」


「だから、なんなんですか?」

「一つ聞くが、アイツと一緒に風呂入ったことあるか?」


「孤児院に風呂なんてあるわけないじゃないですか」

「あーー……そうか。まあ、じゃあ、そうだな……マリウスにはやさしくしてやれ。嫁にするように、やさしく付き合え。わかったな?」


「無理ですよ。師匠が俺を拾い上げた日から、アイツと俺はずっとギスギスしてますから」

「俺のせいかよ……」


 話がまとまった。

 これから5日分の仕事を前倒しで済ませるので、そういう形で手配してくれと都市長に依頼した。


「まるで嵐のような決断力ですな。お任せを」

「わがまま言ってすまん」

「なぁ……バカ弟子よ」


「師匠、さっきからなんですか……?」

「あのガキはよ、マリウスはよ、ユリウスを連れて行かないでくれって、俺に言ったんだよ。アイツはよ、てめーとずっと一緒にいたかったんだ。だから、弱ってる今だけでもやさしくしてやれ……」


「そんなのわかってますよ」

「はぁ……。お前もお前で厄介な性格してるぜ」


 そんな余計なお節介に俺は反感混じりにうなづいて、約束通りに5日分の仕事を一気に片付けた。



 ・



「じゃあまたな。俺も寂しいが……なんか喉に引っかかった魚の骨みたいな感じでな、どうしてもアイツを――んぬぁっ?!」


 出発前、銀と金の姉妹に両頬へと口付けされた。


「ペロペロ……」

「ギャッ?! こ、こらっ、なっ、何しやがるっ!?」


 さらにメープルは人の耳にかぶりついてきた。


「舐めてみた……」

「えっと……あ、あたしも舐めた方がいいのかしら……?」

「シェラハまで何言ってんだよっ!?」


「ハァハァ……そういう反応、いい……。お別れの前に、つねっていい……?」

「お断りだ! それじゃまたな、必ず戻るから待っててくれよ!」


「それフラグ――あっ」


 逃げるように俺は世界の裏側へと転移して、遙かなるツワイクに向けて歩き出した。

 繰り返すがアイツはかなり面倒な性格なので、交渉にしばらくかかるかもしれない。


 だがこの素材を見せれば、少しはその気にさせることが出来るはずだ。

 待っていろよ、マリウス。工房を奪われたというなら、俺がお前に新しい工房をくれてやる。


 シャンバラの発展にはお前の技が必要だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