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師弟

「それにしても、カナキ君、師匠と面識なんてあったんだ。知らなかったわ」

「僕が知り合ったのはごく最近ですよ。僕がアリスさんに三十七回も殺されたって話をしたら、ちゃんと謝ってくれましたよ。良い師匠じゃないですか」


 まあ思いっきり笑いながらだったけど。


「三十七回って……はぁ、そんなことまで憶えてるなんて、相変わらずカナキ君はマメねぇ。自分が死んだ回数なんて普通忘れるでしょうに」

「いや、普通誰も忘れない、ていうか経験ないだろう」

 珍しくガトーがツッコむと、アリスはそれで初めてガトーに気づいたみたいで、驚いてそちらを見た。

「あら、カナキ君。この人誰?」

「ちょっ」 


 心臓が止まるかと思った。

 恐る恐るガトーの方を見ると、被ったフードから僅かに見えるガトーの口元は笑っていて、


「ミラの弟子だけあって、流石の度胸してんな」


 と苦笑気味に言ったので胸を撫でおろした。好戦的なガトーなら、最悪ここで殺し合いにでも発展しかねないと思ったが、大丈夫だったようだ。心配し過ぎだとアリスなら笑うかもしれないが、実際僕が初めてガトーと会った時はナイフで脳天を貫かれているので全く油断できない。


「彼はガトーさん。Sレートの実力者で『戦争屋』と言えば、アリスさんも聞いたことがあると思います」

「いや、全然知らないけど」


 声帯引き抜くぞこの女。

 再び放たれた爆弾発言に僕は戦々恐々。ミラも引き攣った顔でガトーを見たが、酒をちょうど呷っていたところで今の発言を聞きそびれたようだ。ほっと胸を撫でおろす僕とミラ。黒ひげ危機一髪でもやっている気分だね。ただし、こっちの場合は本当のナイフで体中を串刺しにされかねないが。


「アリス、この男は貴様に負けず劣らず血気盛んじゃ。この場で殺し合いなど見たくもないから、無駄に挑発するのはやめるがよい」

「別に私はそんなつもりなかったんだけど……まあ師匠がそう言うなら気を付けるわ。……え、この人のタトゥーの量気持ち悪くない?」

「…………」


 アリスには何を言っても無駄だと悟ったミラは、最早どうにでもなれとばかりに肩を竦めた。いや、諦めないでくださいよ……。

 しょうがないので、僕が強引に話を進め、話題を逸らすことに努める。


「コホンッ! とにかく、僕が言いたかったのは、この作戦にはアリスさんも加わってもらうということです。彼女の屍術なら準備さえ整えれば、戦闘を行うごとに戦力を増やすことだって可能になりますし、僕達のウィークポイントである頭数の少なさもカバーすることが出来ます。ミラさんの結界を使えば、屍術に必要な時間稼ぎもスムーズに行うことが出来るんです!」

「おおー、流石小賢しいことに定評のあるカナキ君ね」


 ここぞとばかりに力説したら、アリスさんに茶々を入れられた。いや、この人は真剣に褒め言葉として使っている可能性もあるか。

 ガトーは既に自分の意見は述べたとばかりに無関心だ。あとはミラさえ説得出来れば、このプロジェクトに必要な主要戦力はほとんど揃う。


「…………やはりだめだ。そなたの最終目標を実現するためには、王国騎士団だけでなく、王宮魔導師たちと一戦する可能性も高い。アリスの屍術を使ったところで、まだ彼我の戦力差は絶望的じゃ」


 少し考えたミラだったが、答えは依然としてノー。すると、アリスから意外にも助け船が入る。


「もぉ、師匠は相変わらずネガティブすぎぃ! 人生もっと楽しく生きないと、カナキ君みたいに不幸そうな人相になりますよ」

「うるさいわい! 貴様が能天気すぎるのじゃ!」


 不幸そうな人相のところは否定してほしかった。


「強情だなぁ……それじゃあカナキ君。とっておきのあれ、教えてあげなよ!」


 アリスの言葉に、僕は本気で驚いた。


「え?」

「え、じゃないでしょ。どうせカナキ君のことだから、一番すごい情報をまだ隠し持ってるんでしょ? 切り札は使うんじゃなく、最後まで持っておく方が効果は大きいって考え方だからね、カナキ君は」


 図星を言い当てられて一瞬本当に言葉が出てこなかった。それなりに長い付き合いだったとはいえ、アリスはやはり何も見えていないようで、人の大事な部分を探り当てる力を持っている。僕は改めて気持ちを引き締めた。彼女が最後まで味方でいる保証はどこにもないのだから。


