表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/459

トップ会議

 それから二時間後、カレンとフィーナは王宮に来ていた。


「ふむ、大事な試合前に呼びつけて悪かったのう」

「二人とも、元気にしてたか?」


 案内された部屋に入ると、ソファに座っていたアンブラウスとエリアスが手を挙げて迎えてくれる。皇女の執務時はともかく、今は一介の魔法学校の生徒であるカレンは、フィーナと共に深々と頭を下げる。


「ほほ、そんなに他人行儀にしなくともよい。そもそも、おぬしらをここに呼び出した時点で、特別扱いしてることには変わらないのじゃからな」

「はぁ……では」


 隣でカレンが頭を上げたことを確認してフィーナも頭を上げる。すると、一緒に付いてきていたリヴァルが、


「よう、エリアス。アンブラウスの爺さんは久しぶりだなぁ。まだ引退しないのか?」


 挨拶もロクにせず、それどころかセルベスの教頭が聞いたら卒倒しそうなことを言いながらソファに座った。しかも下座ではなく上座。この人はたとえ国王の前でもこんな態度をするかもしれない、とフィーナは心中で汗を掻いた。


「り、リヴァル教官!」

「ほほ、構わんよ。リヴァルの小僧とは昔馴染みでな。ふん、あの荒くれ者だったリヴァルが今では学校の先生と言うのだから、長生きはしてみるもんじゃな」

「良く言うぜ。なんなら俺やエリアスより長生きしそうなのによ」


 リヴァルの軽口を笑って流したアンブラウスに、今度はカレンが歩み寄る。


「お久しぶりです、師匠」

「うむ。学校はどうじゃ?」

「はい、王宮とは全く違う生活で、毎日がとても充実しております。クラスメイトも、私を友人として受け入れてくれて、友達もたくさんできました」


 そうかそうか、と笑うアンブラウス。若干十六歳で準一級魔法師になったカレンは、王宮魔法師といえども、彼女に魔法を教えられる者は少なく、王宮魔法師長であるアンブラウスに白羽の矢が立ち、カレンが十歳の時に正式に師弟関係を結んだ。そのカレンと師弟関係を結んでいるフィーナからすれば、アンブラウスは師匠の師匠ということだ。とは言っても、アンブラウス自身と直接会話したことなど数えるくらいしかないのだが。


