セルベス代表、王都来訪
Sideフィーナ
「おお! 見えてきたぞ!」
遠くに見えてきた王都の城壁をルイスは食い入るように見つめて声を上げた。王都に来るのが初めてであるルイスの気持ちは分かるのだが、そのあまりの興奮した声に一緒に馬車に乗っていたカレンが少しだけ眉間に皺を寄せる。
「ルイス、はしたないから座ってなさい」
「いや、だってよ、あんなにデカい壁見たことないぜ! それに、その奥に見える城もでっけえなぁ!
この前行ったウィンデルの図書館よりでかいんじゃねえか!?」
「高さだけ比べても、王宮は魔法図書館より更に高いですからね」
そして、敷地面積も入れれば、魔法図書館など王宮の五分の一にも満たない程度の大きさでしかなくなる。なんなら辺境の小さな村一つくらいと同じくらい広いのが王宮なのだ。
なおも興奮した様子で窓の外を眺めるルイスを見て諦めたカレン。フィーナもせめて座るよう促したのだが聞く耳を持たず、パニバルはそれを見て苦笑していた。端に座るオルガは我関せずとばかりに目を瞑っている。二人とも大きな貴族の出であるため、それほど珍しい光景でもないからだろう。オルガの方は、アンドレイの一件があってから、元々良くなかったカレンとの関係が更に険悪になっており、馬車の中でも一度も口を開いていない。
クラスでも珍しいこの組み合わせを載せた馬車は、現在王都へ向かう最中だった。それは勿論、観光などが目的ではない。この五人は三日後行われる学生騎士大会に出場する、セルベス学園の代表生徒なのだ――。
三日後の学騎体のためか、城門に設置された検問には長蛇の列が出来ていた。いつもなら王族専用の入り口から出入りするカレンとフィーナだが、今は一介の生徒として来ているのでそちらは使えない。それでも、カレンもフィーナも文句ひとつ言わず、逆にルイスの方が何度も愚痴を漏らすくらいだった。
検問をやっと突破し、王都の中の停留所で下ろされると、既に到着していたリヴァル達が出迎えてくれた。そこには、レインを始め他の選手たちの姿もある。
「随分かかったなぁ。流石にこの時期は混んでるみたいだな」
未だ長蛇の列が出来ている城門付近を眺めたリヴァルは、レインに顔を向けた。
「これで全員だな?」
「はい、セルベス学園の選手十名は、これで全員揃ったことになります」
セルベス学園の団長であるレインが頷くが、その顔には少しだけ陰鬱さが漂っていた。それはリヴァルも気づいたようで、バシバシと力強くレインの背中を叩く。
「なんだ、まだ拗ねてるのかアルダール! そりゃ勝手に本選出場申請をしたことは悪かったが、お前ほどの生徒を遊ばせておくほど、今年のうちは余裕がないんだよ!」
「だとしても、それに全く懲りずに私を団長に推薦したことには疑問を拭いきれませんが」
「細かいことは気にするなって」
「……」
あ、アルダール先輩、本気で怒ってるな。
あまり愛想の良い先輩とは言えないレインだが、それでも二ヶ月以上『カグヤ』で同じく仕事をしていれば、彼の些細な表情の変化にも気づくようになってくる。流石にレインには同情する気持ちになったが、リヴァルが今年は余裕がないというのも分からないわけではない、とフィーナは思った。
その理由が、六月に起こった皇女暗殺未遂事件である。あの事件の際、幸いにもカレンは一命を取り留めたが、護衛に付いていた駐屯兵団、『カグヤ』には大量の犠牲者を出した。そのほとんどがリリス中央病院の正門を護っていた駐屯兵団の団員だったが、『カグヤ』の団員からも、決して少なくない犠牲者を出していた。
特に、カレンの病室を直接警護していたメンバーは、レインとフィーナを除いて全員殺害されている。彼らは学園の中でも特に優秀だった生徒達で、今年の学騎体の本選の出場も期待されていた。そのため、突然空いた本選への枠を他の生徒が埋める形になり、結果として一年生が過半数を占める代表団となってしまったのだ。
