かつての師
「ッ!」
僕も、即座に『魔力執刀』を両手に展開。間合いを詰めてきたガトーに躊躇いなく振るう。
近接戦において、ガトーは思った以上にやり手だった。短剣のリーチの短さも、この部屋に限っては小回りが利くという長所になり、二刀使っている僕と互角に斬り結ぶ。
「……あ?」
だが、こと近接戦においては、僕だって自信がある。日本での経験に加え、マティアスから直々に指導されていたのだ。これで死んだら地獄でマティアスに殺される。
機敏に攻撃を躱し、ナイフによる刺突を狙っていたガトーに、僕は不意を突いて足払いを掛ける。完全
に予想外だったらしいガトーは、そのまま体勢を崩す。
――盗れる。
無防備な胸に『魔力執刀』を振り下ろそうとした時、ガトーがフードの中で口を開けた。
そこから見えたのは、舌に描かれた魔法陣――。
「ちっ!」
「はっはぁ!」
身を翻した直後、僕の頬を火炎の息吹が撫でた。ガトーが口から炎を吐いたのだ。
どうにか直撃を避けたが、一瞬だけガトーから目を離す。直感的に横腹を防御すると、二の腕に靴裏の感触が入った。
「吹き飛びなぁ!」
爆音と共に真紅の光。
ガトーの足から爆発したように衝撃が走り、モロにそれを受けた僕は、壁に背中を強かに打つ。
今のはおそらく中級魔法の『緋天炸裂』だろうが、相変わらず魔力を熾してからの魔法の起動が早すぎる。焼け焦げた右腕が問題なく再生していくのを確認しながら、僕はゆっくりと立ち上がる。
「おぉおぉ、マジですぐに再生するな、戦争のしがいがある奴だ」
「戦争なんて真っ平ごめんですよ。僕はあくまで平穏な日常が欲しいだけなんですよ」
嘘ばっかり。
フェルトの方を見ると、彼女はそっぽを向いていた。いや、今絶対あなたが言いましたよね?
「まだやるんですか?」
「おうともよ。お前の力もその程度じゃねえんだろ? まぁ、その程度だってんなら依頼も蹴るけどな。
ここで死ね」
「……仕方ありませんね」
僕は『天衣霧縫』を解除し、『魔力執刀』も消す。
「あん? 降参か?」
「いえ、顔を隠す必要も無くなったので。あなたに仕事の協力をするつもりでしたが、その戦闘狂いの性癖は少し矯正の必要を感じました」
僕は身体強化魔術を掛けると、無手で構えた。
「なので、少し教育しようかと思います。あ、怪我はその後、僕が責任を持ってどんな傷でも完治させるので安心してください」
「……ひゃはははは! 流石はフェルトが連れてきた奴だ! とことんイカレてやがる!」
「どういうことよ」
フェルトが茶々を入れるが無視するガトー。彼は、そのまま自分の外套を脱ぎ捨てた。
「それじゃあ、オレも失礼のないように本気を出さなくちゃなぁ。頼むから途中で待ったは掛けないでくれよ?」
「……なるほど」
ガトーの身体を見て納得する。
彼の身体は、全身に無数の入れ墨が掘られていた。少なくとも、服に隠れていない両腕、首、ふくらはぎ、それから顔面の全てに。所狭しと彫られた入れ墨は、勿論全てが魔法式だ。あれならば、たとえ魔導具を持っていなくても、魔導具と同等のスピードで魔法を発動することが可能だろう。
しかし、彼は本当に殺し合いがお好きなようだ。あの身体では、彼は一生表世界では歩く事さえ出来ないだろう。彼がずっと肌を隠すような出で立ちをしていたことも納得がいく。まさに、戦闘だけに主眼を置いた生き方を選ばなければ到達しえない身体だ。
そして、僕が見ている間にガトーは変身していく。
手足の先から漆黒の鉤爪が伸び、肌色の皮膚は次々と硬質そうな鱗へと変化、更に顔は口が前に尖り出して、獰猛な歯が揃っていく。瞳は充血を通り越して真っ赤に染まり、おまけとばかり尻尾も生えた。
この魔法は魔導史の教科書で見たことがある。人間を異形の姿に変えるということで、随分昔に禁止された『幻獣化』と呼ばれる魔法、正真正銘の禁忌指定の魔法の一つだ。
つまりはこの男も、僕と同じ禁忌指定の魔法を操るということだ。
「まさか『幻獣化』を現物で見ることが出来るとはね」
