露見
寄宿所に戻れば、仮眠する暇もない。軽く水浴びをして服装を整えたら、すぐに生徒達が起き始める時間になった。
食堂で朝食を済ませ、交流会の閉会式をアカデメイアと合同で行い、生徒同士で軽く別れの挨拶をする時間を作ってあげたら、すぐにウィンデルを去る時間になった。
「じゃあなぁお前ら! 冬はシールで待ってるぞお!」
「おーぅ、絶対行くぅ!」
昨日の事件はまだ伏せられているのか、街中を駆け回る駐屯兵団の姿は多かったが、それ以外街には変わりはなかった。
馬車に揺られ、遠ざかる校舎を見ていたら、生徒達の間でそんな叫びが聞こえてくる。僕がこそこそ泥棒をやっているうちに、生徒達はかなり仲良くなったようだ。別れの際には、アンドレイの所にも向こうの女子生徒が来て、なんだかよさげな雰囲気になっていたし、オルガ達もあれ以来ちょっかいを出してこなかったのだろう。ちなみにカレンはこの短期間で十数名の部下を向こうで作っていた。
「先生、なんだか眠そうですね」
隣のパニバルからそう声を掛けられ、僕は我に返る。パニバルはポニーテールが特徴の女子で、フィーナと同じく騎士として位の高い家の出身だ。
すると、対面に座っていたフィーナが、僕をゴミでも見るような目で言った。
「どうせ、昨夜向こうの女子生徒とデートでもしていたのでしょう。ほうっておきなさい」
「うん、フィーナ君、君はどうしても僕をナンパ師扱いしたいようだね」
「あら、違うの? 私もフィーナからそう聞かされてきたから、ずっとそのような人として接してきたのですが」
「だからカレン君は最近妙に僕を避けていたのかい? あ、パニバル君、そんなあからさまに距離を取らなくてもいいから。さっきはただ、みんなこの短期間で向こうの生徒と仲良くなってすごいなぁ、と思ってさ」
そう言うと、パニバルの肩の強張りが少しほぐれた。
「そ、そんなことないです。あれは一部の人達だけですよ。私はあまり友人を作ることが出来ませんでしたし……」
「いや、さっきの別れ際、君の所に向こうの男子生徒が来ていたのを見たよ? 告白でもされたのかい?」
「あ、あれは! きっと罰ゲームでやらされたんですよ!」
「君は変な所でネガティブだよね」
こんな彼女でも、実は本選に出場する数少ない生徒の一人だ。その太刀筋に、この性格のような謙虚さは全くなく、我が道を押し通るような、強気な剣捌きはリヴァルも認めるところだった。
そうだ、帰ったら、この子たちの練習にも付き合ってあげないといけないよなぁ。
そんなことを考えていると、段々と睡魔が降りてきた。周りからは馬の歩く音と一緒に、生徒達が楽しくおしゃべりする声が聞こえてくる。それを子守歌代わりに、僕は馬車に揺られながら、穏やかな眠りについた――。
Sideフィーナ
「あ、カナキ先生寝てる」
「やっぱり眠かったんだね」
「寝顔かわいい~」
ウィンデルを出て一時間ほどでカナキは眠ってしまった。それに気づいた周りの生徒が、カナキの寝顔を見てきゃっきゃっと騒ぐ(彼は何故か女子が多い馬車に乗ってきた)。
「やはり昨夜はお楽しみだったんでしょう……教師の風上にも置けない人です」
「うわぁ、本妻が怒ってるー」
「誰が本妻ですか!」
冗談を言ったクラスメイトに、フィーナは抗議の声を上げる。しかし、それで話題の矛先が自分に向いてしまったようだ。
「でもフィーナとカナキ先生っていつも一緒にいるよねえ。クラスでも一番仲良いし」
「そんなことはありません。この人は大抵女性全般といるため、私が多くいるように見えるだけです」
「でも、今だって師弟関係を結んでもいないのに、カナキ先生のゼミに通ってるんでしょ?」
「そ、それは先生からご教授頂けるものが多くあるからです」
「それって、愛情とか?」
「ルイスは黙っていなさい。カレン様にセクハラをしたと吹聴しますよ」