「フィーナも、久しぶりじゃな」

「は、はいっ! お久しぶりです」


 突然アンブラウスに名前を呼ばれ、一瞬声がひっくり返るフィーナ。自分まで声を掛けられるとは思わなかった。


「聞いたぞ。おぬし、シールでレートAの手配者を倒して、準二級魔法師になったそうじゃな。おめでとう、大したものじゃ」

「あ、ありがとうございます!」


 しかも、自分に賛辞まで送ってくれた。驚いてカレンの方を見ると、彼女は小さく首を振った。「私は言ってないわよ」と、言外に言っていた。


「孫弟子が昇級したのじゃ。本来ならば、杖の一つでも上げるところなのじゃが、本選前ならばそうもいくまい。贔屓と捉えられるやもしれんからのう」

「私の弟子への多大な配慮、ありがとうございます。それでは、今日は一体どのような用件で呼び出されたのでしょう?」


 カレンの問いに答えたのは、王国騎士団長のエリアスだった。


「それなんですが……今回二人を呼びつけたのは私なのです」

「エリアス様が……」

「皇女殿下を呼びつけた不敬、この場で謝罪させて頂きます」


 そう言って頭を下げようとしたエリアスをカレンが手で遮る。


「それは結構です。セルベス学園に通っている間、私は一介の生徒に過ぎないので。あなたは理事長として私に接してください」

「……でしたらそのように」


 厳かに言ったエリアスが、コホンと咳払い。


「それでは、オルテシアさん、トリニティさん。今日はあなた方に知恵を借りたくてここに呼んだんだ」

「知恵……ですか?」


 カレンが不審そうに眉根を寄せるが、フィーナはこの時点でこれからの話に察しが付いた。


「ええ、実は、あなた方の担任だったカナキ・タイガについてなのですが……」

「ッ!」


 来ることは分かっていたが、フィーナは反射的に肩が震える。心臓を魔弾で撃ち抜かれたような感覚だった。

 表情に出さないように努めたが、敏感にそれを察したカレンが、気遣うようにカレンを見る。


「……あまりに辛いなら、私の方から全て話しておくわ」

「いいえ、大丈夫です」


 毅然とした態度を取ったつもりだったが、カレンの表情は曇ったままだった。


「……大丈夫ですか?」

「はい、問題ありません」


 フィーナの返事に、エリアスも頷いた。


「分かりました。それではまず言っておくと、王国騎士団、および憲兵団で捜索中のカナキ・タイガですが、未だ捕縛には至っていません」


 それは既知の内容だった。そもそも、捕まえているならもっと大々的に報じているはずだ。


「手がかりは? ある程度居場所を絞れていたりはしないの?」

「国内にいるとしか……。我々もかなりの人員を割いて捜索しているのですが……」

「……………………来期は予算削減かしら」


 小声で漏らされたカレンの言葉に、エリアスの顔が蒼白くなる。いつの間にか、皇女と騎士団長という元の関係に戻っている。


「教師をしていたとはいえ、所詮彼は三級魔法師なのよ? 二級魔法師以上で編成されているあなた達の騎士団で見つからないということはないと思うのだけれど」

「それじゃがなぁ我が弟子よ。あやつを三級魔法師と見て油断するのは悪手と思うぞ?」

「ッ……師匠」


 偉大なる師にして、この国で最も魔法に長けた老人の言葉にカレンは驚いた目を向ける。


「どういうことですか?」

「ふむ、あやつに掛けられている罪の一つにウィンデルの魔法図書館の件があるが、もし本当にあやつがあれを起こしたならば、相当に厄介な相手じゃぞ、奴は」


 沈黙で先を促すカレンにアンブラウスは続ける。


「お前も知っているように、あの時わしもあそこにいた。わしらが直接相対したのは、レートSの『戦争屋』とレートSS-の『天眼』、じゃが、その二人はわしが直接抑えておったのじゃから、魔導書を盗んだ張本人は別におる。それが、エリアスの騎士団内ではカナキだとみているわけじゃが」

「……だとしたら何か問題が?」

「いやな? 一瞬の隙を突かれ、地下二階にいたわしらが地下三階に降りたのは、『天眼』たちに続いて十秒後くらいじゃった。だがそのときには、既に奴らの姿が見えなかったのじゃ」

「……?」

「分からぬか。つまり奴らはたった十秒で、あの幾重にも重なった複層結界を突破し、更にわしらが追撃する時間を遅らせるよう小細工まで施したのじゃ。しかもその小細工が妙に凝ったものでなぁ……なんと、魔法を阻害させる装置を置いて行ったのじゃよ、やつらは」

「魔法を阻害するですって!?」

「おいおい、マジかよ」


 滅多に声を荒げないカレンが大きな声を出し、初耳だったらしいリヴァルも引き攣った笑顔を浮かべる。フィーナも、これは予想外だった。


「魔力阻害というと、隣国のクロノス帝国で研究されているのが有名じゃが、今回もそこがおそらく一枚噛んでいるじゃろう。だがな、わしにはそれでも一つ、解せんことがある。それでは、奴らはどうやって魔法が使えない中、逃げることが出来たのか? 既に発動されている結界に、あの魔力阻害は通じないのに」

「そ、それは……」


 確かに。フィーナの頭にも即座に浮かんだ疑問に、カレンは整った眉を歪めた。

 これに対して答えたのは、意外にもリヴァルだった。


「そりゃあ、あれだ。その装置とやらがオンオフ可能で、阻害の効果が働く前に結界に穴を開ければいいだけだろ」


 なんとも強引な答えだったが、一応筋は通っている。

 アンブラウスは、これに対して否定も肯定もしなかった。


「さて、それはわしらの方でも調査中ゆえなんとも言えんのだが……だが、仮にそうだとしても、そもそもあやつらはどうやって結界を突破したのか、という謎が残る……まあ半分は興味本位ゆえ、これらの方法は必ずしも解かなければいけないというわけではないのじゃがな」


