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ウィンデル到着

ちょっと駆け足な感じは悪しからず。

 ジリジリと肌を照り付けるような快晴の中に僕は降り立った。

 大きく伸びをして、腰をゴリゴリと回す。ずっと馬車の中で座っていたために体は悲鳴を上げ、お尻もヒリヒリと痛い。周囲を見渡すと、生徒達も似たような感想を漏らしていた。

 ハンサが言うには、馬車はこの世界ではメジャーな乗り物らしいが、彼の出身であるクロノス共和国だけは、例外的に自動車が普及しているらしい。是非とも、この国にも輸出してほしいものだが、生憎と道路の整備がまだ完全には進んでいないオルテシア王国では車に乗れる日はまだまだ遠いそうだ。


「よし、それじゃあ馬車から降りた生徒から順に並んでくれー! 邪魔にならないように道の端に寄るんだよー!」


 生徒も百五十人を超えれば日本の時ほどでもないが移動は大変だ。ギュンターやマリュー、ウルスラも次々と自分のクラスの生徒を誘導して並ばせる。何にでも興味を示す高校生くらいの年頃の生徒達だ。隣とお喋りしながらトロトロと移動するので、なかなか列が定まらない。


「さあみんな、すぐに並んでしまいましょう」


 しかし、それもカレンが声を掛ければ別の話だ。

 凄まじいリーダーシップを持つカレンが一声上げれば、うちのクラスはすぐさま秩序を取り戻し、どのクラスよりも早くまとまった。これ、本当に僕の必要性を疑いたくなってくるな。

 それから遅れること三分。ようやく他のクラスも並び終えた。徹夜続きで声に覇気のないウルスラの四組が一番遅かったのだが、マリューのクラスが、彼女の声に従って二番目に早く並び終えたのは少し意外だった。


「それでは皆さん。これからアカデメンの寄宿舎へと移動します」


 それから、ギュンターが移動中の注意事項を軽く話し、移動を開始する。

 ウィンデルの街に入れば、箱入りの生徒達は次々と歓声を上げ、周囲を見渡しては隣の生徒とはしゃいだ声を上げる。

 確かに、生徒達から驚くのも分かるほど、ウィンデルはシールよりも栄えた都市だった。やはり、王立魔法図書館があるために、来賓が街に来ることが多いことも関係しているのだろう。道はどこもレンガで舗装されており、道幅も総じてシールより広い。街の中心には広大な広場があり巨大な噴水もあり、正午の鐘が鳴ると、噴水が勢いよく噴き出し、生徒達から一番大きい歓声が上がった。尚、その中にマリューのはしゃいだ声が聞こえてきたのには聞こえないふりを装った。

 噂の魔法図書館は通らなかったものの、途中で遠くから見る機会があった。その外観は、なるほど確かに立派なものだ。シールで一番高い建物であるリリス中央病院は五階建てだったが、魔法図書館はその二倍、十階建てくらいの高さがあった。そして何より、それがコンクリートで建てられていたのだから驚く。一応この国でもコンクリートを造る技術はあるが、魔法で作るために手間がかかるため、シールでは専らレンガがほとんどだったのだ。更に、魔法図書館は地下にも広がっていると聞いた時には最早半笑いしか出てこなかった。

 さて、そうこうしているうちに目的の魔法学校、アカデメンに到着。着いた時には、向こうの一年生全員が暖かく迎えてくれたため、生徒の中でも一部感激する者もいた。

 通年、交流会先のどの魔法学校でも交流は一年生同士だけだ。何故なら、この時期は毎年学騎体の本選前のため上級生は忙しいから、ということなのだが、今年のセルベスは異常なくらい一年生の中から本選出場者が続出しており、完全に裏目に出た形になる。

 生徒達は手早く寄宿舎に荷物を置くと、簡単ながら壮行会を行った。それぞれの学校の代表がそれぞれ挨拶するだけのものだが、セルベスからは勿論カレン・オルテシアが、アカデメンからはユーディ・ブランという男子生徒が代表として前に出た。

 カレンはいつも通り、何かの演説かとも思えるほど非の打ちどころのない挨拶をし、対照的にブランの方は、少し慣れていない感じのする初々しい挨拶だった。教師としてはカレンの挨拶より、ブランの挨拶の方が可愛げがあって、よっぽど好感が持てるのだが。

 壮行会のあとは、長旅してきたセルベス側の生徒達を鑑みて、その日は休養日としたが、好奇心旺盛な生徒達だ。早速アカデメンの生徒達に積極的に話しかけ、早くも打ち解けているようだった。四泊五日、移動日を抜けば、実質二日程度しかこの街にはいないのだ。流れる時間を惜しむように、生徒達は積極的に交流する。

 僕達教師は、一応それの監督ということだが、実質は特にすることもなく休み時間だ。ウルスラなど、早くも部屋に戻って仮眠を始めた。僕も、夜に備えて仮眠しようかと思った時、意外なタイミングで待ちわびた動きがあった。