「――それでは、今度の流れについて確認する」
気づけば、リヴァルとレインの会話は終わっており、レインの方から今後についての説明が入るようだった。いくら嫌がっても、自分の仕事は果たすあたり、レインの実直さがうかがえる。
「たった今到着した一年生は、以前配布した紙に記載してあった宿に荷物を置いてくること。そして六時に宿の食堂にて夕食とする。その間は各自、自由行動にしてくれて構わない」
「え、いいんすかボス!」
途端に目を輝かせるルイス。そんな彼をレインは『カグヤ』で慣れているのか、特に呆れた様子もなく頷いた。
「ああ、時間までに帰ってくるなら構わない。ただし、最低限自分たちがセルベス学園の生徒代表であることは常に自覚して行動するように」
「ひゅぅ! 勿論だぜ、ボス!」
力強くガッツポーズを取るルイスに、流石のレインも少しだけ目を細めたが、それ以上は何も言うことはなかった。レインはともかく、リヴァルまでもが何も言わなかったことにはフィーナも驚いた。もしかしたら、この自由行動が選抜戦を勝ち抜いた生徒達へのささやかな報酬という意味も含んでいるのかもしれない。
「質問がある者はいるか――では、解散」
「よっしゃ! それじゃあ早く荷物を置きに行こうぜ!」
早速宿へ向かおうとしたルイスは、しかし自分とは真逆の方向へ向かおうとするクラスメイトの姿を認めて足を止めた。
「おい、オルガ。宿はこっちの方だぞ。どこに行くんだ?」
「……お前には関係ねえだろ」
煩わしそうに答えたオルガを、カレンは冷たい瞳で一瞥する。
「行きましょう、ルイス。確かに、彼の言っていることは正しいわ」
「それじゃあ、荷物だけでも持って行ってやるか? そのでっかい鞄を持ちながら歩くのはどこ行くにしても面倒だろ?」
これにはさすがのオルガも少し驚いた表情を見せた。
「……余計なお世話だよ、お人好しが」
そう言って踵を返したオルガは、二度とこちらを振り向かずに去っていった。
「……ルイス、あなたも物好きね」
「ん? 同じクラスメイトの仲間なんだし、これくらいは普通だろ?」
「あら、見解の相違ね。私は彼を仲間だなんて一度も思ったことはないわ」
カレンは奇異の眼差しをルイスへと向けたが、フィーナはこのときばかりはルイスの行動に純粋に感心した。あれだけ露骨に自分を拒絶している相手にコンタクトを取ろうとするのはなかなか出来ることではない。特に、これからそのような相手が増えるだろう自分の主君には、必要な能力かもしれない、とフィーナは思った。
「えと、それじゃあとにかく荷物を運んじゃわない? それから街を観光しようよ!」
カレンの発言で強張った空気を換えるようにパニバルがそう提案すると、ルイスがけろっとした顔で賛同の手を挙げた。そのまま歩き出そうとしたフィーナ達の背中に、リヴァルから声が掛けられる。
「ああ、そうだ。悪いんだがオルテシアとトリニティはこの後時間を割いてもらえないか? お前らに逢いたいって奴らがいるんでな」
リヴァルの声は、普段では考えられないような申し訳なさの入り混じった声だった。意外に思いながらもフィーナはリヴァルに質問する。相手次第では、自分の主君が時間を割くに相応しくないと面会を固辞する気持ちで。
「……ちなみに、その相手というのは?」
「ああ、それがなあ……なんでも、エリアスとローウェンの爺さんがお前らに逢いたいんだと」
「ッ! 騎士団長と魔導師長がですか!」
「あの御二人方が……」
突然出てきたビックネームに、フィーナに続き、カレンまでも驚いた声を上げ、互いに顔を見合わせた。
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