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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
書物の街ウィンデル
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地下二階 2

やや長めです。

「歳を取ったのだから少しは衰えたかと思ったんじゃが……相変わらず次元の違う御方じゃ」

「ああ、魔力量ってよりは、コントロールだな。卓越してる、とかそういう次元じゃねえ。ったく、ここまで来ると逆に戦争のしがいもねえ」


 完全に修復した天井を見上げ、悪態を吐くガトー。そこで更に、階段を下りてくる複数の足音が聞こえてきたのだからいよいよガトーの雰囲気からも余裕が無くなる。


「ちぃっ……ミラ、下がってろ。戻ってこれる限界まで変身する」

「――心得た」

「……む」


 ガトーの身体がまた膨張を始めたとき、アンブラウスも目尻の皺を一層深くさせた。

 大男程度だった体躯は更に膨れ上がり、完全に人外と呼べる大きさへと変化し、肩甲骨の辺りが隆起すると、翼まで生えた。


「ほう……ここまで幻獣に近づくか……」

「GRRRRREEEEEAAAA!」


 人間とは思えない咆哮を上げたガトーの姿が突然掻き消える。

 次の瞬間、咄嗟に結界を張ったアンブラウスが、物凄い勢いで壁まで吹っ飛んだ。


「アンブラウス様!?」


 コンクリートで補強された壁が容易く抉れ、アンブラウスが結界ごと壁に押し込まれる。到着したばかりの警備兵たちからはどよめきが起こった。今起こったことが全く見えていない者からは、ガトーが何らかの魔法を使ったとしか考えられないだろうが、なんてことはない。今のは幻獣の身体能力を活かしただけで、ただの突進だ。本気のガトーは、この身体能力に加えて、魔法を放ち、空まで飛ぶというのだから、こと戦闘に限って言えば、Sレートでも五指には入る強さだろう。そして、そんなガトー相手に、アンブラウスはまだ周囲の魔導書に気を遣う余裕があるのだからミラも驚きを通り越して呆れてくる。この二人の戦闘に巻き込まれれば、自分でさえも死ぬだろう、とミラは思った。


「GRRRRREEEEEAAAA!」


 片手でアンブラウスを結界ごと壁に押し込んでいたガトーは、もう片方の腕で結界を破壊しにかかる。しかし、アンブラウスを囲む結界は、表面に僅かな波紋が出来ただけで、ビクともしない。


「『風来槍(ウィンドランス)』」

「ッ!?」


 苛立った様子を見せたガトーが再び鉤爪を振るおうとしたとき、アンブラウスの結界から風魔法で作られた槍が無数に伸び出し、ガトーの厚く覆われた鱗を貫いた。翼をはためかせて後退したガトーの身体からは赤黒い血が滴り落ちる。この状態のガトーが怪我をするところなどミラは初めて見た。


「今のは結構本気で熾した魔法だったが……その鱗、見た目以上に堅い」

「GRR…!」


 ここまで幻獣化しても、目の前の老人には敵わないと悟ったのか、ガトーは赤い瞳を周囲に振り、それを警備兵たちで止めた。そこまで分かれば、言葉は無くてもミラにはガトーのすることが分かった。


「『念動(サイコキネシス)』!」

「むっ!」


 アンブラウスに掛けた念動はすぐに対魔力で相殺されるが、ガトーの初動を妨げられない程度には時間を稼いだ。

 未だ観衆気分で戦いに魅入っていた警備兵は、隣にいた同僚がガトーによって体を引き裂かれたのを目の当たりにして、やっと自分たちの状況を思い出した。


「ッ……化け物め!」


 ここで恐怖により警備兵たちが立ち竦むと予想していたミラとガトーは、見通しが甘かった。なんといっても、ここは王国で最も巨大な魔法図書館。そこで警備を務める魔法師たちが三下ばかりなわけがなかった。

 予想外の反撃を受け、直接のダメージにはならないものの、先ほどアンブラウスにやられた傷が響いたガトーは、僅かに動きを止めた。

 直後、今度はガトーの身体に『念動(サイコキネシス)』が掛けられ、物凄い勢いで壁に叩きつけられた。


「――おかえしじゃ」






 今までで一際大きい地鳴りがした。

 アンブラウスがやってきたとミラから報告があってから五分程度が経過した。警備兵たちもそろそろ集まっている頃合いだし、流石にそろそろ限界だ。

 僕は、本に化けていた使い魔が腕を齧り取るのも無視して、五十四つ目の本棚を漁る。本の背タイトルを流し読みしていると、一つのタイトルが目に留まった。


『分解魔法『終末』――禁忌指定――』


 僕の心臓が一際大きく高鳴った。

 ひったくるようにそれを引き抜き、パラパラとページをめくる。

 その途中、肝心の術式を載せているページがあり、その左半分――術式の後半にあたる部分が何者かによって破り取られていた。

 ――そうか、やはりあの人は、この本から……。

 僕は、すぐさまその本を収納用の魔導具である指輪に収める。これで、僕の本当の目的は達成した。

 しかし、このまま帰れば流石に上で頑張ってくれている二人が黙っていないだろう。命がけの仕事には、それに見合う対価を与えなければいけない。歴史の授業で小学生でも習う事実だ。


