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狂戦士 

 陽が落ち、夕食も食べ終われば今日は本格的にすることがなくなる。精々、夜中に抜け出す生徒がいないかを見張るくらいだが、これも僕に限って言えばなんら問題はない。

 ということで、僕は寄宿所を抜け出し、街中へと繰り出していた。

勿論、ただ繁華街目当てに抜け出すわけでは無い。そもそも、ウィンデルは比較的治安が良い街のため、繁華街といってもシールほど栄えているわけではなく、店舗数もしれほど多くない。

 だからこそ、目的の酒場はすぐに見つけることが出来た。

 近くまで行くと、待ち人は既に到着しているのが見えた。

 それでちょっと小走りで向かうと、相手も僕に気が付いたようだ。露骨に眉間に皺を寄せた。流石にその反応はあんまりじゃないかな。


「すみません、待ちましたか?」

「ええ、三十分くらいは待ったわよ」


 とりあえず遅れたのは僕なので素直に謝ったが、明らかに不機嫌な返事が帰ってきた。


「ごめんなさいって、思ったより抜けるタイミングが無くて仕方なかったんですよ」

「それと私が待たされる理由は直結しないと思うけれど」


 見ると、彼女の額はうっすらと汗ばんでいた。なるほど、そりゃ夜とはいえ、真夏のこの時期に外で三十分も待たされたら汗だってかくよな。これは完全に僕の手落ちだ。


「本当にすみません、今度何か奢らせてもらうので許してくださいよ、フェルトさん」

「ふん、それなら今後一切私とサーシャに関わらないことをお願いしたいわね」


 フェルトは、腕を組むとそっぽを向いた。


「相変わらず冷たいですね」

「むしろ、あんなもの見せられて冷たくならない方がおかしいでしょ」

「そりゃ、サーシャさんの身体で裂けるチーズごっこをしたのは謝りますけど、あれはほんの出来心だったんですよ」


 というか、むしろあんなもの見せられたら冷たい態度なんて取れないと思うのだが、それだけフェルトの肝が据わっているということだろうか。


「まぁいいわ。それで、はるばるウィンデルまで私を呼んどいて、何の用事なの? せめて呼ぶ前に事情を説明してほしかったんだけど」

「ああ、それなんですけどね、とりあえず付いてきてもらえると助かります」

「だからその前に事情を――」


 続きの言葉は無視して、勝手に酒場に入る。僕がここに入るのを見られるのは色々とマズイので、『天衣霧縫(ミスト・ヴェール)』でしっかりと姿は隠している。後ろで溜息と共に足音。口ではどれだけ言っても、結局彼女は僕には逆らえないのだ。

 中に入れば、途端に喧噪に包まれ、鼻腔にはアルコールと煙草の匂いが殺到する。流石はこの街でも五本の指に入るワル達の酒場だ。この街の駐屯兵団も、この酒場の実態は知っているだろうが、不用意に立ち入ることが出来ないほど危険な場所なのだろう。

 見ない顔である僕とフェルトに、店にいた客から剣呑な視線が突き刺さる。フェルトもその容姿から目立つだろうが、特に僕なんて体中を霧で覆い隠して不気味そのものだ。カウンターにいた店主も、引き攣った顔で僕達を眺めた。


「ちゅ、注文は」

「『戦争屋』に逢いに来ました。どこにいますか?」

「……何者だい、あんた」


 店主の眼つきが変わった。この眼は良く知っている。人殺しを何も躊躇わない奴の眼だ。明らかに堅気ではないね。


「私のことはどうでもいいでしょう。ちょっと依頼がありましてね。通してもらえませんか?」

「……あの人を誰と心得る。お前みたいなどこの馬の骨とも知らねえ奴に会わせるわけねえだろ――お前ら、こいつが“あの人”に逢いたいんだとよ! 代わりに相手してやれ!」

『おおおおお!!』


 店主の怒鳴り声と応じて、殺気を放つ男達が一斉に立ち上がる。うちの生徒も、これだけ素早く指示に従ってくれたら言う事はないだろう。一教師として、この店主の号令には感心する所がある。

 そんなことを考えていると、近くに座っていた男達から、酒瓶片手に襲ってきた。まさか、まともに武器を使う気すらないとはね。


「――フェルトさん」

「はいはい」


 応じたフェルトが、持っていたスーツケースを展開、それは瞬時に彼女の得物――蛇骨槍へと変わる。

 それで怯んだ男達にフェルトは一閃、リーチの伸びた槍の刀身が男達を吹き飛ばし、テーブルをひっくり返して壁に激突する。フェルトが本気を出したら壁なんて木っ端微塵になってただろうから、彼女なりに手加減してあげたらしい。僕なら見せしめに殺してたね。

