逢引き
「――あんたって、本当に口八丁ばっかりよね」
酒場からの帰り道、フェルトが責めるような口調で言った。
「え、何がですか?」
「そういうところよ。本当は強いくせに隠してばっかりだし、サーシャにあんな酷いことを平気でしておきながら平穏な日常が良いとか言うし。そういえば、今更だけど、あんたって教師もやってるんでしょう? 生徒になに教えてるのよ」
「なにって、魔法ですよ。魔法学校なんだから当たり前じゃないですか」
「……はぁ」
露骨に溜息を吐かれれば、僕だって傷つく。こう見えて結構ナイーブなのだ。
このままでは流石にマズイと思って、少し弁明することにした。
「別に、僕だって好きでこんなコソコソ動き回るような真似をしたくはありませんよ。けど、本当に僕の強さなんて大したことないんです、本当ですよ。仮に、僕を全うに評価すれば、レートはS台が精々で、それ以上はどうやったって厳しいんです。そりゃ、S台なら今よりも色々と融通は利きますよ……って、レートS+のフェルトさんには言うまでもありませんね。けど、そこまで目立ってしまったら、駐屯兵団のマークも厳しくなるし、一度顔が割れてしまえばすぐにその情報は国中に知れ渡ってしまう。何よりも、表世界で生きることが何よりも難しくなるんです。フェルトさんだって、それは薄々感じて来てるでしょう?」
「……まあ、それは」
フェルトが口ごもりながらも同意を示す。
彼女もバリアハールにいた頃は、ここまで名は知られておらず、レートだって僕と変わらないS-だったのだ。それが、魔力阻害の石の登場によって、元々魔力を持たなかったサーシャとの相性の良さも相まって、次々と高レートの手配者を倒すことになったらしい。それこそ、先ほど会ったガトーとは、シールに来る途中で訪れたこの街でやり合い、辛くもフェルトが勝利し、レートもS+へと上がったらしい。今はまだ性別くらいしか手配書にも載っていないが、やがて素性が割れれば、今のような生活は出来なくなるだろう。勿論、僕はそんな配慮を今後一切する気もないけどね。
「まあ、そういうことです。僕は、ハイリスクハイリターンよりも、堅実にコツコツと積み上げるのが性に合っている。それだけのことですよ」
言ってみれば公務員タイプですね、という言葉は呑み込んだ。
「…………」
フェルトは、僕の言葉に何か考えるところがあったのだろうか。それから解散するまで、彼女は一言も喋らなかった。
さて、学校まで帰ってきたのは時刻が深夜十二時を回ったところ。深夜ということもあり、治安の良いウィンデルでは、ここまで来るのにほとんど人とすれ違わなかった。ただ、ここから上手く誰にも見つからず自分の部屋に戻るのは少々手間だ。何故なら、今頃生徒を取り締まるために、寄宿舎の中を、各クラスの担任と僕に成り代わっているエンヴィが巡回しているだろうからだ。それに加えて、教師の目を盗んでまだ起きている生徒だっているはずだ。ここからは、明後日の図書館潜入の予行演習だと思って、慎重に移動しよう――。
「あら、カナキ先生ではありませんか」
秒でバレてしまった。
僕を見つけたのは、よりにもよって自分のクラスの生徒であるシズクだった。
僕は、瞬時に巡回している教師の面を被る。幸い、ここは外だ。今なら、逆にシズクを叱ることで、話を有耶無耶に出来るかもしれない。
「それはこっちの台詞だよ、シズク君。就寝時間は過ぎてるはずなのに、どうして君が外にいるんだい?」
「あはは……ちょっと眠れなくて」
普段から優等生であるシズクがこのような規則違反を犯すのは意外だった。他の生徒なら、初めての研修で羽目が外れただけだと納得したが、それがシズクとなると、少しの違和感を僕は覚えた。
「それより、先生はずっと外の見回りをしていたのですか?」
「うん――?」
まずいな。ここはどう答えるべきか。これで、シズクが館内でエンヴィを見かけていたら、ちょっと面倒な事になる。学校の敷地外から帰ってきたところを見られていたら尚更厄介だ。
あまり答えが遅れても怪しまれる。僕は賭けに出ることにした。
「そうだよ、僕は外の見回りだよ。もうすぐ他の先生と交代だけどね」
「はあ、そうだったのですか。お疲れ様です」
よし、賭けに勝った――。
そう思った時、僕はシズクの所作を見て、彼女の内心が見えた。
それは、圧倒的な猜疑心。
「――ッ!?」
一瞬、ポーカーフェイスが崩れそうになる。
彼女には僕の嘘がバレている。既に館内でエンヴィを見られていたのか? いや、それならば隠しだてせず、普通にその事実を口にすれば良いだけのこと。何故、今こうして納得したふりを見せているのか。セルベスで数々のカウンセリングを経験していなければ確実に騙されていたほど、彼女の演技は巧妙だった。
「そういえばカナキ先生。先生も、学生時代にはこのように研修先では夜に外に出てはしゃいだりしたのですか? こうも私達生徒の動きが分かるってことは、先生も昔は結構ヤンチャだったりしたんですか?」
少し悪戯っぽく、シズクは冗談めかして問うてくる。先ほどまでなら、優等生の彼女も、このような砕けた一面があるのかと、生徒の新しい一面を見れたことに喜んでいたかもしれないが、今ではこの仕草さえも彼女の演技に思えて仕方がない。何故だ、どうして彼女は僕を疑っている。そもそも、彼女は僕の何を疑っているんだ――?
