宴席での邂逅
「それでは、乾杯!」
『かんぱーい!』
教頭の掛け声と共に、店内にグラスを突き合わせる音が響く。
同じ卓に座っていた人達と乾杯すると、僕はジョッキに入ったビールを一気に飲みこんだ。美味い。やっぱり夏に飲むビールは格別だね。
「おお、カナキ先生良い飲みっぷりですねぇ。お酒、結構好きなんですかぁ?」
「ああ、うん。普段はお酒自体そんなに飲まないけど、飲むときは結構飲むかな。それに、今日でやっと選抜戦も終わって、仕事から解放されたからね。今日は調子乗ってたくさん飲んじゃいそうだよ」
「タイガ先生は養護教諭でしたし、特に大変でしたでしょうからね。お疲れ様です」
「お疲れ様でぇす」
同じ卓に座る同僚、マリューとギュンターが労いの言葉を掛けてきてくれる。
今日はセルベス魔法学校の大きな行事の一つ、学生騎士大会の選抜戦が終了し、教員全員で街の居酒屋に打ち上げに来ていた。セルベス学園は日本の高校と比べると、それほど大きい学校ではなく、教員もせいぜい三十人に満たないくらいだが、それでも全員が集まればそれなりの人数になる。特に決まりはないが、ほとんどの卓は何らかの関係がある教員同士で固まって座っており、僕達の卓は、自然と一年生の学級担任が集まる形となった。ちなみに四組の担任であるウルスラはいつも通り残業に追われ、遅れてくるそうだ。
始まってしばらくは、マリュー・カンナミラやエルピス・ギュンターと、それぞれのクラスの情報交換を行っていたが、やがて僕の所に選抜戦を取り仕切っていた教官たちが挨拶にやってくる。
「よぉ、カナキ先生。お互い大変だったなぁ」
「リヴァル教官。本当にお疲れ様です」
その教官たちの中の大元締め、リヴァル・フォン・ゲインシュトゥルトがやってくると、マリューの隣の席にどかっと座った。ウルスラが座る予定の席だったのだが、まぁ彼女がやってきたら自分の席に戻るくらいの常識がリヴァルにだってある。だからマリューもそんなに嫌な顔をリヴァルに向けないでほしい。もしそれでリヴァルが癇癪を起こしたらと考えると、こちらの心臓に悪い。
「それにしてもカナキ先生の所のクラスはすげえなぁ。いくらオルテシアがいるにしても、一年のクラスから本選出場者が五人も出たことなんて俺の知る限り一度もねえぞ」
「ご、五人!? カナキ先生、それ本当ですかぁ!?」
マリューが驚いた声を上げ、ギュンターも小さく感嘆の息を漏らす。
「僕が何もしてあげられていないのが悔しいですけどね。カレン君を筆頭に生徒達の中で自主的にトレーニングを行っているらしくて」
「ほう。流石は求心力の高い次期王女様だな」
リヴァルが言うと、不思議と嫌味に聞こえなかった。
「しかし、それじゃあ尚のこと、来週の交流会は楽しみだな。俺も出来ることならついていきたかったぜ」
「はは、まぁ戦闘科の先生たちは、これから本選出場者の特訓の指導で忙しいでしょうしね」
リヴァルが言う交流会とは、日本の学校でいう修学旅行の簡易版のようなものだ。
対象は一年生のみで、四泊五日の研修を通して、同学年の生徒達の交友関係を深めるのが目的だ。同時に、研修先は毎年どこかの魔法学校なので、研修先の学校での交友関係を作ることも推奨している。
「確か今年は……」
「書物の街、ウィンデルですね。アカデメンという学校がある街です」
ギュンターの説明に、マリューが声を弾ませる。
「ウィンデルって、バリアハールの手前に位置する、ここから東にある街ですよね! 私、行ったことないから楽しみなんですよぉ」
「へぇ、マリューさんでもないんだ」
大貴族のカンナミラ家の令嬢なのだから、てっきり行ったことがあると思っていたが。
「だからカナキ先生、マリューでいいですって……カンナミラの実家は、王都を挟んで逆方向にあるので、これまで訪れる機会に恵まれなかったんです」
そう考えるとカンナミラ家の令嬢が、こんな実家から遠く離れた街で教師をしているというのも珍しい話だ。おっとりしているように見えて、実はかなりの行動派なのだろうか。
そんなことを考えていたが、リヴァルの次の言葉に僕の興味はすぐさま移った。
「まぁウィンデルっつったらあれだよなぁ、王立魔法図書館だろ。な、エルピス先生?」
「ええ、そうですね。なんといっても、この国で最も多い蔵書数を誇る図書館ですから。なんでも、図書館に秘蔵された魔法書を読むためだけに、宮廷仕えの魔法師も訪れるくらいだそうですから」
ワイングラスを傾けるギュンターに、僕はそれとなく話を促してみる。
「秘蔵された魔法書、と言いますと、例えばどんな本があるんですか?」
「そうですねぇ……種類はそれこそ沢山あるでしょうが、宮廷仕えの魔法師が閲覧するものとなると、現存する最上級魔法の一覧書や、希少素材ばかりを使う一級品の魔導具の作成レシピとかでしょうかね」
「へぇ……王宮仕えの魔法師ならば、その図書館の蔵書すべてを閲覧出来たりするんですかね?」
「ふうむ。そのあたりは私よりもリヴァル先生の方がお詳しいかと」
「ん、俺か? そうさなぁ……」
リヴァルは手に持ったジョッキ――中身はビールではない度数の強い酒だろう――を仰ぐと、ジョッキをテーブルに打ち付けた。
「ああ、そうだ、あれがあるぞ! ほら、禁忌指定の魔法の一覧書だ。ありゃ歴代の宮廷魔法師長が禁止した魔法の研究やら実験の数々を書いたこの国でもダントツでやべえ本だからな。あれを閲覧できるのはこの国でも国王と宮廷魔術師長くらいだな」
「……そんなものがあるんですね」
「ま、俺たちには縁のない本だ。他のなんでもねえ一般書とかなら、珍しい物とかでも全部あの図書館には蔵書されてるからな。俺たち教師が行っても楽しめると思うぜ」
「そうですね。僕もウィンデルは初めてなので、楽しみにしてますよ」
そこで話を区切ろうとしたとき、聞き慣れない声で話に入ってくる者がいた。
「――失礼。私も話に入れてもらってよろしいでしょうか」
「? ――ッ!?」
声の主の方を見て、僕は一瞬凍り付いた。
柔和な笑顔をこちらに向ける男の顔、それには見覚えがあった。
エリアス・リ・モンドール。
オルテシア王国騎士団長にして、国中で二人しかいない一級魔法師の一人。
王国最強と謳われる男が、目の前で微笑んでいた。
読んでいただきありがとうございます。




