作戦会議
「いらっしゃいませぇ」
やる気をあまり感じない店員の挨拶を受けて店に入ると、フェルトは窓から一番遠い壁側の席で優雅に紅茶を飲んでいた。
「すみません、待ちましたか?」
「……前から思ってたんだけど、一々その恋人みたいな第一声やめてくれない?」
「ははは、相変わらず手厳しいですね」
フェルトの向かいの席に座ると、店員にコーヒーを注文。「わっかりましたぁ」とやる気のなさを隠そうともしない返事が返ってくる。この店に僕達以外客がいない理由も分かりそうなものだ。
「昨日はフェルトさん、何してました?」
「情報収集よ。あんたがやれって言ったんでしょ」
「いえいえ、それはたぶん夜の酒場の話でしょ? フェルトさんにはこの街に情報屋のパイプなんて無いでしょうし、日中は何をしていたのかなぁと」
「……喫茶店巡りよ」
苦々しい顔で答えたフェルト。なるほど、だからこんな人気のない喫茶店を知っていたのか。
「お待たせしましたぁ」
語尾を伸ばすのは癖なのだろう。店員の置いていったコーヒーを飲むと、意外に美味しい。少し苦みが強いので、ついでに甘菓子も注文する。
「ていうか、あなただって暇じゃないはずだけど、こんな日中にここにいて大丈夫なの?」
「ええ。今日は自由行動ですから。昼食休憩だと思えば誰も怒りはしませんよ」
運ばれてきたケーキは、王道の白いクリームが塗りたくられたイチゴケーキ。洋菓子のような甘いケーキは少し食べれば胸やけを起こしてしまうのだが、苦みの強いコーヒーがそれを上手く打ち消している。
「で、何か新情報はありましたか?」
「あなたの望みの物は館内図には書かれていない地下三階の所に、強力な封印を掛けられたうえで保管されているらしいわ」
「それは既に知っていますね。他には?」
フェルトは、苦虫を噛み潰したような表情を作った。
「……ないわ」
「そうですか。ありがとうございました」
特に落胆もない。所詮この街ではよそ者であるフェルトが掴める情報なんてたかが知れているとは思っていた。むしろ、僕がフィーナから訊きだした情報をよく入手できたな、と感心するほどだ。
「ガトーさんやミラさんから連絡はありましたか?」
「ガトーからは何も。ミラさんからは、結界に引っ掛からずに内部へ侵入する手立てが見つかった、と連絡が来たわ」
「おお、流石ですね」
酒場でミラに図書館のセキュリティの凄まじさを説明されていたので驚嘆は大きい。流石は『結界師』、マティアスと同じSSレート代だからこそ可能な所業なのだろう。
「ただ、侵入後のセキュリティまでは今のところ対処する術がないらしいから、そこからはあなたの腕次第ってことになりそうね」
「あなた、じゃなくて私達、ですよ?」
「……それ、本当に言っているの?」
「勿論です。フェルトさんには明日、僕と一緒に潜入してもらいます」
できればガトーも連れていきたい所だが、彼を動向させると、余計なハプニングを生む気しかしない。
その点、フェルトが戦闘以外も優秀だということは、この数日で確認済みだ。そこそこ頭も回り、機転も利く。何より、彼女の持つ魔力阻害の石の効果は強力だ。
「ていうか、石の効果でセキュリティとかはなんとかならないんですか?」
「……多分、レベルの低い結界やトラップとかなら無力化できると思うけど、一定以上のレベルのものは無理だと思うわ。――ああ、それと今回はこんなものを用意したんだけど」
フェルトが取り出したのは、リレーに使うバトンくらいの大きさの杖だった。金属でできているためしっかりとした重さがあり、先端には蕾のように丸みを帯びた金属が取り付けてある。
「これは?」
「魔力阻害の石の効果を調整できないかと思って、サーシャが作り上げた物なの。まだ試作段階で、石の有効範囲も大幅に狭まってしまうけれど、取っ手にあるスイッチを押せば、石の効果を好きなタイミングで発動できるの」
課題はまだまだ残っているけどね、と言ったフェルトだが、僕は開いた口が塞がらない思いだった。
「……フェルトさん」
「な、何よ」
「最高です」
こうして、フェルトとサーシャの有用性が改めて証明された。
「それじゃ、後のことは頼んだよ」
僕の言葉に、エンヴィは頷く。大した知性を持たず、喋ることすらままならないエンヴィだが、今日に限っては連日の疲れということで常に眠そうにしていろ、と指示を出しておいた。幸い、瞬きの速さとサイクルを指示するだけで案外出来そうな指示だったので、あとは他の人が余計な話を振ってこなければ、何とか誤魔化すことは出来るだろう。一応、常にエンヴィとの接続は最低限残しておくが、それだけの余裕が終始僕にあるのかは不明だ。
誰にも見つからないように寄宿舎を出ると、早足で例の酒場へと向かった。
