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・母国ツワイクに迫る貿易の危機 純正ポーションと闇ポーション 1/2

 ふと思い返せば、この砂漠の国に移り住んでかれこれ二ヶ月が経っていた。

 あの仕切り直しの結婚式から数え直せば約半月のことで、俺たちは今も『新婚生活』の真っ直中にあった。


 その事実を俺たちは互いに意識せずにはいられない。

 シェラハはあの通りの控えめな性格であるし、また意外なことにメープルの方もなんだかんだ、過激な挑発をしてくるくせに、男女の一線だけは絶対に越えてこようとはしなかった。


 俺たちは結婚したというのに、相変わらずの関係を続けながら、いつかこの関係に転機が訪れることを心の底で期待しているようだった。



 ・



 最近の出来事といえば、つい三日前に初めての砂嵐に遭遇したことだ。

 まるで楽園のように美しいシャンバラだったが、希に砂漠の神様が機嫌を損ねる日があるようで、俺はその二面性に震え上がることになった。


 その日、暇つぶしにバザーオアシスに立ち寄ると、雲もないのに急に辺りが暗くなり始めて、やがて痛みをともなう砂嵐が俺たちを襲った。


 あのとき、親切な店主が屋台の下にかくまってくれなかったら、俺の砂嵐に対するトラウマはより深刻なものとなっていただろう。


 あそこの連中はみんないいやつだ。

 常連の店主たちにすっかり顔を覚えられてしまったようで、誰もが俺をユリウスと呼び捨てで呼んでくれる。


 特に最近は景気がいいと口々に喜んでいて、付近にあるあのスラム街も当時の半分にまで縮小していた。

 だが、ああいったものは決してなくならない。


 雨が降った後に必ず同じ場所に水たまりが生まれるように、あそこはきっとそういう場所なのだ。

 俺たちが救済できたのは、元から冒険者や商人の適正が合ったり、再び立ち上がれるだけの力を持っている者だけだった。



 ・



 さて、話を本題に移そう。

 その日、俺はシャムシエル都市長と昼食を共にしていた。


「そうそう、先日キャラバン隊が帰ってきました」

「それならもう知っている、ツワイクに行っていたやつだろ? バザーオアシスの方がお祭り騒ぎだったよ」


「はい。実はそのキャラバンが面白い話を仕入れてきまして」

「何かあっちであったのか?」


 喉に詰まりかかったパンを冷たい水で押し流して、俺は食えない爺さんを注視した。

 しかし真剣な話ではないようだ。よっぽど面白い話を聞いたのか、彼はおかしそうに笑っていた。


 なので俺もだらしなく頬杖を突いて、今では家族の爺さんの言葉を待つことにした。


「我々の作った闇ポーションが、いかにツワイクの社会に浸透し、彼らの独占事業を崩壊させたか。興味はありませんかな?」

「わざわざ悪趣味な言い方をしなくてもいいだろう……。で、俺の作ったポーションはあっちでどうなった?」


「フフフ……お話ししましょう」


 歳を取れば丸くなるというのは、やはり偽りだな。

 爺さんは饒舌に、シャンバラ産の闇ポーションがもたらしたやつらの窮状を教えてくれた。



 ・



少し前、ツワイクでは――


 その昔、この男は俺にこう言った。『ユリウス、私は君を助けたい』と。

 しかし今となっては立場が逆だ。ヘンリー工場長は書斎で頭を抱えたまま、かれこれ十数分間も微動だにしていなかった。


「いったい、何が起きている……。このポーションの出所はどこなのだ……。こんな物、あり得ない……なぜこんな値段で売れる……っ」


 その闇ポーションのせいで、ポーションの売り上げが先月比で3割にまで落ちていた。

 当然ながら大赤字だ。ダブ付いた在庫を売るために、値引き販売を敢行することになっていた。


 しかしそれでは、経営を立て直すという国王との約束は果たせない。

 手詰まりのあまり、工場長は茫然自失と書斎にうずくまることしか出来なかった。


「もう、終わりだ……」


 約束が果たされなければ、国王はヘンリー工場長から爵位と財産を取り上げると宣言している。


 そこに闇ポーションが現れて、建て直しどころか即死級の追い打ちを仕掛けた。

 もはや彼は、震えて沙汰を待つだけの豚も同然だった。


「し、しかしいくら陛下でも、家臣の地位と金を奪えば、ただでは済まないはずだ……。あ、あれは、あれはただの脅しなのだ……。実行するとは、か、限らない……」


 ツワイクは絶対王制ではない。

 他国と比べて王家の力が強いとはいえ、何もかもが王の自由になるわけではない。

 諸侯がヘンリー男爵を庇う可能性はないこともなかった。


 現在ツワイクでは、闇ポーションと呼ばれる出所不明の輸入品が出回っている。

 もちろん工場長はこの危険な商売敵を潰すために、出所を掴もうとした。


 しかし相手はうちのシャムシエル都市長だ。

 シャンバラから来たエルフたちのキャラバンが出所とは、そうそう簡単に掴ませるわけがない。


 事実、工場長も海外から流れてきているとしかわかっていなかった。


「工場長……。もしもし、工場長! 聞こえてますか、工場長っ!」

「あ……ああ、君か……。ノックくらいしたまえ……」


「それより大変です……。王宮から出頭命令があなたに」

「ひっ、ひぃっっ……!? く、暗い話題はワンクッションはさみたまえと、先日言ったではないかっ! は、はぁっ、はぁぁっ……む、胸が……」


 もはや落ち目にある男に、いつまでも人が同じ態度を取ってくれるはずもない。

 震える工場長を、秘書は冷たい目で見下ろしていた。


「ですが急いだ方がいいですよ。すぐに王宮に上れとのお達しでしたから」

「いよいよ、私も終わりか……。ああ、どこで何を間違えたのだ……」


「ユリウスさんに冷たく当たっていた頃からでは」

「ぐっ……い、言われなくともわかっているっ!! ユリウス……ユリウスだ、このは闇ポーションは、あいつの仕業に違いない……。なんて、なんて恩知らずな……う、ぅぅ……っ」


「地位ある者に媚びるだけではなく、才ある者にも媚びるべきでしたね」

「黙れ!! お前、私が首になると思っているだろう!?」


「行けばわかりますよ。急いで下さい」


 信頼していた秘書に冷たくあしらわれて、工場長は震えながら王宮行きの馬車に乗った。

 最悪は処刑。命と名誉の全てを失う。なんとしてもそれだけは避けたかった。


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