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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
書物の街ウィンデル
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地下二階 1

「ああン!?」


 館内に鳴り響いたけたたましい鐘の音を聞いた時、ガトーは一階の階段付近にいた。


『すみません! 書庫の結界をどうしても突破できず、強引に破壊しました! 今からすぐに目的の物を回収した後、撤退します! ガトーさんとミラさんは合流してから時間稼ぎしつつ地下三階まで来てください! 道は既に作ってあります!』

「ちぃ!」

『了解した』


 ガトーは悪態で返事をし、そのまま階段を駆け下りていく。既に図書館の至る所から忙しない足音が向かってきている。あの様子だと、どこの結界が破られたかも彼は分かっているようだった。


「ッ! オラァ!」

「ぐお!」


 地下二階に降りた瞬間に鉢合わせた警備らしき男の首に短剣を突き立てる。下に続く階段は無かったが、階段のすぐ近くにぽっかりと開いた穴があった。それがカナキの言った道というやつだろう。


「――待たせたの」

「うぉ!」


 突然、天井をすり抜けて落ちてきたミラに流石のガトーも驚いた声を上げる。


「いきなり落ちてくんじゃねえ! 敵かと思ったじゃねえか!」

「ほほほ、そなたでもあんな顔をするのじゃな」


 いつものように扇子で口元を隠すミラだが、その姿は『天衣霧縫(ミスト・ヴェール)』で覆われており、カナキと同じく姿は分からない。確か、ミラは既に手配書に顔が載っていたはずだが……。


「なんでお前まで顔を隠してんだよ」

「阿呆。こんな大事件を引き起こした犯人が妾と知れれば、またレートが上がってしまうであろう。妾ももう歳じゃ。老後は穏やかに過ごしたいのじゃよ」

「はっ、そんな奴がなんでこんな仕事を引き受けたんだよ」

「……弟子の粗相は、師が始末してやらねばな」

「へっ! そりゃ優しいお師匠さんだこって!」


 階段から降りてきた杖を持った男達の頭に取り出したナイフを投擲する。特に考えていたわけでは無かったが、敵が来る経路が階段一本だけのため、ここで待ち伏せの形に持っていけたことは大きい。無論、どこかに隠し通路などがあれば別だが、そのときはミラの方に迎撃してもらおう。


「おい消し屋! 目的のモンはまだ見つからねえのか!」

『すみません、ここの書庫は目録も無いから、一冊ずつ探さなきゃいけないため、思ったより時間がかかりそうです!』

「急ぐのじゃ。今はまだ大丈夫だが、これから先、彼奴等がしっかり準備をしたうえで攻め入って来れば、妾達とて限界があるぞ。特に、今この場に彼の魔導師長が来れば――」

「――儂を呼んだか?」

「ッ!?」


 背後で、背中を焦すような魔力を感じる。

 咄嗟に横に跳んだ瞬間、ガトーとミラのいた場所に幾重もの岩氷柱(ロックアイシクル)が連なった。

 体をそちらに向ければ、予想通りの人物が、予想を超える早さでこの場に降り立っていた。


「おいおいおい、じじぃ……最上階にいたはずのテメエが、どうすればこんなに早く来れるんだよ」


 ガトーの言葉に、魔導師長アンブラウスは、長く蓄えた顎髭触りながら言った。


「ふむ――すり抜けてきた」






「えっ、アンブラウスがっ!?」


 僕は思わず書庫の天井を見上げた。正に今このすぐ上に、彼の一級魔法師がいるというのか。


『うむ、この階の床まではすぐには通れぬようだが、それも妾達がここに押し留めている間までのこと。急ぐがよい!』


 あのミラが、切羽詰まったような声で言う。向こうは相当厳しい戦いなのだろう。急いで逃げたいところなのだが、肝心の本がまだ見つからない。


「フェルトさん! そっちはどうです!?」

「まだ半分よ! 一体何千冊あるのよここの書庫は!?」


 おまけに、その中の本のほとんどがダミーで、手に取った瞬間、使い魔へと変わり、そのまま手を喰いちぎろうとしてくるのだ。おかげで、最初に僕の右腕は喰いちぎられた。

 とにかく、人手が足りない。目的の本が見つかったら、分身の魔法でも無いか探してみよう。

 僕は、二十七つ目の本棚を確認し終わると、すぐさま次の本棚をひっくり返した。






「ミラ! 十秒稼げ!」

「了解した!」


 ガトーの指示に頷いたミラが、入れ替わるようにして前に出た。今はまだアンブラウスだけだが、いずれは階段から警備兵が雪崩れ込んでくるだろう。なにせ、六階以上の研究者のスペースには、研究者兼警備兵を兼任している敏腕魔法師がわんさかいるのだ。流石に準二級魔法師レベルを三十人以上相手にするのはアンブラウスがいるこの状況では確実に不可能だ。