「――見つけたわ!」


 このとき、ウィンデルにフェルトを連れてきて本当によかったと心底思った。今、彼女に求婚されれば、即座にオーケーする自信がある。


「本当ですか!」

「ええ、これよね!?」


 走ってこちらに来た彼女の手には、『禁忌指定最上級魔法一覧』と書かれた本があった。

 そのタイミングで、ミラから『思念(メッセージ)』によって悲痛な声が飛んでくる。


『ガトーがやられた! 妾一人ではどうにもならん! そっちに行くぞ!』

「分かりました! こちらの目的の物は回収しましたので撤退します!」

『心得た!』


 一方的に思念が途切れる。それほどに切羽詰まっているのだろう。

 すると、フェルトが焦った様子で僕に訊いた。


「ところでカナキ君、ちゃんと逃走手段は考えてあるんでしょうね! ここに出口は無いし、唯一作った出口からは魔導師長が来るのよ!? 一体どうやって逃げるつもり!」

「? そんなの決まってるじゃないですか」


 そう言って僕は魔晶石を取り出すと、フェルトは天地がひっくり返ったかのような驚き方をした。眼球が零れ落ちそうなまでに目を見開いている。


「正気なのッ!? あんな穴じゃ、到底地上には出られないし、その前に捕まるわよ!?」

「大丈夫です。今日は出血大サービスしますから」


 僕は、取り出した魔晶石“三個”を指の間にそれぞれ挟む。


「ッ、ちょ、この前二つが限界って話してなかった!?」

「あれ、もしかして心配してくれてるんですか?」

「カナキ君以外の人達の心配よ!」

「まあ、そうですよね……ん?」

「待たせたの!」


 フェルトの言葉に少し違和感を覚えたのだが、そこで上の穴からミラが落ちてきた。背中には見るからに重傷なガトーも一緒だ。あれ、存外優しいんですね。

 ミラがすぐさま天井の穴に見たことのない魔法を掛ける。結界だろうか? それにしては変わったタイプのものだが……。


「この魔法なら帰ってから幾らでも説明してやる! 今は早く脱出じゃ!」

「ああ、すみません」


 ミラに怒鳴られ、僕は小走りで適当な壁に向かう。この部屋に窓は勿論ないが、方角は入る前に覚えている。後は街から少し外れた地点に出口を作ればいいだけだ。

 僕は、魔晶石を一気に三つ砕く。

 魔力の暴風が部屋を駆け巡った。


「きゃっ!」

「これは!」


 フェルトが珍しく女の子っぽい声を上げ、ミラは扇子で顔を守りながらも僕を見た。

 二つ砕いた時でぎりぎりだったのだから、三つともなるとほぼ完全に暴走状態だ。だからその分を強引に身体で押し留める。そうすれば必然的に身体が壊れる。血管はブチブチ千切れるし、右目がいきなり破裂するし、指だってあらぬ方向に折れまくる。まさに出血大サービスだね。

 勿論、滅茶苦茶痛いのだが、これも今回で最後だ。指輪に保管したあの本があれば、この魔法の燃費が悪いというデメリットも克服されるはずだ。

 深呼吸すると肺が痛む。喉からせりあがってきた血を吐きながら、僕は魔法を発動させた。


「『霧幻泡影』」






「やっと出られた……」


 今日は曇りだったが、地中をずっと彷徨い歩いてきた僕達からすればよっぽどこっちの方が明るかった。

 背後を振り返れば、遥か先に僕達が逃げてきた王立魔法図書館がある。あそこでは今頃僕達を血眼で探しているところだろう。


「とりあえず無事に逃げおおせたことは一安心じゃが、何故彼奴等は妾達を追ってこなかったのかのう?」

「ああ、それはフェルトさんのおかげですよ」


 突然話を振られたフェルトは、びっくりしてこちらを見た。


「彼女は今回、一度使えば一時的に周囲の魔法の発動を阻害させる装置を持ってきていたんですよ。ですから、僕が空けた穴の入り口を塞いでしまえば、それを発動させるだけで、彼らを足止めすることが可能だったんです。正直、それが無ければ確実に詰んでいましたね」