 騒然とする酒場。フェルトは振り返ると、唖然とする店主に向かって一言言った。


「『毒蛇』が逢いに来た。そう彼に伝えなさい」

「ッ! ……分かりました」


 静かに店奥へと消える店主。周囲を睨みつけたフェルトは(まさに蛇に睨まれた蛙だ)蛇骨槍をスーツケースの形状に戻し、僕に向き直った。


「私を呼んだ理由ってこういうことね」

「理解が早くて助かります」


 やはり賢しい所も彼女の長所だ。






 やがて店主に通されたのは、店の地下の一室だった。

 どうやら、この店に来るVIP専用の部屋のようで、目的の『戦争屋』もここにいるのだろう。

 仕事は終えたとばかりに地上へ戻った店主を見送ると、僕は重い扉を開く。

 入った瞬間、聞こえてきた爆音に、僕とフェルトは顔を顰めた。中は思ったほどは広くなくて薄暗く、やがて爆音の正体は何かの音楽であることが分かった。

 この部屋の雰囲気にどこか懐かしさを感じる。記憶を探ってみると、日本にいた時に行ったクラブがこんな雰囲気だったなと思い出した。

 扉を開けて固まったままでいると、爆音が止む。目を凝らしてみると、部屋には一組の男女がいることが分かった。まるで一つの生き物のように絡まり合っているのを見ると、行為中だったか。だとしたら最悪なのだが。


「どうした、俺に用があんだろ。とりあえず中に入れよ」


 そのうちの一人、粗野な口調の男が中に入るよう促してきた。

 若干警戒しながら中に入ると、男も女もしっかりと服を着ていたので安心する。というか、男の方に至っては、過剰なくらいに衣服を着こんでいた。まるで砂漠でも横断するかのような恰好だ。顔もフードですっぽりと覆われ、表情すら分からない。まあ、それは僕も同じなんだけど。


「よお、フェルト。一月ぶりくらいか? シールでは元気に殺ってるかよ?」

「……変わらないのね、あなた」

「それが性分だからなぁ」


 戦争屋は、女をどかすと、軽やかに腰を上げた。


「で、お前の隣にいるそいつぁ誰だよ?」

「はじめまして。私は――」


 その瞬間、開けた口に何かが飛んでくる。それと共に衝撃、後ろに倒れる。

 やがて自分の口の中に突き刺さっているのは、果物ナイフだと分かった。


「今オレぁフェルトと喋ってんだ。テメエが喋っていいとは誰も言ってねえ」

「ガトー、それではもう“そやつ”は死んでおる。短慮はよせとあれほど言うたろう」

「うるせえなあ、別にフェルトさえ残ってりゃあ事足りるだろう」


 どうやら、戦争屋は思った以上に短気なようだ。

 頭上で、フェルトが溜息を吐いたのが聞こえた。


「はぁ……まあ、そう思うわよね」

「ああん?」

「そいつ、死んでないわよ」


 ちっ、相変わらず種明かしが早い。

 僕がゆっくり起き上がると、向こうの二人が驚くのが肌を通じて分かった。


「これは……驚いた。死の際から這い上がる者は散々見たが、よもや確実に死んでから蘇る者がおるとはのぅ」

「……ははは! お前、面白いなぁ!?」


 女が扇子で口元を隠して目を細め、戦争屋――ガトーは獰猛に吠えると、虚空から短剣を取り出した。右手の手のひらにチラリと魔法陣が見えたことから、先ほどいきなりナイフを投げたのも、そこに手品があるらしい。

 それはともかく、僕は口に入ったナイフを抜き捨てると、一応尋ねてみた。


「えーと……とりあえず話し合うっていう方法はないかな?」

「はっ、あるわけねーだろぉ!」


 言葉と共に、ガトーは襲い掛かってきた。


読んでいただきありがとうございます。

そういえば、先日ポイント評価の仕方が分からない、という方がいましたので、この場を借りて説明を少々。

この下にスクロールしていきますと感想欄がありまして、ポイント評価はそのもう少し下の所で付けることが出来ます。あくまで最新話のページでしかポイント評価は出来ないので、ご注意ください。

というわけで何度も言っている気がしますが、ポイント評価等頂けますと作者はとても喜びます。評価1でも意見として甘んじて受け入れますので、もし気が向いたら評価等をお願いします。

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