パーティーの下ごしらえ 2
「それじゃあ、お二人には留守を頼みますね」
「え」
「え」
宿を出る前、僕が二人にそう言うと、間抜けな返事が返ってきたので、僕もつい同じような声を出してしまった。
「何か不都合でもありました?」
「いや……てっきり何か手伝わされると思ってたから……」
「ああ、今回はそもそも潜入も僕一人分の準備しかしてませんからね。流石にそのまま収容所に入るのは厳しいですから」
「だとしても、それ以外に私達にお手伝いさせていただけることはありませんか!?」
両手を組んで、懇願するように問うてくるサーシャに、僕はやんわりと微笑む。
「大丈夫ですよ。今回は元々僕一人でやるつもりだったので、お二人はもう今夜はゆっくりしていてください」
「でも――」
「今回の件だけは、僕一人でやりたいんです」
なおも食い下がろうとするサーシャに、僕はピシャリと言い放った。
これから僕が会う相手を知らない二人は、珍しく譲る気の無い僕の意志の強さに驚いたようだった。
「……サーシャ」
「……分かりました。ご武運をお祈りします」
「はい。いってきます」
それでも、何も聞かず、最後は送ってくれた二人に僕は感謝しつつ、拠点を後にした。
ここから先は、僕個人の問題だ。
収容所に難なく入ることが出来た。
事前に訊きだした情報を基に、迷うことなく更衣室へ向かう。目立たないように更衣室の端を陣取り、ノロノロと着替えるフリをして室内に誰もいなくなったことを確認したら、連れてきていたエンヴィを呼ぶ。
「この間教えた人間に変身しろ」
指示すれば、たちまちエンヴィはその通りの姿をかたどり、傍目には全くの同一人物であるようにしか見えなくなった。
あとは、エンヴィを遠隔操作しつつ、仕事に従事させ、僕はその間にあの人に会いに行くという算段だ。外に結界こそあれ、内部に監視カメラが存在しないこの施設は、日本にいた頃の潜入に比べると難易度も低く、とてもありがたかった。
一応自分も作業着に着替え、エンヴィと別れると、僕は収容所内部の、犯罪者を収容しているエリアに向かった。
流石にそちらまで行くと、明確に物々しさが増して、一般エリアと違って内部に結界も張られている。なんでも、指定されたブレスレット型の魔導具を身につけていないと入れないそうで、それを身につけている人物も一般の従業員とは一線を画す、他の街から引き抜いた優秀な駐屯兵であるらしい。
だが、その結界も地上にしか張られていないとなれば突破は容易である。
僕は、結界付近にあるトイレの個室に入りこむと、その床に触れて、魔晶石を砕く。
――『霧幻泡影』
魔法を発動した後、僕の足元に出現した穴は、無事結界を通り越した先にある、一つの独房の中へと繋がっていた。僕がそこを通って独房に出ると、驚いた表情で固まる瘦せぎすの男と目が合った。僕が安心させる笑顔を向けてやると、向こうも強張った顔で歪に微笑んだ。
直後に縮地で間合いを詰め、男の首を絞め上げる。頸動脈が圧迫されたことで、男はすぐに意識を失った。脱力した体を静かに床に横たえると、周りの囚人に見つかっていないことを確認する。
この男は後でこの穴を掘って逃走しようとした犯人に仕立て上げておこうと胸に止めておき、僕は先を急ぐことにする。ここの囚人たちは特殊な薬を投与され魔力を熾すことが出来ない状態にされているため、独房には鉄製の檻以外には特に脱獄防止の仕掛けは施されていない。
僕は極小の魔力執刀を人差し指の先に展開し、鍵穴に突っ込む。数分の後、開錠に成功すると、静かに独房から脱出する。
独房が並ぶこのエリアは、左右にズラリと独房が並び、中央に人が二人やっと通れる程度の通路が奥まで続いていく構造になっていた。僕は特別急ぐこともなく奥へと進んでいくと、独房の中の囚人たちは僕を一瞥するが、すぐに興味を無くして視線を外した。囚人たちが騒ぎ立てるようなことがあれば、最悪独房すべての鍵を外し、囚人たちを解き放って暴動に持ち込もうと思っていたが、杞憂だったらしい。気休め程度で着てきた作業着のおかげで、施設の労働者と誤解されているのかもしれない。
しばらく通路を歩いて行けば、やがて無人の独房の数が徐々に増えていき、代わりに収監されている囚人の顔が、どこかでは見たことのある有名な手配者になっていった。奥に収監されている囚人であるほど、危険人物ということだろう。捜している人物の罪状を考えると、おそらくはかなり奥の方にいるらしい。
やがて、随分奥まで進み、収容所の中心付近まで来たかというところだった。
直感的に、右手にある独房に彼女がいるような気がした。
「……」
やや汗ばんだ掌をズボンで拭い、僕はゆっくりと歩を進める。
やがてその独房の前まで来た時、収容されていた囚人が億劫げにこちらを見た。
「――なによ~、この前拷問したばかりなのにまたなの~?」
その懐かしい顔と声に、僕の身体は自然と震え、胸中を様々な感情が過ぎ去っていく。
気持ちは整理してきたつもりだったが、まだ少し調整が甘かったようだ。だが、軽く深呼吸すると、今度こそ自分の感情を胸にしまい、なるべくいつもの調子で、僕は彼女に話しかけた。
「やあ、お久しぶりです。元気にしていましたか、アリスさん――」
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