墓前の決意
二幕終了です。
追記、メルトはアルティの担任で、交流会の前の酒場の回を読み返して頂ければ思い出すと思います。
――我に返ると、僕は墓の前に立っていた。
周りを見渡すと、そこはシールの郊外にある墓地だった。近くには以前フィーナと狩人が戦った教会も立っており、屋根の先には今にも降り出しそうな曇天が広がっている。
一体、僕は何故ここに来たのだろうか。記憶を掘り起こしてみるが、シールに着いてからの記憶がほとんどない。改めて考えてみれば、大罪人として追われている身である僕がシールに帰ってくること自体、普段の思考ならば絶対有りえないことなのだが、それほど気が動転していたということだろうか。
「――気は済んだ?」
後ろから声が掛かった。
振り返ると、そこには喪服のメルトがいた。
それで僕は、アルティの家に行く途中で彼女と出会い、ここまで連れてきてもらったのだと理解した。
「……メルトさん、アルティ君は、本当に……」
「亡くなったわ。誰も、その場に居合わせた彼女の家族さえ、最後の言葉は聞けなかったそうよ」
「……………………」
自分の中にぽっかりと穴が開いたようだ。頭の中で様々な言葉や感情が渦巻いているが、それらはやがて、胸の奥に開いた穴の中に落ちていき、消えていく。結局最後に心に残るのは、途方も無い虚脱感だった。そして、アルティが死んだというだけで、こんな状態になる自分に、僕は大きく動揺していた。エトが死んだときも十分動揺したが、あの時は目の前に危機が迫っており、アルティを守らなければ、という使命感と、アリスを殺さねばならないという憤怒があった。しかし、何もかもが手遅れとなった今、僕の内からは、本当に何の気概も湧き上がってこない。
人は、僕が見ていないところでも死んでいる。当たり前のことではあるが、アルティの死というのは、その事実を如実に表しており、なまじ僕の周りで多くの人の死があっただけに、忘れていたことだったのかもしれない。
「……もしかして悲しんでるの? アルティちゃんは、あなたが殺したも同然なのに」
そこで、僕は視線を上げて、メルトの瞳を見る。
いつも感情の読めなかった彼女の瞳の中に、僕は初めて感情の色が灯っていることに気づく。
それは、圧倒的な怒り。
「事情は全て聞いたわ。エトちゃんが凶悪な手配者の一人娘だったってこと、その手配者の死後、アルティちゃんがエトちゃんを匿っていたこと、そして、カナキ君がエトちゃんの父親とは仕事仲間だったってこと」
細部は所々違ったが、概ねは間違っていない解釈だ。
僕が黙っていると、メルトは何かに駆り立てられるようにしゃべり続ける。
「二人の仲が良いのは知ってたし、優しいアルティちゃんのことだから、身寄りの無くなったエトちゃんを家に住まわせたのも分かる。けど、それだっていつまでも続けられるはずがないわ。オルテシアさんの命が狙われた事件、犯行に及んだのは複数人だってみんな知っているのに、捕まったのはただ一人。誰もが納得しないだろうし、娘を殺されかけた国王ならなおの事よ! 暗殺に関与していたあなたが……カナキ君が捕まっていれば、誰も納得して終わるはずだったの! けどあなたは捕まらなかった! どこ吹く風とばかりに、毎日学校に出て、殺すはずだったオルテシアさんに笑顔まで浮かべて! その結果、捕まらないあなたと死んでしまった手配者の代わりに白羽の矢が立ったのがエトちゃんよ! 彼女自身はおそらく何も関与していないだろう。憲兵団の人はそう言いながらエトちゃんを連れて行ったわ。彼女はあなたの身代わりになったのよ! それで、エトちゃんを逃がすために抵抗したアルティちゃんが……」
最後の方はもう悲鳴に近かった。
メルトの話でやっと、今回の話の全貌が見えてきた。何らかの形で、エトがマティアスの娘だということ、そして僕の正体までもが露見してしまったこと、そして、アルティがエトを逃がすために……。僕だけでなく、エトの正体までバレるという状況は全く想定していなかったわけではないが、本当に起きる可能性などほぼ皆無だと思っていた。その甘さが、アルティを死なせ、エトが捕らえられた未来を作ったということだろうか。
泣き崩れるメルトに、僕は問いかけた。人は、自分より感情の昂ぶっている他人を見ると、自然と落ち着く生き物だ。そのときには、僕はいつもの冷静さを取り戻しつつあった。
「アルティを殺した人物は誰ですか?」
「……聞いて、どうするつもり」
僕は、あえて誤魔化すようなことはしなかった。
「メルトさんなら、聞かなくても分かってるんじゃないですか?」
「……エリアス・リ・モンドール。王国騎士団長よ。あなたの拘束命令を出したのも、あの方だそうよ」
