セニアの置き土産
「――よお、エリアスじゃねえか!」
最初に声を掛けたのはリヴァルだった。
気さくに話しかけたリヴァルに、エリアスも旧友に見せるような笑顔を向ける。
「リヴァル、久しぶりだな」
「こうやってちゃんと話すのは王宮にいた時以来かぁ? お前ってやつは理事長のくせに全然学校に来ることもないからなぁ――」
「理事長?」
聞き慣れない言葉に説明を入れてくれたのはギュンターだ。
「ああ、モンドール卿はね、王国騎士団長の役職も担いながら、同時にセルベスの理事長も兼任してくださっているのですよ」
「――とは言っても、最近は忙しくて、肩書きだけになってしまっていますがね」
苦笑した男――モンドールは僕に向かって、
「二人がお世話になっていますね」
と言った。
「二人、というと……」
「シドウとシズクです。あれらの保護者は私なのですよ」
ハンマーで殴られたような衝撃が走った。確かに、それならば二人の驚異的な才能には納得がいくが、あまり聞かされたくなかった事実であった。
そんな気持ちを決して表には出さす、僕は驚いた顔で頷く。
「なるほど……どおりで二人とも優秀なわけです。しかし、保護者というと……」
「ええ、二人は私の子供ではありません。養子というわけでもありませんし……まあ、やはり保護者というのが一番近いかもしれませんね」
「……なるほど」
イドウ兄妹の、あの外見――あまりにも日本人に近い容姿の答えが分かるかもしれないと思ったのだが、モンドールの態度は、遠回しにこれ以上の詮索を拒否していた。
すると、焼酎を御代わりしたリヴァルが――一体何杯飲むつもりだ――人差し指をモンドールへと突きつけた。
「けどよぉ、理事長だっつっても、お前も王国騎士団の仕事があるだろ? 来月には学騎体の本選だってあるんだ。この時期は来たる要人の皆さまの警護のために、騎士団の連中も大忙しだろうよ。そんな時期だってのになんでわざわざ来たんだ?」
皆さま、の辺りを皮肉げに強調するリヴァルに、モンドールも笑った。その笑みには、紳士的に見えるモンドールの素の性格が、リヴァルと通じるものがあるのだということが容易に想像出来た。
「いやな、最初はシリュウ達の入学の手続きとかを校長先生に渡そうと思って来たんだけどな。別件で急遽この街にしばらくいることになったんだよ」
げ、という声が漏れそうになる。
リヴァルは朗報とばかりにほがらかに笑った。
「おお、そりゃいいぜ! 今度から呑みたくなったらいつでもお前を誘えるじゃねえか!」
「おいおい、流石にそれは勘弁してくれ。俺だってもう昔みたいに一兵卒じゃないんだよ……まあ、時間があるときにな」
「へっ、なんだかんだ言って都合付けてくれるのがお前の良いところだからな。でも、別件って何のことだ? 王国騎士団長直々に来る任務って言ったらやっぱりオルテシア絡みか?」
「そうだなぁ……」
完全に雰囲気も口調も砕け、旧友と話す態度に戻ったモンドールは、少し迷った素振りを見せたあとに、口を開いた。
「実はな、先月の王女暗殺事件で、『狩人』と『屍術姫』の他に関与していたとされる手配者がいることが分かった」
「――――」
それで微酔状態が一気に醒めた。
喰いつきたい気持ちを必死にこらえ、リヴァルの返事を待つ。
「なんだと? そりゃ本当か?」
「ああ、尋問されている『屍術姫』が遂に吐いた」
あの女、やっぱりあのとき殺しておけばよかったのか?
