図書館見学
八章開始です。
次の日の午前中はアカデメンの授業に僕らが混ざって受けた。
内容は実習形式で、氷魔法と風魔法を複合してかき氷を作るというもの。一見簡単そうにも見えるが、氷を作る段階から始まり、それを風魔法を使ってかき氷になるまで分解するところまで、全て生徒達だけで行うため、なかなかレベルが高い。両学校が混合した五人一組で行うために、他校の生徒とのコミュニケーションも必須だ。そして、最後は出来上がったかき氷をみんなで食べる。魔法だけでなくコミュニケーション能力をも育成するよく考えられた授業だ。これは参考になるよ。
それで打ち解けた生徒達は、午後には噂の王立魔法図書館に見学に行く。最初に館内の説明を受けた後、生徒達は午前中のグループで自由に図書館内を散策できるようにする。その間僕達教師も、他の利用者に迷惑を掛ける生徒がいないかの巡回以外は、好きに散策して良いことになっている。明日は完全自由行動だが、他にも多くの準備があるため、館内の構造の把握はこの時間内に済ます必要があった。
図書館側からの注意事項などが説明され、自由に散策できる時間になる。流石に、いきなり館内地図を食い入るように見つめれば不自然だし、最初は本来の役割である図書館内の巡回に当たるとする。
先ほどの説明では、この王立魔法図書館は全部で十二階構造であり、一階から五階までが自由に立ち入ることが出来る閲覧スペース、六階から十階が、研究生や他の街から来た魔法師が研究室を構え、日々魔法を研究する立ち入り禁止のスペース、そして地下一階と二階は閉書庫になっているとのことだった。
僕としては、目的の物は最上階か最下階にあると睨んでいるのだが、こればっかりは情報が足りないので分からない。ガトー達にも情報収集に当たってもらっているが、なかなか難しいだろう。最悪、フェルトにどちらかを行かせて、僕がもう一方をあたるという方法もあるが、手間なうえに戦力を二分するのだから得策とはいえない。
さて、どうしたものかね――。
「カナキ先生。ちょっとよろしいでしょうか?」
声に振り向くと、そこにはカレンがいた。彼女が話しかけてくるとは珍しい。僕は、柔らかい笑みを浮かべた。
「うん? どうしたんだい?」
「申し訳ないのですが、少しの間だけ、最上階へ行く許可を貰えないでしょうか? 図書館側からの許可は既に取っています」
「……理由を訊いてもいいかな?」
「先ほど連絡があったのですが、十階には今、ローウェン様が来ているようで、私がいると知ったら是非会いたいと……」
「――なんだって」
僕は凄まじいデジャヴに襲われる。
この感じをどこで味わったかと考え、すぐにそれが先週酒場でモンドールと会ったときだと思い出す。当然だ。カレンの口から出るローウェンと言えば、あのローウェン・マナ・アンブラウスしかおるまい。
ずっと黙っているのも不自然だ。僕は、あえて驚きを隠すことなく、乾いた声で喋る。
「……驚いたな。君が言うのは、あのローウェン・マナ・アンブラウス様だよね? 王国魔法師長のあの方が、どうしてここに?」
「分かりません。ただ、ローウェン様もウィンデルに来たのは今朝のようで、もし今日会えなくても、私がこの街にいる間に、一目だけでも私と会いたいと仰っているそうです」
ということは、少なくとも僕達がウィンデルに滞在している間、彼はこの街にいるということか。
全く、最近の不運続きは何なのだろう。カレンがセルベスに入学して来てから、僕の平穏な生活の何かが狂い始めている気がする。
「……うん、わかった。とにかく、アンブラウス様のご希望なら仕方がない。けど、集合時間の三十分前には戻ってくるようにしたまえよ? 君は王女である前に、今はセルベスの生徒なんだから、君だけをあまり特別扱いすることは出来ないからね」
「勿論です、ご厚意感謝いたします」
いつものようにお堅い返事だったが、表情はいつもより明るい気がした。
アンブラウスといえば、王国魔法師長としても有名だが、その他に、二年前に前国王が暗殺されて以降、カレンの後見人としても有名な老人だ。その後、カレンがアンブラウスに引き取られてから、あの歳になるまでに準一級魔法師の資格を取るに至ったのは、主としてアンブラウスの功績も大きいだろう。
しかし、王国魔法師長かぁ。確かに厄介な相手だが、やりようはある。全盛期ならばともかく、アンブラウスは今や八十にも迫る老人、体力と同じように、必然的に魔力も衰えてきているし、何より今回は暗殺が目的ではない。直接戦わずに済む方法だってあるのだ。
しばらく館内を巡回して満足した僕は、早速一階に戻り、大きな柱に掘られた館内案内図を覗き込む。エレベーターなどは勿論無いため、基本は階段での移動となるが、そこには勿論、他の場所にも様々な結界やトラップが張られているだろう。明日の仕事では、それら全てを掻い潜り、アンブラウスに見つかることなく目標の物を奪取することが求められる。
そのとき、後ろから足音が近づいてくる。
「――そんなに館内図を見つめて、どうしたのですか?」
声を掛けてきたのはフィーナだった。カレンがいないためか、今は一人だ。他の班員の姿も見当たらない。
「フィーナ君か。いや、改めてとんでもなく広い図書館だと思ってね」
「そうですね。私は何度か来たことがありますが、最初に来た時はその広さに驚いたものです。カナキ先生はここに来るのは初めてですか?」
「うん、担任を持ったのも今年が初めてだからね。リヴァル教官にも、図書館がすごいことは散々聞かされていたんだけど、予想以上だよ」
そこで僕はふと、思いつくことがあった。
多少怪しまれる可能性も無くはないが、追及されても十分に逃れられることを脳内で確かめた後、フィーナに話しかけた。
「ところで、フィーナ君」
「なんですか?」
同じく館内図に視線を向けるフィーナが返事をする。
「これも、リヴァル教官から来る前に聞いたんだけど、この図書館には、禁忌指定の魔導書とかも蔵書されているそうなんだ。フィーナ君は知ってたのかい?」
「ああ、その話ですか。知ってますよ、王宮内では、結構有名な話ですから」
フィーナの視点は、未だ館内図に注がれている。
「ふぅん。でも危なくないのかい? もしも危険な犯罪者とかが盗んだりしたら大変なことになると思うのだけれど」
「それはおそらく問題ありません。この図書館は、王宮に比肩しうるほどのセキュリティですし、その中でもそのような危険な書物は更に厳重に保管されています。それに……」
フィーナが少しだけ声の調子を落とした。
「これは王宮でも少数の方しか知らない話ですが、なんでもそれらの書物は、この館内図にも載っていない場所に、厳重に封印されているそうです」
「……なるほど」
思わぬ収穫だ。フィーナと信頼関係を築いたことが、まさかこんなところで役に立つとは。
それからすぐにフィーナは、
「分かっているとは思いますが、勿論このことは他言無用ですよ」
と、念を押したので、僕も勿論だ、と頷きを返した。
それからは、僕でも出入り可能な範囲で、気になるところまで実際に足を運んで観察し、館内図と共に頭に叩き込んだ。憶えきれない点はメモを取っておくが、第三者に見られた時のことを考慮して、日本語で記しておく。
こうして、生徒にとっても僕にとっても有意義だった図書館見学は終わりを迎えた。
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