「消し屋よ、まだ何か秘策があるのか?」

「……はい。実は、まだ時間は掛かりますが、試そうと思っている策があります。それが成功すれば、この国でも五指に入る実力者を、こちらに引き入れることが出来ます」

「……へぇ」


 沈黙を貫いていたガトーが声を漏らした。探るような眼つきで僕を見る。


「この国で五指に入ると来たか……。そいつは、俺よりも強いのか?」


 少し迷ったが、僕は正直に話すことにした。


「……はい。その人はSSレートの手配者たちの中でも頭一つ飛びぬけていて、この四人、フェルトさんを入れたとしても、一番強い人物だと思います」


 殺されることも覚悟したが、次の瞬間、ガトーは急に笑い出した。


「はっ、お前にそこまで言わせるやつかよ! そりゃ何が何でも仲間に引き入れて、一度俺と戦争してほしいもんだぜ!」

「ていうか、そのフェルトって人誰? 女の人だよね?」


 豪快に笑いながら骨付き肉を喰いちぎるガトーと、そもそも違う所に喰いついているアリス。僕は、最後の一人であるミラの答えを待った。


「……その手配者、引き入れられる確率は具体的にはどのくらいじゃ?」

「アリスさん次第ですが、僕は必ず成功できると思っています」

「え、私次第なの」


 呑気に枝前に手を伸ばそうとしていたアリスが驚いた顔で言う。まあ、今彼女には魂喰(ソウルイータ)で魔晶石を作るための素材を集めてもらうことしかやらせていないからね。だけど、この話の詳細を聞いたら、彼女も相当驚くに違いない。


「アリス頼みとなると、そちら方面の話か……? その強者、妾達でも知っている名前か?」

「ええ、知っているはずですよ。ただ、詳細はまだ伏せさせてください。ミラさんたちが、正式にこの件に乗っていただけると決まった時にお話しするので」

「……ううむ」


 シュルシュルシュル。パチン。

 胸の前で扇子を閉じたり開いたりさせながら、ミラは深く考え込む。グラスに入ったワインを見つめる翠色の瞳は、まるでその先にある未来までをも見据えているみたいだった。

 真剣に考え込むミラに対して、流石にアリスとガトーも外野でぎゃあぎゃあ騒がない。そこには、ミラに対する深い信頼があるように思えた。

 シュルシュルシュル…………パチン。

 解答は得たようだ。やがて面を上げたミラは、僕の瞳をまっすぐに見つめた。僕も、出来るだけ真摯に見えるよう見つめ返す。


「そなたの事情は聞いておる。教え子を救いたいとう極めて利己的な考えじゃ……が、少なからず共感できる部分もある。自業自得とはいえ、妾の教え子もつい最近まで死刑囚じゃったからな」


 ミラはちらりとアリスを一瞥する。流石にアリスもバツが悪そうだった。


「それを救い出してくれたそなたには借りがある。しかも、アリスはそなたを殺しかけた……いや、実際に何度も殺したんじゃったな。恨みだってあるだろうに、そなたはそれを封殺し、自分の教え子のためにアリスを救った。なかなか出来ないことよな。その点を、妾は高く評価しているし、あとは現実としてこの話が実現性のあるものだったかということじゃ」

「……それで、答えは?」


 僕が恐る恐る聞くと、ミラは静かに首を振った。


「ダメダメじゃ……そもそも妾たちに協力を求めるわりには、隠し事が多すぎる。……だが、良い。それらは全てこの作戦を成功させるためのことだろうし、そなたならば、実現できるような気がしてくる。妾、ミラ・フリメールとガトーは、そなたのその作戦に協力することをここに誓おう」

「ッ……ありがとうございます!」


 歓喜で震えそうになるのをこらえ、僕はその場で深々と頭を下げた。「喜ぶのはまだ早い。これからが大変じゃ」とミラが頭上で声を掛けてくるが、僕の心は、純粋な感謝の念で一杯だった。

 ――おそらく、ミラとガトーはこの戦いで死ぬことになるだろう。

 勿論、むざむざ殺すような非道な真似はしない。彼らは貴重な友人だし、それ以前に大事な主要戦力だ。だが、全員無事に作戦を終えることは出来ないだろうと断言できるほどに、今回の作戦の危険性をミラ達はまだ見誤っているのだ。

 しかし、これで言質は得た。これで、作戦の決行に向けて、本格的な準備を始めることが出来る。


「ようし、それじゃあ今日は決起集会だな! 朝まで呑むぜぇ!」

「私もさんせー!」


 顔を上げると、既に新しいボトルを開けだしているガトーと、自分の分のグラスを取りに行くアリス。ミラもやれやれと言った感じで苦笑しているが、止める気もないようだ。

 酒は僕も好きだ。それに、酒は少なからず人の心を近づけることが出来る。地道なコミュニケーションが、いずれ大きな信用を勝ち取ることに帰結することは日本でも証明済みだ。

 その日は、本当に陽が上り、真上に上がるくらいまではその店で呑み続ける羽目になった。意外なことに、僕を抜いて一番酒が強かったのはミラだった。


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