「ふむ……その声、聞いたことがあるな。はて、誰だったか」

「ふっ、思い出さなくて結構じゃ!」


 ミラが扇子振るうと、先ほどガトーが殺した警備兵たちがぞろぞろと起き上がった。アリスも得意とした、屍人を操る魔法。戦闘能力は期待できないが、元は味方だった者なのだから少しは攻撃しづらいか――。


「ふむ」


 コツン、とアンブラウスは持っていた一メートル長の杖で床を叩いた。

 その瞬間、アンブラウスの周りに無数の焔刃(フレイムブレード)が出現する。

 ミラとて、本気を出せば、四十くらいは刃を出せると思うのだが、アンブラウスの出したそれは、その二倍は軽く超えている。


「あ、そういえばここは図書館だったのぉ」

「くっ!」


 自分の考えが甘かった。

 ミラは自分の失策を悟った瞬間、素性を隠すことを諦めた。


「『時空の壁』」


 ミラが扇子を前方に扇げば、そこには長さ十メートル程度の異空間が作り出された。

 直後に放たれた焔刃(フレイムブレード)のうち、その異空間の壁に入った刃は、途端に動きが緩慢になり、やがて消失した。


「おお、思い出した。その魔法、おぬし、ミラ・フリメールだったか? 時の流れが現実よりも遥かに早く、更に外側から見えるよりも遥かに広大な異空間を作り出す魔法、という説明だったか。特級魔法の認定会議ではなかなか物議を催した魔法だったが、結局は危険すぎるという理由で禁忌指定となり、君も王宮を追われたのだったか。その後も君の話は度々王宮まで聞こえてきたが、なかなかエキセントリックな人生を送ったようだのう」

「む、昔の話は結構じゃ! ガトー!」


 少し恥ずかしそうに叫んだミラは、後ろのガトーを呼んだ。既に先ほどのアンブラウスの魔法で、こちらの屍人は全てやられている。


「――おう、もういいぜぇ」

「む」


 ミラが後ろに下がり、やがてアンブラウスの前に出てきたのは神話の怪物――ガーゴイルだった。

 真珠色の鱗、長く鋭い鉤爪、長く突き出た口とそこに生え並ぶ無数の歯。鱗に覆われた尻尾は、殺意を漲らせるように床を叩いて抉った。

 アンブラウスも、顎髭を擦りながら、まじまじと変身したガトーを見る。


「ほぉ、『幻獣化』か。その魔法の使い手は久々に見る。おぬしたちは、禁忌指定魔法師の集まりか何かなのか?」

「へっ、余裕そうにしてるけどよッ!!」


 大地を力強く踏みしめたガトーが、次の瞬間目にも留まらぬ速さでアンブラウスに肉薄する。


「おぉ」


 その速さに感嘆の息を漏らしながらも、アンブラウスは『流動(フロウ)』の魔法で回避。それは、ここにはいないレインの瞬間移動じみた『流動(フロウ)』の更に上を行く速さだ。


「逃がすかよぉ!」


 しかし、流石にこれだけで仕留められるとはガトーも終わっていない。

 鉤爪の一裂きを躱された瞬間、ガトーはその尻尾を蛇のように蠢かせ、アンブラウスの心臓を狙う。


「――どれ、少し遊んでやるか」

「ちぃ!」


 だが、その攻撃も、アンブラウスが高速で展開させた魔力障壁に阻まれる。更にアンブラウスは、障壁を作るのと同時に、ガトーの足元に『泥沼(マッドスワンプ)』を展開させ、その動きを封じる。


「貫け――」

「やべっ……」

「『念動(サイコキネシス)』!」


 アンブラウスから、殺気とも思えるほどの高濃度の魔力が解放されようとした時、ガトーの身体が強い力で後ろに引かれ、泥沼から脱出する。直後に不可視の衝撃がガトーの頬を撫で、天井のコンクリートを軽々と貫通した。


「おお、やってしまったわい」


 すると、すぐさまアンブラウスは何かの魔法を発動、みるみるうちに天井に開いた穴が自然に塞がっていき、数秒後には何事もなかったかのように完璧に塞がった。


読んでいただきありがとうございます。

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