『天衣霧縫』で顔を隠して中に入れば、店主はこの前の対応が嘘のように恭しい態度で例のVIPルームへ案内される。最後が僕だったようで、扉を開けると、既に他のメンバーは全員集まっていた。
「よお消し屋。随分と待たせるじゃねえか」
「すみません、班長会議の監督で遅れてしまいまして……」
「ほほ、この場に来る者の台詞とは思えないの」
ガトーが鷹揚に手を挙げ、ミラは扇子で口元を隠して笑う。フェルトは、部屋の隅で蛇骨槍の最終メンテナンスを行っていた。
「それで、作戦は決まってんのかよ?」
「その前に、皆さんから新しい情報があればお聞きしておきたいんですが」
「なんだよ、早く戦争をおっぱじめようぜ」
急いたガトーが物騒な言葉を吐く。いや、本当に彼を連れていくことには不安しかないね。
すると、ミラが手を挙げた。
「すまんが、悪い知らせじゃ。どうやら昨日から、かの魔導師長であるローウェン・マナ・アンブラウスがこの街を訪れているらしい。そして」
「おそらくあの図書館にいる、ということですね。その情報は、僕にも届いていました」
「なんじゃ、耳が早いのう」
「そのとき、図書館見学をしていたので」
あのときは頭を抱えたくもなったが、既に対策は考えてある。他に情報がある者はいないようなので、僕は話を続けることにした。
「それでは、作戦の説明に入ります。まず、今回の目的は地下三階にある書庫から禁忌指定の魔法の一覧書を奪取すること。報酬は奪取した本の閲覧権利の共有と、一人十万ファンタ、これは間違いありませんね」
「ええ」「おお」「相違ない」
「分かりました。では、具体的な内容を説明します。まずミラさん。施設への侵入までの手段はあなたにお願いしてもいいんですよね?」
「うむ。敷地内の結界の種類と位置は全ては把握しておる。それら結界を中和し、引っかかることなく侵入出来るようにそなたたちには魔法を掛けておく。帰りも同じ要領で帰ってこれるだろう。そこまでは妾が引き受けよう」
「ありがとうございます。これで障害の一つ目はクリアできます。それでは次に――」
「おいおい、俺の仕事を早く教えろよ」
話を続けようとしたところで、ガトーがしびれを切らしたように問いかけてきた。ミラとフェルトは露骨に辟易したような顔を見せるが、僕は学校で説明の途中で話の腰を折る生徒とは毎日相手しているため、別に苛立ちも覚えない。そういえば、そのアルティ君は何をしているだろうか。
「ガトーさんには、有事の際に敵対勢力を迎撃してもらいます。ですので、館内に侵入したあとは、一階にて待機していてください」
「ああん!? 俺は補欠ってことかよ!」
少し的外れな言い方だが、言いたいことは分かる。僕は、なるべく言葉を砕いて説明する。
「ガトーさんはこの中で最も強く、なおかつ索敵能力も高いです。万が一僕達の侵入が見つかったら、十中八九アンブラウスが出てくるでしょう。そのとき、少しでも時間稼ぎをしてくれる人物がどうしても必要で、それはこの中ではガトーさんしかいないんです。とっておきの僕の魔晶石も預けますので、どうかお願い出来ないでしょうか」
最悪、潜入は諦めて、ガトーに好き放題暴れさせて囮になってもらうという方法も考えていたが、それは杞憂だった。
「……チッ、わぁったよ。その代わり、もしもの時には俺も無事に逃げられるよう準備はあるんだろうな?」
しかも、逆に自分の身の安全まで問いかけてきたのだからびっくりする。ガトーはもっとこう、狂戦士のような自分の身の安全を考えないタイプの人間だと思っていた。死ねば何もかもが終わる、とわかっているからこそ、彼もこここまで凶悪な犯罪者として名を連ねているのかもしれない。
「そこについては前に話した通り、ミラさんにお願いします。方法があるんですよね?」
「無論じゃ。人前に出るのは妾の本懐ではないが、一人だけ前線に出ないというのも不公平であろうよ。その代わり、そのような事態にならないよう、そなたたちも気をつけるのじゃぞ?」
「大丈夫ですよ。僕も事なかれ主義ですから」
「……よく言うわよ」
「何か言いましたか?」
「なにも言ってないわよ」
フェルトがぼそりと何か言った気がしたが、気のせいだったか。
「あと、奪取に成功して逃走する際は、誰にも見つかっていなければ入る時と同じ要領で、無理だった時は、僕の方で策を用意していますので任せてください」
「なんだ、ここでは教えてくれないのか?」
「そのときのお楽しみってことにしておいてください」
「へっ、上等だァ!」
それ以上質問もなく、僕達は準備を整えると、魔法図書館に向かって移動を開始した。
読んでいただきありがとうございます。