「それマジで洒落にならない奴だからな!」
奥の方に座っていたルイスに鋭い視線を送り黙らせるが、気づけば周りにいた友人たちの視線が自分に注がれていることにフィーナは気づいた。
「な、なんですか」
「それで、実際のところどうなの?」
「先生のこと、好きなの?」
「す、好きじゃありません! そもそも私は、カレン様の騎士です!」
「あら、それじゃあ私の事を抜きにしたら、彼の事はどう思っているの」
「か、カレン様まで!」
「あれだけいつも一緒にいるんだから、何もないってことは無いよねぇ。カナキ先生って、実は結構優良物件だし――ね、シズクもそう思うでしょ!」
「ッ! わ、私?」
いきなり話を振られたシズクは、少し大げさなほど驚いた顔を見せた。
「そうだ、シズクはカナキ先生のこと、どう? 先生って、実はうちのクラスでは結構評判高いの。少し頼りないけど、私達の話はちゃんと聞いてくれるし、誠実だし。ね、パニバル?」
「う、うん。カナキ先生は、私達のことを一人一人ちゃんと見てくれてるっていうか……気を遣うのが、すごい上手いと思う」
「パニバルなんて、最近は特に悩みがなくても、先生に会うためにカウンセリング行ってるもんねー」
「そ、その話はやめてよ!」
恥ずかしそうなパニバル。どうやらカナキはフィーナが考えている以上に生徒から人気があるようだった。
そして、それを驚いた顔で――まるで信じられないとばかりに目を見開くシズクに、フィーナは違和感を覚えた。
「シズク、カナキ先生が人気だったのはそんなに意外でしたか」
「う、ううん。ちょっとびっくりしただけ。先生を好きになるって、すごいロマンチックだなぁと思って」
「シズクまで! 本当に違うから!」
慌てるパニバルを見て笑うクラスメイト達。しかし、交流会二日目の夜、カナキとシズクの、あの物々しい雰囲気を目の当たりにしたフィーナから見れば、シズクの反応は明らかにおかしかった。
そういえば、あの時、シズクはカナキの昔の話を訊きだそうとしていた。考えてみると、カナキがこの学校に来る前の話を、カナキ本人はおろか、他の生徒からも聞いたことがない。シズクは、カナキの過去に何か関係していると考えるのは流石に早計か。
「……フィーナ、どうしたの?」
急に黙り込んだフィーナに、付き合いの長いカレンは目ざとく気づき、問いかけた。
主君を不安がらせてしまったことに気づき、フィーナは慌てて弁明をする。
「いえ、カレン様。少し考え事をしていただけで、特に他意はありま……」
「……何か来るわね」
フィーナも感じたことを、カレンが裏付けるように馬車の前方を見る。
やがてやってきたのは、武装した馬に乗る騎兵隊、しかも甲冑に刻まれた印には見覚えがある。
「王都の憲兵団……何故こんなところに」
カレンが疑問を言葉に出すのと時を同じくして馬車が止まる。フィーナ達が乗る馬車が最前列だったので、後ろに続く馬車も一斉に止まった。
「なんだなんだぁ?」
遅れて憲兵団に気づいたルイスが馬車から出ると、カレンもそれに続いた。フィーナもカレンを追って馬車を降りる――。
Side カナキ
「あなた達、一体何の用かしら」
「……! お、オルテシア王女殿下!」
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。先ほどまでの規則的な振動が止まり、目を開いた僕は外から聞こえてくる声に何事かと外を見た。
外で、カレンと甲冑を着た男達が何やら話をしている。その騎士の甲冑に刻まれた印を目にして、カナキの心臓は急に早鐘を打ち始める。あれは、王国の憲兵団の証だ。
「この一行の中にカナキ・タイガという人物がおりますでしょうか」
どっと背中から冷や汗が出る。何故だ、どうしてこのタイミングで――僕の脳は、既にここからの逃走手段を計算し始めている――