「ひゃはははは! ここで笑えるか! 本物だよテメエ!」
哄笑したガトーが腰を沈めた時だった。
ガトーの周りを桃色の結界が包んだ。
「双方、戯れはそこまでにせい」
「ああん!?」
仲裁に入ったのは、この部屋でガトーと一緒にいた女性だった。よく見ると、和服のような着物を着た妙齢の女性で、手に持った扇子で口元を隠しながらこう言った。
「そなたたちがこれ以上暴れれば、この店などたちまち木屑へと成り果てよう。そうなれば流石に駐屯兵団とて黙ってはおるまい。そうなれば困るのは妾達だけではあるまい」
絵に描いたような古めかしい言葉遣いだ。普通、この手の変わった口調は活字ならばともかく、現実で聴いたらどこか違和感を覚えるものだが、この女性は完璧に使いこなしている。日本にいた時は「~だわよ」とかなんて実際に聞く機会なんて全くなかったものだが、こっちの世界では結構聞くし、何気に面白かったりする。
「そんなこと知るかよッ! オレは今そいつ殺し合いてぇんだ! 邪魔するならお前から殺すぞ、ミラ!」
「やれやれ、野蛮人めが……」
狂ったように暴れるガトーを見て、溜息を吐くミラとやら。……そういえば、ミラといえば……。
「あの、間違っていたら申し訳ないのですが、あなた、『天眼』のミラ・フリメールさんですか?」
「ほお、妾なんぞのことを知っているか」
「……いや、いやいやいやいや……」
知っているも何も、僕ほど彼女に物申したい人はいないだろう。
「……あなたにいつか出会うことが出来たら、絶対に言いたいことがあったんです」
「ふむ、なんじゃ?」
僕は大きく息を吸って、
「なんでアリスさんなんて言う人格破綻者を育てちゃったんですかぁ!」
僕はあの事件からずっと言いたかったことを、ミラに――アリスの魔法の師匠であった女性に、思いっきり叫んだ
「……そなた、アリスの知り合いか?」
「知り合いどころの話じゃないです! 彼女に僕は、三十七回も殺されたんですよ!?」
扇子の奥で、噴き出す音が聞こえた。
「あっははははは!! そうか、そんな仕打ちをされたのか! それはすまないことをしたな。とすると、そなたが『イレイサー』か?」
「そうですよ! 噂の消しゴム野郎です!」
「ちょ、ちょっと、アンタ少し落ち着きなさいよ」
珍しくフェルトに心配され、僕は息を整える。しまった、アリスの関係者に会って、思わず気が動転しまった。
「おい、ミラ! 分かった、今日はもう殺らねえから、そろそろここから出せや!」
「――おお、忘れておったわ」
ミラが扇子で結界をコツンと叩くと、クリームが溶けるように結界はたちまち霧散する。
あの『戦争屋』のガトーをこうも容易く閉じ込めるとは、流石は音に聞く『天眼』、別名『結界師』だ。
しかしそう考えると、この部屋にいる人達の異常さに改めて気づく。
『毒蛇』のフェルト。レートS+。
『戦争屋』のガトー。レートS。
『天眼』のミラ。レートSS-。
ちなみに、この中におまけで『イレイサー』とかいう消しゴムもどきも存在していたりする。レートはお察し。
これから頼む依頼内容を考えたら、戦力はいくらあっても困らないのだが、このメンバーなら小さな地方都市くらいなら一つや二つは制圧できそうだ。
「それでぇ、イレイサー。オレたちに依頼って何なんだよ。それなりに気に入ったし、話くらいは聞いてやるよ」
『幻獣化』と解いたガトーが落ちていた外套を羽織りながら訊いてくる。
ガトーやミラ、フェルトまでが視線を向ける中で、僕はその依頼内容を口にした。
「僕の依頼は――――王立魔法図書館の最下層、禁忌指定の魔法が一覧されている書物を、盗み出すことです」
読んでいただきありがとうございます。
前回、ポイント評価の話をしたところ、ドン引きするくらいの多くの評価を頂きまして、初めて異世界転生部門で日間一位を取ることが出来ました。ありがとうございます。
とりあえず、このブースト現象に乗じて、更新速度上げられるように頑張ります。




