14 days later
十章、そして最終幕、開始です!
Side フィーナ
人間とは嘘を吐く生き物だ。
どんなに誠実な人だろうと、大抵の人は生きている間に嘘を多少なりとも吐く。それにも関わらず、嘘を吐くことはどの国においても悪とみなされていることに、私はずっと前から疑問に思っていた。
確かに、人を欺くことはとても褒められた行為ではない。だが嘘とは同時に、人間関係を円滑に進めるためには欠かせない要素であることも事実であるはずだ。相手をはげます為の嘘や、話を合わせるための嘘など、他人を思いやる気持ちから生まれる嘘は、決して悪ではないはずであり、嘘無くしては共同体という物は生まれないことだろう。
その点で言えば、カナキ・タイガという人間は、一概に悪人とはいえないのかもしれない。
「――ニティ。フィーナ・トリニティ!」
「――ッ! はい」
強めに呼ばれた自分の名前で我に返った私は、慌てて立ち上がる。
「私の話を聞いていたかね?」
「……いいえ」
正直に答えると、壇上の男――テュペル教諭は、一瞬だけカレンの方を見た。
「今は講義中だ。以後、気を付けるように」
「……申し訳ありません」
羞恥心で声が震えそうになる。カレン様の騎士であり従者である私が、カレン様に迷惑をかけてしまった。このまま消え入りたくなるが、それこそ主人の迷惑になることは明確であり、数行先から何も書かれていない自分のノートに、ペン先を走らせる。
だが少し時間が経てば、また集中力が散漫になっていき、板書していたペンが止まる。カナキ先生が失踪してからずっとこんな調子だ。もうすぐ二週間になるというのに、未だあのショックを私は引きずっている。
カナキ先生がカレン様の命を狙った一派の関係者であり、ウィンデルの魔法図書館で禁忌指定の魔導書を盗んだという事実は、最初私は全く信じることが出来なかった。しかし、日を追う毎に増していく信憑性と、エト先輩の逮捕、アルティ先輩の死というのは、カナキ先生は無罪という私の中にある根拠なき自信を着実に削いでいった。
事実、犯人だったからカナキは逃亡したと言われれば筋は通るし、彼のこれまでの来歴を見れば、限りなく怪しいことは明白だった。それでも、決定的な証拠が未だにないから、私も見限ることが出来ないのだが。
来月にはいよいよ学騎体の本選が王都で行われる。最近は何も考えないようにするためにハードワークとも言えるほどに修行に力を入れているため、体の方は自分でも分かるほどに大きく成長している。それと対照的に、心の方は未だに二週間前から止まったままでいた。
思わず溜息を吐いてしまい、しまったと顔を上げたら、テュペル教諭は何事も無かったかのように講義を進めていた。最前列に座っている自分の溜息が聞こえない筈がないし、意図的に聞こえなかったフリをしたのだろう。理由は考えるまでもなく、私の背後にカレン様の存在があるからだ。自己保身しか考えていないこの教師の矮小さに、私はまた溜息を吐きそうになる。カナキ先生の後任として一年四組の担任となったこの教師の対応は、一貫してこんな具合だ。他のクラスメイトからの評判も良くないし、平民出身であるルイス達からは最悪と言ってもいい。
考えてみれば、このクラスの生徒達は身分もバラバラな上に、一癖も二癖もあるような者ばかりだ。こんなクラスをよくまとめていたものだと、改めてカナキ先生を評価したのは私だけではあるまい。自分の主君であるカレン様の命を狙った外道たちの仲間である疑いが強いカナキ先生だが、未だに私は彼を嫌いになれないでいた。
先生から本当のことを訊きたい。私は、彼に逢いたいと思わずにはいられなかった。
私は窓から見えるシールの景色を眺める。いつもと変わらず活気に溢れる街の頭上には、無限にも思える澄み渡った空が、ずっと奥まで続いていた。
カナキ先生、今あなたはどこにいますか?
Side カナキ
ずっと遠くまで続いているように思える青空だ。
「――ここに来るのは久しぶりだなぁ」
僕は、シールとは比べ物にならないほどの人でごった返している通りを見て、苦笑を浮かべると、意を決してその人の波へ飛び込んだ。
オルテシア王国の王都であるエルヴィンで、僕はある人を探していた――。
読んでいただきありがとうございます。