「? 確かにその名前の人はいるわ。私が今在籍している学校のクラス担任をしているから」
すると、憲兵団の目が信じられないとばかりに見開いたのがここからでも分かった。
「……そうでございましたか。それで、その男はどこに?」
「そこの馬車にいるけど……一体何なのかしら?」
手をこちらに向けるカレン。最早時間がない。隣に座るパニバルが「先生、どうしました?」と問うてくるが、答える余裕は今はない。
そして、男が決定的な言葉を口にする。
「――その男には、王族暗殺未遂と第一級犯罪容疑の疑いがかかっており、拘束命令が出ています」
「……なんですって」
傍から見ても、カレン達が驚いているのが分かった。何を勘違いしたのか、武器まで出そうとしていたフィーナは、動くことさえ出来ないでいる。
「……行くぞ」
それで話は終わったと言わんばかりに、憲兵団の一行がこちらの馬車に向かってくる。強行突破するか……いや、昨夜のせいで、手持ちの魔晶石はわずかだ。王都の憲兵団のレベルがどれほどのものかは分からないが、生半可な腕前でないのは確かだろう。ナンセンスだ。
「――ま、待ってください! その話は本当なのですか!」
そこでフィーナが掴みかからん勢いで、憲兵団の背中に声を掛けた。煩わしそうに無視しようとした憲兵団だったが、「私の騎士を無視するなんて、良い度胸ね」とカレンが一言付け足しただけで、憲兵団は目に見えて狼狽えた。
「……本当です。我々は、モンドール様から直々に命令を受けてやってきました」
「騎士団長はどちらに!」
「今はシールにいます。そこで、同じ容疑を掛けられている者を拘束し、王都へ搬送中です」
僕の脳裏に、嫌な仮説が浮かんだ。
「ッ……何故カナキ先生が疑われているのですか!」
「とあるルートから密告がありました。カナキ・タイガは昨夜、王立魔法図書館に侵入し、禁忌指定とされている魔導書を奪取した、と。また、それと別件で、彼は王女……王族暗殺未遂の容疑も掛けられています」
ーーそちらは、彼のゼミ生徒も関与しているとして、モンドール様が拘束しました。
「――その生徒、というのは誰ですか」
「……ッ! カナキ先生!」
憲兵団の言葉を聞いて、気づけば僕は馬車から飛び出し、姿を晒していた。
フィーナは悲痛そうな顔を浮かべ、憲兵団たちは表情を引き締め、大股で近づいてくる。
「ま、待ってください!」
「カナキ・タイガだな? 貴様を、王族暗殺未遂と国家第一級犯罪容疑の疑いで拘束する」
フィーナの制止の声を無視して、憲兵団の一人が、僕に拘束の魔法を掛けようとした時だった。
信じられないことを、その男は言った。
「皇女殿下の騎士も、余計な事はするな。シールにいる奴の仲間を拘束する際も、激しい妨害行動を取ってきた生徒一人を止む無く“殺害”している。これ以上、王女殿下のお知り合いに危害を加えるわけには――」
僕は棒立ちの状態から瞬時に疾駆、一番先頭にいた憲兵団の男の甲冑の隙間に指を差しいれると、指先にぶちゅり、という確かな手ごたえ。目を潰した。
突然の痛みに絶叫を上げる男。狼狽する他の憲兵団員。呆然とするフィーナ。僕は、そいつの首を掴むと、殺さない程度で締め上げる。
「その生徒の名は何というんですか?」
「が……カァ……」
「何というんですか?」
「カ…………」
「貴様、その手を離せ! 我々には殺害許可も出ているのだぞ!」
我に返った憲兵団が武器を構えて僕を取り囲むが取り合わない。
「答えろ」
「ィ……ギィ……」
「……………………………ア…ル……ティ」
「――――――」
僕は、握っていた首を握り潰すと、持っていた魔晶石を砕く。
「貴様ぁ! ぐぅっ!?」
周囲に濃密な魔力が渦巻き、憲兵団が怯んだ瞬間、僕は跳躍。その場を一気に飛び越え、シールへと全速力で向かう。
そのとき、後ろの方で、誰かが僕の名前を呼んだ気がした。
次で八章終了です。