王国騎士団長。それで、彼がシズクとシリュウの保護者をしているということを思い出し、全てが繋がった。それならばシズクのあの態度も納得がいく。
流石に王国騎士団長ほどの権限の者に調べられれば、僕の経歴の不自然さなどは隠しようがないのだが、そもそも何故僕が疑われ始めたのかという所に疑問が残る。今考えたら、シズクなどは、初めて僕と会った時から、どこか態度がおかしかった。彼女と会ったことなど、これまで一度も無かったはずだが――。
「――ねえ、カナキ君」
「なんですか?」
俯いたまま、メルトは言う。
「自首して」
「…………お断りします」
火が点いたように、ばっとメルトは顔を上げる。
「アルティちゃんに、エトちゃんまで犠牲にしても、まだ生きたいっていうの!?」
「生物が基本的に生を求めることは当然のことですよ。それに」
そこで僕は一旦言葉を切った。そのように行動しようという感情が出て来たことに自分自身で驚き、少ながらず困惑する気持ちがあった。深呼吸して、自分の気持ちを確認し、それを達成する気概があるのか、今一度自分自身に問う。
「それに……何よ」
「……それに、エト君を助けないと言ったつもりはありません」
その言葉に、メルトは激昂して、
「な、何を言ってるの! あなたが自首して、エトちゃんが無罪になることに賭けるしか、もう方法が――」
そこで、メルトが肩を震わせた。僕の考えていること、実行しようとしていることに彼女も気づいたのだろう。
「しょ、正気なの!? そんなこと出来るはずがない! だって相手は――」
「やってみなければ分からないことはこの世には沢山ありますよ? 現に、二十そこそこで人を五十人は殺してる僕だって、こんなに長く生きてられるとは、最初は思いもしませんでしたから」
「……な、なんなのよ、あなた……」
人間じゃない、とメルトは言った。
僕は何故かおかしくなって、くつくつと笑う。
「いえいえ、僕も最近までは自分の事をそう思ってたんですけどね。周りの人が死ぬ度に怒ったり悲しんだり……実は僕にも人並みの感情があるってことに、ついさっき気づいたんですよ。じゃなきゃ、復讐なんて非効率的なこと、前までの僕じゃあ考えもしませんでしたから」
「……ッ! やっぱりあなた……」
「ええ。そして、メルトさんとも、お別れです」
「え……」
僕が手をひらひらと振った。
その瞬間、地を這うように伸びた蛇骨槍が、メルトの胸を後ろから易々と食い破った。
呆然とした表情のまま、メルトの身体が弛緩する。僕は、先ほどから後ろにいたフェルトに賛辞を贈った。
「本当にあなたは有能ですね、フェルトさん。どうしてここに僕がいるって分ったんですか?」
「……シールに帰ってきたのは私の方が早かったから。でも、本当に殺して良かったの?」
「ええ、どのみちこの話を聞かれたんですから、殺すことは決まっていましたし」
「……さっきの話、本当なの?」
「はい、やりますよ」
僕は、再びせりあがってきた感情を押し留められず、くつくつと笑う。
「おかしいですよね、これまで極力表立った行動をしてこなかった僕が、ですよ? 流石にこれなら、アリスさんも僕を見直してくれると思うんですよね」
「……アンタ、大丈夫なの?」
フェルトの言葉には、僕の本当の心意を測ろうとする意志が汲み取れた。
なので、僕も笑みを消し、底冷えした声音で言った。
「――やりますよ、何が何でも。この方法でしか、エトは助けられない」
「……そう」
フェルトはそれ以上何も言わなかった。それでよい。そもそもこの女に拒否権はない。仮に邪魔をしていたら殺す気でいた。この案件は、これまで以上に非情に徹さなければ、成功の見込みはない。
「とりあえず、シールからは離れます。サーシャさんを連れて、陽が沈む前までにもう一度ここに集合してください。僕はハンサさんを連れてきます」
「あなた……本当に全員巻き込むつもりね」
「当たり前です」
フェルトが去っていき、僕はハンサの元へ行く前に思念を送る。昨日の今日で向こうもうんざりするだろうが、彼らが喰いつくような話題も既に考えてある。
果たして思念が届き、気怠げな男の声に、僕は朗らかな口調で切り出した。口元には、いつもの安心させる笑みを浮かべて――
「あ、ガトーさんですか? 先日はどうも。それで、いきなりなんですが――――――ちょっと戦争、してみませんか?」
(第二幕 完)
次がいよいよ最終幕となります。
ここまででも十分長かったと思いますが、お付き合いくださってありがとうございます。
また、最後までカナキという人間にお付き合いくだされば幸いと思います。