「――何やら声がすると思って来てみれば、カナキ先生とシズクでしたか」
そこで思わぬ救世主が登場した。
シズクと同時にそちらを向くと、寄宿舎の角からフィーナが姿を現した。
「……フィーナ君、どうしてここに」
「何やら外で話し声が聞こえたため、カレン様に何かあってはいけないと思い、一応様子を見にきたのです。そしたら……まさか自分の担任が、クラスの生徒と逢引きしているところを目撃するとは思いませんでしたが」
「は? 逢引き?」
「ちょ、ちょっとフィーナ、それは絶対違うから!」
強めに反論するシズクに、フィーナは理解を示したように頷く。
「いいんです、シズク。彼とそのような関係になる生徒は、あなたが一人目ではないんです……。休日には自宅に自分のゼミ生を呼んで逢引きすることなど、その男にとっては日常茶飯なのです」
なんだろう、どんどん僕の呼び方に信頼が無くなっていっているような気がする。
おまけにシズクからは、ゴミを見るような冷たい目で見られた。流石に泣きそうだ。
「ちょ、フィーナ君、流石にそれ以上は――」
「フィーナ、今のはただ、就寝時間を過ぎてから外に出た私を先生が注意していただけだから。それ以上のことは、本当に、何も、ないから」
一言一言を区切り強調して、シズクは言った。その迫力に押されて、フィーナも黙って頷く。
それで納得したのか、シズクはこちらを向くと、綺麗な角度で頭を下げた。
「先生も、夜分にお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。今後処分は甘んじて受けますので、今日は部屋に戻ってもよろしいでしょうか」
「あ、ああ。シズク君は転校してきて間もないし、今回は大目に見るよ……」
「寛大なご処置、ありがとうございます。では」
そう言って足早に去っていく。なんか、終始態度が冷たかったのは気のせいじゃないだろう。そこは嘘でもいいから、さっきまでの演技力を存分に発揮してもらいたかった。
二人になったところで、フィーナは溜息を吐く。すると、先ほどまでの棘のある口調から、いつもの声音に戻る。
「はぁ……先生も、あまりシズクを怒らせないでください。彼女、ああ見えて怒ったときは怖いんです」
「いや、怒らせたのは君な気がするんだけどね……」
「まあ、折角困っていたところをフォローしてあげたのです。それくらいは大目に見てください」
僕は心底驚いてフィーナの顔をまじまじと見てしまった。彼女は瞳を微かに揺らして、僕から視線を外す。
「聞いていたのかい?」
「……いいえ、何を喋っているのかまでは……しかし、あまり穏やかな雰囲気とは言えなかったので……」
「……やっぱり君もそう感じたか」
ならば、僕の思い違いということではどうやら無いらしい。本格的にきな臭くなってきた。思えば、最初にシズクに会った時も、彼女はおかしな態度だった。
明後日には大仕事があるのだ。余計な事に気を割きたくはないのだが。
「余計なお世話でしたか?」
「……いいや、すごく助かったよ。ありがとう」
「や、やめてください」
頭を撫でてやると、フィーナは抗議の声に羞恥を滲ませ、手で振り払う。触れたフィーナの手は、やけに熱かった。
「うん、とにかく他の先生に見られたらまずいし、君も部屋に帰りなさい。明日からはアカデメイアの生徒と、合同授業があるからね、君も休むといい」
「ふ、ふん。出来ることならば、残りの期間全てを、カレン様と共に学騎体の本選の準備に費やしたいところですが、仕方ありませんね」
「それに関しては本当に申し訳ないと思ってる」
フィーナに謝りの言葉を入れ、彼女が風の魔法で三階の部屋の窓に跳んでいったのを見送ると、今度こそ、誰にも見つからず自分の部屋に戻った。
思わぬ問題が増えてしまったが、まずは熱いシャワーでも浴びながら、学騎体の本選に出る生徒への配慮の仕方からでも考えてみよう――。
これにて七章終了です。
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