「ほう、そんな物を……流石は毒蛇と言ったところか……」

「い、いえ……ミラさんにそんなことを言ってもらえるなんて畏れ多いです……」

「じゃあ、俺から褒め言葉を送ってやろうか?」


 突然ガトーが喋ったので驚いた。いつの間に意識を取り戻していたのか。


「あら、生きてたの」

「雑草のような生命力を持つ男よなあ、そなたは」


 対して女性陣の反応は冷淡なものだ。


「はっ、冷てえ奴らだ。それで、目当ての物は見つかったのか?」

「ええ、誰かさんがすぐにやられたせいで、中身までは確認できなかったけどね」

「おいおい、それ本当に大丈夫なのかよ」


 ガトーが珍しく不安を声に出すが、フェルトが取り出した本のタイトルを見れば、たちまち顔に喜色を滲ませた。


「なんだ、大丈夫そうじゃねえか。ちょっとだけ見せてくれよ」

「待て、トラップがないか確認してみよう。嫌な予感がする」


 ミラがフェルトから本をもらうと、ミラの瞳が黄金色に輝いた。あれが噂に聞く『天眼』なのかもしれない。


「……思った通りじゃ。この本、無暗に開けばこの本ごと消滅するぞ」

「んだとぉ!? ッてて!」」


 大声を出したガトーは傷に触ったのかお腹を押さえる。

 しかし、ミラの話が本当なら、今日の僕達はまさに骨折り損となるのだが。


「なんとかならないんですか?」

「方法は簡単じゃ。王宮の一部の者だけが身につけているマジックリングを嵌めれば、この本に掛けられた魔法は発動せん」

「へぇ……よくご存知ですね」

「そういう本がごく一部存在すると、昔アンブラウス様に教えてもらったからのう」


 彼と離反してから、その教えに救われるのだから因果なものだ。

 しかし、だとすればこの本だけ持っていても全く意味が無いことになる。これを読むには、更にマジックリングとやらを王宮から盗み出さなければならないということだが……。


「やめだやめだぁ! んだよそれは! ミラもそんな話を知ってたんなら先に話せよ!」

「仕方なかろう。王宮でも眉唾ものの話だったのじゃ。それに、仮にそんな本があっても、まさか妾達が求める本がそれだとは思わなかろう。一応、先ほどのアンブラウス様も、マジックリングを有している者の一人だが、今から奪いに行くか?」

「はっ、冗談じゃねえ!」


 ミラとガトーの応酬を見ていて、ふとカレンの顔が頭に浮かんだ。彼女も王族の直系であり、次期国王との呼び声も高い。そんな彼女なら、もしかしたらその指輪とやらも持っているかもしれない。

まあ、期待させるのも嫌なので、ここでは黙っておくとしよう。


「はぁ……じゃあ今回は徒労だったってことですか……」

「そうみてえだな。まあ、魔導師長と直接やりあえたのが、俺にとってはせめてもの報酬だな」

「妾など、無駄に正体をばらしてしまっただけではないか……またレートが上がる……死にたい」

「ちょ、元気出してくださいよミラさん! アンタたちも、無事に帰ってきたんだからそれで良いじゃない! 喜びなさいよ!」

「……フェルトさんって、意外とポジティブなんですね」

「商人と長年旅してれば、嫌でもポジティブに考えないとやってけないわよ」


 辟易しながらフェルトは言う。サーシャ達といた時も、彼女はこうして周りを元気づけていたのかもしれない。まあ、その元気づけてた人達は僕が全員殺しちゃったんだけどね。


「まあ、確かに人間何十年も生きてれば、こんな失敗もありますよね。この経験を活かして、次は成功させましょう」

「……そうだな、お前らとの戦争ってのもなかなか面白かったぜぇ」

「うむ、何かあれば連絡を寄越すがよい。検討くらいはしよう」

「検討だけですか」


 僕の言葉に、ミラは苦笑した。


「今回は流石に目立ち過ぎた。当分は隠遁生活じゃな。このままウィンデルを去って、次は……西の方に行ってみようかの。そなたたちはどうする?」


 ミラはそう言って、僕達を見た。


「じゃあ俺も付いていくぜぇ。ミラがいねえと、俺はすぐにでもパクられそうだ」

「私は……」


 そこでフェルトは僕をチラリと見た。え、逃がさないよ?


「……このままシールに戻るわ。立ち寄る機会があったら是非会いに来て頂戴。まあ、見つけられたらの話なんだけど」

「それは問題ない。妾にはこの眼があるからな……それで、そなたはどうする?」


 最後に僕に話が回ってきたので驚いた。


「え? 僕は寄宿舎に戻りますよ。教師の仕事がありますし」

「……そなたが一番大物じゃな」


 ミラがあきれ顔で言い、フェルトがうんうん頷く。あのガトーでさえ表情を引き攣らせていたのは少し面白かった。


やっぱり早足かもしれません。

ご意見御感想お待ちしております。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最新話まで楽しく読ませて頂いております。すっごく今更なんですけど、終末の魔導書を破り取ったのって誰なんでしょう。 もし既に書かれていたならすみません。
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