いくら王女殺しが重罪でも、あのアリスがこんなに早く拷問に屈するはずがない。どうせ彼女のことだから、牢獄生活に飽きてきたので、ちょっとした悪戯のつもりでそんなことを言ったのだろうということが容易に想像できる。なにせ、ちょっとしたパーティー気分でマティアスや僕を殺そうとした女だ。
「で、その手配者の名前は?」
「そこまでは分からない。『屍術姫』が口を割るにはもう少し時間を要するかもな。だが、国王の意向としては、学騎体で王都に要人が揃うタイミングに合わせて、事件に関与した『屍術姫』とその共犯者をまとめて死刑にしたいらしい」
「まあさっきの話が本当なら、このままにしておけば王族の威光が失墜するのは避けられねえだろうからな」
「……ていうことはぁ、この街にまだオルテシアさんを殺そうとした手配者が潜んでいるってことですかぁ?」
「それは分かりません。普通に考えたら、既にこの街から離れていると考えるのが普通ですが、相手は王族殺しなんていう普通じゃ考えられないことをしようとした連中ですからね。ただ、皆さんの安全は王国騎士団長の名にかけて保証しますよ」
マリューが震えあがる仕草を見せると、すぐさま外様に向ける顔になったモンドールが力強く頷いた。その精悍な顔つきだけで、彼が強者だということが容易に想像できる。
なにせ、この国で王宮魔法師長を除いてただ一人、魔法師の頂点である一級魔法師の称号を持つ男だ。確か、超人ランキングを記載している『メル』では十番台――『怪物』と呼ばれる領域まで踏み込んでいる。同じく超上位層だったマティアスでも三十番台――『人外』のレベルまで達していたが、それすらも越える実力をモンドールは有しているということだ。そしてそんな怪物が直々に僕を探しているという。うん、今度学騎体の本選で王都に行ったときにでも、アリスさんは僕直々に殺しに行こう。そもそもあの人が大人しく死刑を受けるとも思えないしね――。
「まあ、そういうことで、私もしばらくこの街で厄介になりますので、街で見かけたら声でも掛けてください。お酒の一杯くらいは奢りますので――」
「なんだよ、結局お前も呑みてぇんじゃねえか」
リヴァルが笑うとモンドールも意地の悪そうに口の端を歪める。実は結構ヤンチャな性格なのかもしれない。
モンドールが店を出ると、リヴァルも自然に違う席へと移り、入れ違うようにしてウルスラがやってきた。病的なまでに蒼白い肌と寝不足で出来た目の下の濃い隈は、セニア以上にアンデッドのような雰囲気を醸し出している。
「すみませーん、遅れましたぁ……」
フラフラとした足取りで席に座ったウルスラは、一杯目にきた酒――飲まなくても分かるほどドきつい酒だ――を、一気にぐびぐびと飲み干した。まるで中身はビールか酎ハイか何かと錯覚するほどの豪快な呑みっぷりだ。
ウルスラはすかさず近くにいた店員を捕まえ、僕でも飲んだことのない高い度数の酒を注文する。彼女が酒に強かった記憶はないのだが、それだけ今日は痛飲するというサインなのか。
すると、ギュンターがウルスラを労わるように声をかけた。
「今日もここまで仕事だったのですか? 人手不足とはいえ、流石にこうも毎日残業続きでは先生の体が保たないでしょう……」
「お気遣い感謝します。しかし、お気になさらず。夏休みが明ければ、補充の先生がいらっしゃるらしいですし、今日は交流会前に、溜まっている仕事を一気に清算しただけで、普段はもう少し早く仕事は切り上げてますから」
「でも……それにしては先生の顔、全然元気って言えないんですけどぉ……」
マリューが言い辛そうに言うが、これには僕も全くの同意見だ。
本当に、アリスにはいなくなってからも、散々迷惑を掛けられるね――。
「ふふ、病人顔は昔からなの。それより皆さん、来週はこのメンバーで交流会に行くんですけど、親交を深める意味でも今日は飲みましょう~」
そう言って、ウルスラは新たに置かれた酒を一気に飲み干し、同じ物を四人分注文する。ああ、僕達はもう逃げられないのね。
それからウルスラのされるがまま、超ハイペースでお酒を飲んでいれば、いつの間にかギュンターはいなくなっており、マリューはだいぶ前にトイレに行ってから帰ってこなくなった。マリューはともかく、ギュンターについては流石の老獪さだった。
もう何杯目かも分からない消毒液のような酒を、ウルスラに勧められるがまま、一気に飲み干す。一杯目に飲んだやつと変わらず、全く美味しくはない。
「タイガ先生ってアルコールに強かったんですねー。潰れたところは見たことなかったですけど知りませんでした」
ウルスラが店員に注文して(一体いつまで飲むつもりだ)僕に幸薄そうな笑顔を向けた。
そんなことないですよ、もうだいぶやばいです、と答えようとしたとき、隣から突然声が掛かった。
「以前までは、よくセニア先生と二人で酒場に行っていたそうですから、それで強くなったのかもしれませんねぇ」
「……メルト先生、いつの間に隣にいたんですか」
アルティのクラスの担任であるメルトは、いつものはんなりとした笑顔を向けた。相変わらず感情が読めないというか、瞳から何を考えているのかが全く読み取れない。
いや、そんなことよりも、だ。メルトがこれだけ近くに来ていて気づかないとはどういうことだ。どうやら僕も思った以上に酔っているのかもしれない。先ほどモンドールが来て話した事実を聞いて、呑気に潰れてやるほど僕も暢気じゃない。
「――そういえば、ギュンター先生、帰ってきませんね。どこに行ったのかなぁ」
僕は周囲を見渡し、なるべく自然になるように席を立つ。
幸い、ウルスラからは何も言われなかったが、メルトには席を立つ背に声を掛けられた。
「カナキ先生、アルティはゼミの中でも元気?」
「? ええ、いつも通りですよ」
「そう、ならいいのぉ。最近、どこか元気が無かったようだから」
言われて、それがおそらくエトを手に掛けた時期だろうと検討がついた。確かに、いくらエトが生き返ったとはいえ、自分のやった行いを早々許せることもなかったのだろう。
「……僕がいない間、アルティ君たちをよろしくお願いします」
「うふふ、まるで自分の子供みたいな言い草ねぇ」
店を出るとき、後ろからそんな楽しそうな声が聞こえた。
読んでいただきありがとうございます。
次からはやっとウィンデル編です。