 場所は寄宿所の裏の木々が生い茂った場所。まあよくもこんな短時間でここまで絶好の場所を見つけるものだ。

 僕は、部屋を飛び出し、目的地に向かうまでに目星を付けていた生徒達に事情を話し、了承を得ると、すぐさま寄宿所の裏へと向かった。

 足音を殺し、ゆっくりとそこを覗くと、案の定そこにはアンドレイとオルガ、そして取り巻きのキーリとルべドがいた。

 オルガ達はアンドレイを取り囲むように陣取っており、その背中の隙間から、アンドレイが何かを渡しているのが見えた。


 ――やっぱり、いじめだったか。


「――おい、ここで何してるんだい?」

「!」


 僕がなるべく朗らかに声を掛けると、オルガ達が警戒心を露わにこちらを睨んだ。


「今は自由時間だけど、なるべく僕らの目の届く所に居てくれたまえ。それじゃないと、何かあったときに分からないからね――オルガ君、今君、何を隠したんだい?」

「……別に、なんでもねえよ」


 オルガがぶっきらぼうに言うので、僕は彼に近づき、尻ポケットに入れた物を取ろうとした。

 瞬間、鋭い裏拳が僕の鼻先を掠った。


「……触んじゃねえよ」


 それだけ言うと、取り巻き二人を連れてその場を後にする。残ったのはこちらと目を合わそうとしないアンドレイだけだ。

 ――裏拳も当たっていたら暴行もネタに出来たんだが、まあ十分か。


「大丈夫かい?」


 そんなことはおくびにも出さず、僕はアンドレイに笑顔を向けるが、沈んだ顔のままだ。

 その表情は、叱られるのを待つ子供のようで、僕は諭すように優しく語り掛ける。


「別にアンドレイ君に何があったかを根掘り葉掘り聞く気もないし、怒ることだって勿論ないよ。ただ、これだけは分かっていてほしいんだけど、僕は君の味方だ。これからも彼らには目を光らせておくし、なんならオルガ君たちを今すぐ懲戒してもいいんだ」

「ッ……それは!」

「分かってる、大丈夫だ」


 初めてこちらと目を合わせたアンドレイに僕は笑顔で頷く。

 勿論、いつもの安心させる笑顔で、だ――。


「そんなことをすれば、僕の目が届かない所でオルガ君たちが何をするか分かったもんじゃない。ただ、君は幸い一人じゃない。僕だけじゃなく、他にも味方はいるんじゃないかな?」

「あ……」


 僕が後ろに親指を向けると、そこにはルイスやフィーナ、カレンまでもが姿を見せていた。


「水くせーぞ、アンドレイ。同じ『カグヤ』でやってきた仲じゃねえか」

「今回ばかりはルイスに同意です。私はルイス達ほど長くはありませんが、それでもアンドレイとは何度も仕事を共にし、何度も助けられました。こういう時にあなたを助けることは当然のことです」

「オルガ君達も幼稚なことをするわ。やっぱり、所詮は貴族ってことなのかしら……」


 カレンはオルガ達が去っていった方を一瞥して、


「アンドレイ君、あなたもあなたよ。どうして私達に相談してくれなかったの」


 冷ややかな視線でアンドレイを射抜いた.


「ご、ごめんなさい!」

「もう……まあいいわ。ただし、これからは何かあったら私に報告すること。そのときはあなたが嫌がっても強引に事態の収拾を図ります」

「カレン様、それではアンドレイも言い出し辛いかと……」

「あら、私のクラスでいじめがあったなんてことが王位に就いてから民衆に流布されるよりは何倍もマシなことよ。それに、助けると言ったからには、アンドレイの心の安寧はオルテシアの名に懸けて実行するわ。だから、アンドレイはただ素直に喜べばいいのよ」

「は、はい!」

「流石次期国王様。言う事が無茶苦茶だぜ……」


 ルイスが嘆息したところで、僕は再びアンドレイとまっすぐ向かい合った。


「いきなり彼らを呼んだことについては謝る。だけど、君の味方はちゃんといるんだってことを証明したかったんだ。だから、君ももっと一人で抱え込まず、周りと共有してほしい。オルガ君たちの方は、僕も君に迷惑が掛からない範囲で対処するから、安心してくれ」

「……はい!」


 やっと、アンドレイが表情を崩した。

 それで安堵した僕は、アンドレイ達を寄宿所の方に誘導し、誰もいなくなったところで“それ”を回収する。

 ――やっぱり、アンドレイ君に付けておいて正解だったね。

 茂みの中から回収したのは、エンヴィの断片だった。スライム状のそれは、既に半ば枯れかかっており、魔力切れ寸前だったようである。

 アンドレイに仕込ませていたエンヴィは、僕が思った通りの働きをして、いち早く僕にいじめの現場を把握させてくれた。これで、クラスのいじめ問題は解決に向かう上に、いざという時にはオルガ達を強請る材料も集められた。

 なにせ、彼らはそれなりにマシな貴族の出だ。この程度の強請る材料でも、世間に知られれば、彼らの家としてもそれなりに痛手になるだろうし、なにより、貴族嫌いのカレン・オルテシアに目を付けられるのだ。殺人教唆などは難しいだろうが、軽犯罪程度なら従う可能性は充分あり得るだろう。僕の立場上、あまり使いたくない手であることは確かだが。

 とりあえず、これでクラスの問題があらかた片付いた。これで、この街に来た本当の目的の方に本腰入れて取り組めそうだ。

 僕は鼻唄を歌いながら、その場を後にした。


読んでいただきありがとうございます。

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