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・麦酒の夜 2/2

「んふふふ……ユリウスの肩、気持ちいい……♪」

「酔っぱらってるな」


「ユリウスが悪いのー……っ。ユリウスが、ちっともくっついてくれないから……私からぁ、くっついてるのー……」

「そのセリフは、明日絶対後悔するやつだぞ……」


「今は平気だもーんっ」

「むふ……。酔っぱらった姉さん、かわいい……」


 シェラハはもっとくっついて欲しかったのか……。

 ならこれからはもっと――いや、違うな。酔っぱらいの言葉をあまり真に受けない方がいい。


 普段はあれだけキッチリしているのに、お酒が入るとだらしないだなんて、彼女の意外な側面を見てしまった。


 真面目な人間というのは、己が真面目であるよう気持ちを張り詰めさせて生きている。

 なので何かのきっかけでそれが崩れると、まあ、こうなるんだな……。


「ユリウス……。あたしの旦那様、スリスリ……」

「あ、私たちはお構いなく。ジジィの彫像だとでも思って下さい」

「いや、そこはお構うに決まってるだろ……」


 しかし『旦那様』か。この響きは悪くない……。

 親御さんの前で、その豊満な胸部をぐいぐいと押し付けられると、スケベ心や喜びよりも冷や汗や動揺の方が勝るけどな……。


「もっとぉ……旦那様らしいこと、してくれたっていいのにぃ……。どうしてしてくれないの~……?」

「同意……。姉さんに、激しく同意……」

「だからって、それを爺さんと義兄さんの前でやらなくてもいいだろ……」


「フフ……お構いなく」

「だから構うってのっ!」


 そう抗議すると、あれだけ物静かな義兄さんが声を上げて笑いだした。

 彼らは長寿なので、俺たちがまだまだ子供に見えるのだろうか。


「ユリウス、あーんっ、あーんして♪」

「や、止めろ、せめて人前ではそういうの止めろ、頼むから、止めて下さい……。ちょ、押し付け、うっ……」


 串の先を人に向けるものだからおっかないそれを、俺は恐る恐るほおばって酔っぱらいを満足させた。

 間接キスなのを気にせずに、串の続きを己の口に運ぶ姿は普段のシェラハではあり得ない。


「やるね、姉さん……。わたしよりたち悪いかも……」

「ユリウス……好き……好き……♪ あたしの旦那様……ユリウス大好きぃ……♪」


「へーいへーい、口元にやけてるよ、旦那様……」

「ではその調子で子供もお願いします」

「この状況でそういうこと言うなよなっ!?」


 俺も少し期待したが残念なことに、酔っぱらいはそれを真に受ける前に寝息をたてていた。

 助かったような、惜しかったような……寝てくれてホッとしたのは事実だ。


「じゃ、そういうことで」

「また明日。ユリウスさん、今日はとても楽しかったです、こんな義兄でよければまたご一緒させて下さい」


 ところが急に妙な流れになった。

 メープルがシェラハに肩を貸して、二階の寝室へと運び始めると、義兄がそれにあわせてもう帰ると立ち上がった。


 義兄が玄関から去って、メープルとシェラハが上の階に消えて、俺と爺さんだけが散らかったテーブルに残されていた。

 メープルはその後、1度だけ水をくみに戻ってきてけれど、その後は戻ってこなかった。


「さて」


 さっきまでのゆるゆるのお義父さんから一変して、シャムシエル都市長は理知的で迫力のある大物エルフに一変していた。


「例の白銀の導き手、もう少し作れませんか? 国中の隅々まで調べ回るとなると、あれだけでは足りません」

「アンタはどうしてそんなに回りくどいんだ……。だったら直接そう言えばいいだろうに……」


 現状は迷宮に対して冒険者が足りていない状態だ。

 迷宮の発掘を強化するよりも、冒険者の育成にリソースをさくべきだ。と言ったところで、都市長もそんなことはわかっているだろう。


「すみません、私はこういう性格でして」

「知ってるさ……。大事な娘を貰っちゃったしな、爺さんには逆らえそうもない。それで、狙いは?」


「緑です」

「緑……? ああ……なるほど、あの話か」


「貴方が私に夢を見せたからいけないのですよ。貴方はこのシャンバラを、緑の大地に変える力をお持ちだ。どんなに私が貴方のような存在を待ち続けたとお思いですか……? 貴方は、我々シャンバラの老人の悲願そのものなのですよ」


 きっととっくの昔に諦めていたのだろうな。

 ところがそこに俺が現れて、不可能を可能にしてしまった。


「本当に回りくどいな……。だがその話なら喜んでやろう。砂漠のど真ん中に緑が蘇ってゆく光景は、眺めていて最高に楽しいに決まっているからな」


 莫大な金と労力がかかるだろう。

 しかしだからこそ面白い。ツワイク王国のポーション需要からふんだくった金を、何かに使うならこういったでかい事業だ。


「ではこれからの計画を聞いて下さいますか? まず貴方が白銀の導き手を量産します。その後はローラー作戦を実施し、シャンバラ中の迷宮を一挙に発掘してしまいましょう」

「まあ捉えようによっては悪くない。確かに冒険者は足りていないが、迷宮の数が多ければ多いほど、欲しい素材をピンポイントに狙える。やる価値は高いだろう」


「ええそうなのです! そして狙うは植物系の魔物素材と、大地の結晶です! 特に大地の結晶は、万能建築素材コンクルに使いますので、より重点的に発掘してゆく必要があります!」

「落ち着け、爺さん……」


 薬の効果を考えれば、それこそ気の遠くなるような話だが地道にやってゆくとしよう。


「わかった。だったらダウジングも手伝おう。明日の午前にダウジングロッドを量産して、その後はローラー作戦を実行だな。……さすがに急か?」

「どうにかしてみせましょう。ああ、貴方は正しくデザートウォーカーの――いえ、エルフの救世主です。これからも頼りにさせて下さい」


「そうやってエルフの長が俺に弱みを見せてどうする……。偉いんだから、もうちょっと上から目線で頼んでもいいんだぞ?」

「何を今さら! 我々は家族ではないですか」


「そう言われるのは、そんなに悪い気がしないな……。しかしこれからは用件の方を先に言ってはくれないか? 何度も言うが、いちいち回りくどいぞ」

「いえ、あなたと一緒にお酒を飲みたいと言い出したのは、あの子の方です。最近、彼はあなたの話ばかりなのですよ。英雄気質の好ましい男だと、貴方が国を捨てて来てくれたことに期待していると」


「それは驚いたな……」

「もちろん、私も貴方のことが大好きですよ。メープルも、シェラハゾも、私たちは貴方が大好きです。どうかそれをこの先も忘れないでいて下さい」


 こうして楽しい一晩が終わり、忙しない明日が約束されて、俺は都市長を邸宅までも送っていった。

 俺の20倍じゃきかないほどに生きている爺さんと、家族になって、同じ満天の星を見上げることになるなんて、工場勤務だったあの頃は思いもしなかった。

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