違和感
Side カナキ
「はぁあ!」
「うぇ!」
情けない悲鳴を上げたのは僕だ。
見事なミドルキックを喰らった僕は体をくの字に曲げ、下がった頭にトドメとばかりに繰り出された蹴りをギリギリガードした。
「いや、ちょ。ストップ!」
「? なんですか?」
「いや、どう見ても一本入って君の勝ちだったから! なにさらっとトドメを入れようとしてるんだい!?」
澄ました顔のフィーナに食って掛かる僕。
しかし、練習会の中でフィーナに一撃もらったのは今日が初めてだ。やはり、昨日一昨日とほとんど寝ていないのが原因かもしれない。
「……初めて先生に一撃入れることが出来ましたが、今日の先生の動きは私から見てもはっきりと分かるくらい精彩を欠いていましたからあまり納得できません」
すると、どうやらフィーナも気づいていたらしい。ちらりとエトを見ると、彼女も困った顔で頷いた。そんなに露骨にバレていたのか。これは反省しなくてはならない。
「ううん、ごめんね。ここ数日、仕事が多くてあまり眠れていなくてね」
「あー、そういえばカナキ先生って養護教諭だから選抜戦の関係で忙しいもんねー。ウルスラ先生は自分の授業の掛け持ちでいっぱいそうだし」
「やはりそうでしたか……ですが、体調管理も重要な仕事の一つです。あまり無理をし過ぎて体調を崩してしまうならば元も子とありませんよ」
「ははは……肝に銘じておくよ」
アルティの勝手な解釈が都合良かったため、話を合わせることにした。とはいえ、最近はフィーナに説教されることが増えてきた気がするので、教師としての尊厳に賭けて、そろそろ気を付けなければいけないと思う。
何て言ったって僕は教師だ。生徒に見られて恥ずかしくない行動をいつも取らなきゃいけないからね。
「それじゃ、悪いけど今日は口頭の指導に徹させてもらうよ。それじゃ、次はアルティ君とフィーナ君でやってみなさい。――あ、アルティ君は魔法全般全て使用していいからね」
「お、りょーかいです!」
「ちょ、カナキ先生!? 流石にそれは私でも――」
フィーナの文句を無視して試合開始の笛を鳴らす。開幕早々、アルティが無駄に完成度の高い『魔力執刀』を展開してフィーナに斬りかかる。なお、アルティはそれ以外の魔法についてはほとんど進歩がない模様。
「あの、先生、具合の方は大丈夫なんですか?」
「あ、うん。寝不足でちょっと調子が悪いだけだから」
近寄ってきて心配そうな声を上げたエトに、僕は試合から目を離さずに答える。
「そうですか……そういえば、ハンサさんの方はあれからどうでした?」
そういえば、ハンサは一時の間、エトとアルティにも看病してもらっていたな、と思い出した。
「ああ、ハンサさんはあれから闇医者に見せて今は入院してもらっているよ。あのときは二人とも迷惑かけたね」
「いえ……ハンサさんは、お父さんとも仲が良かったですし、アルティちゃんは、先生のご同行の方っていう説明で納得しています」
アルティには僕の事を、王国から秘密裏に派遣されたエージェント、ということで説明している。マティアス絡みのゴタゴタした騒ぎのときに咄嗟に吐いた嘘だったが、あとから検証してみると、これが意外にありそうな話で、我ながら上等な嘘だったと思う。
勿論、アルティがこうもスムーズにこの嘘を信じているのはエトのフォローもあったためだろう。本当に、彼女には頭が上がらない。
「ありがとう、エト君。君の方からもフォローしてくれたんだろう? いつも迷惑掛けるね」
「そんな……先生のお役に立てているなら、私は本望です。それに……」
そこでエトは間を開けた。何か言うのは躊躇っているような、そんな沈黙だった。
やがてエトの方から、何か意を決したように息を呑む音が聞こえた。
「あの、先生……。先生は、しばらくは“あっちの方”のお仕事は休むって、この前言っていましたよね」
その声は少しだけ落とされていた。
「ああ、そうだよ」
「その、今日クラスで『カグヤ』に所属してる人が話してるのを聞いたんですが、ミシーレクロムの方で、手配者の遺体が見つかったそうです」
「へえ」
そこの遺体というと、フェルトと一緒に歩いていた女の物か。僕の家を見張っていた手配者たちは、場所や人数の問題から僕に疑いの目が向けられる可能性があったため、全員の死体を完全に処理する必要があったが、ミシーレクロムの女の方は距離もあり、なにぶんそのときは時間も無かった。後回しにしていたが、他にも色々と仕事がありすぎて結局片付けずに終わったままだった。
「ミシーレクロムというと、アルティ君の家が近いじゃないか。君たちは大丈夫だったかい?」
「はい、家から歩いてすぐのところだったんですが、私達には特に何もありませんでした。けど、その『カグヤ』の人達が話してたのは、他に何人もいた手配者たちが、その日を境にパッタリと姿を見せなくなったそうなんです」
「てことは、その姿を消した手配者たちがその人を殺したのかな?」
「……『カグヤ』の人も、その翌日に旅館の一室で見つかったもう一人の女性の死体、それと壁中に飛び散った大量の血液から、同士討ちしたんじゃないかって言ってました」
「ううん、まあそうだよね。けど、やっぱりこの街も本格的に荒れてきたってことだね。仕事を減らして正解だったよ。最近は選抜戦も忙しくて、この通り睡眠不足だしね――」
「あの、先生」
「うん、」
「違いますよね?」
そこで初めて、僕はエトの方を見る。
エトの瞳は、不安に揺れていた。
だから僕はいつも通り、あの安心させる笑顔を浮かべる。
「――何がだい?」
するとエトも、無理やり作ったような――歪な笑みを返してきた。
「……いいえ、なんでもないんです」
六章終了です。
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