 最後に冗談っぽくウインクしたアンブラウスだが、部屋の中にいるメンバーの表情は晴れない。そもそも、禁忌指定の魔導書が眠る魔法図書館の地下三階は、王宮と同等の精度の多重結界を張っていたのだ。それらは今まで突破されないことが前提として存在していたのに、今回それを覆されたのだ。突き詰めて言ってしまえば、この王宮とて、その魔導書を盗んだメンバーが本気になれば突破されてしまう可能性があるということだ。まあ、王宮には図書館にいた警備兵の十数倍の近衛兵や騎士がいるため、侵入したとしても図書館ほど容易に攻略できるとは思えないが……。


「――申し訳ありません。話をカナキ・タイガの捜索の件に戻してもよろしいでしょうか?」

「おお、悪かったなエリアス」


 言い辛そうに提案したエリアスにアンブラウスが頷く。カレンからも反論がないことを確認してから彼は話を戻した。


「それで、現在捜索中のカナキなのですが、先ほどのアンブラウス様の話の通りならば、彼の仲間には少なくともSレート越えの仲間が二人いることになります。カナキの戦闘力を未知数だとするならば、少なくとも二級魔法師四人の小隊を二つで当たらせないと危険だと判断したため、結果的に捜索網をあまり広げることが出来ない状態にあります。ですので騎士団としましては、もう少し的を絞って捜索したいと考えています」

「……なるほど。つまり私とフィーナに、カナキのいそうな場所を教えてほしいってことね」

「理解が早くて助かります」

「分かったわ。だけど、私個人は正直彼とはそこまで親しくなかったから」


 そこでカレンは、一度だけフィーナの方を見た。


「……どちらかというと、フィーナに聞いた方が良いと思うわ」


 少しだけ申し訳なさそうに言うカレン。

 それで事情を察したのか、エリアスは壊れ物に触れるかのように尋ねてきた。


「……トリニティ君。これ以上、被害を増やさないために、どんな些細なことでも良いから教えてくれないか?」

「…………」


 フィーナは、すぐには答えることが出来なかった。

 正直に言ってしまえば、カナキに対する情報で、まだ誰にも話していないことはいくらでもある。それどころか、自分なりに調べて考えたことを合わせれば、“カナキの正体”にさえ心当たりがある。フィーナが狩人と戦った時に相対した、霧に覆われた『消し屋』という手配者……。

 しかし、それを言う事をフィーナは躊躇った。それはこの仮説に物理的証拠がないからという理由もあったが、その他に、カナキともう一度話がしたいという気持ちがあったからだ。

 彼から真相を訊きたい。それが、あの日から悩み抜いた末にフィーナが辿り着いた結論であり、そのためには彼がエリアス達に捕らえられる前しか機会はないということも分かっていた。

 だからこそ、今この場で彼の存在を明かす決定的な発言は出来ない。だが、カナキがもしもエリアス達の憶測通りの人物で、カレンの命を脅かすような危険な人物ならこれ以上野放しにすることも出来ない。自分の目的を達成するためには、ここは何を言うべきだろうか。彼が天才だと言ってくれた自分の頭脳が、高速で思考を始める。

 ――申し訳ありません、カレン様。

 結局フィーナが答えたのは、カナキを捕まえるためではなく、カナキを止めるための物だった。


「――カナキ先生とは、それなりに良好な関係を築いていました。彼に頼み込んで先生のゼミに何度かお邪魔したこともあります。これから話すことは確証がなく、あくまで彼の性格を踏まえたうえでの推測なのですが――」


 一度言葉を止めると、エリアスが首肯して続きを促した。

 フィーナははっきりとした口調で、


「カナキ先生はおそらく――エト先輩を助けに来ます。ほぼ、確実に」


 そう宣言した。


読んでいただきありがとうございます。

カナキ達が暴れる最後のパーティーはもう少しなので、それまでなんとかお付き合いしていただければと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