『ヤモリ』 オレーヌ
Sideカナキ
扉を開けた瞬間、こめかみに硬い感触が押し当てられた。
目線だけ横に動かすと、眼つきの鋭い女性が無表情でこちらに銃口を向けていた。
「ここまで来たのは評価するけど、あと一手足りなかったね」
目線を前に戻すと、小柄な少女が椅子に座って足を組んでいた。昨日見た『共喰い商人』、サーシャ・クロイツェだ。
その、絵に描いたような無防備ぶりに僕は思わず笑いそうになった。
「……随分余裕ですね」
「そりゃそうだよ、君はもう終わりだもん」
「こんな玩具で僕を殺せるとでも?」
サーシャはカップを持ち上げ、紅茶を啜る。
「君が何かの魔法で死なないのは知っているよ。けど、気づいてるんじゃない? この部屋で魔法は一切使えない」
「……へぇ」
僕は、試しに魔力執刀を展開してみようとするが、なるほど。魔法を展開するどころか、魔力を熾すことさえできなかった。
どうやらここには、昨日ハンサの店で使われた物とは比べ物にもならないような強力な石が置かれているらしい。
「理解できたかな。ちなみに、隣にいるのはオレーヌちゃん。この娘もレートS代だから、この状況じゃああなたも流石に倒せないと思うよ」
「……」
僕はこの女、『共喰い商人』を過小評価していない。腕っぷしが強いわけでもなく、それでもAレート代に食い込むというのは、かなり優秀な部類だろう。彼女の護衛も人数が多く、なおかつ粒ぞろいだった。
そんな彼女が今、僕の目の前でこれだけ余裕にしているということは、よほど僕の置かれている状況が絶望的なのだろう。
僕は肩を竦めると、降参とばかりに両手を挙げた。
「それで、僕に何の用ですか?」
「え?」
「惚けなくてもいいですよ。使い道が無かったら、この部屋に入った瞬間にそれで撃ち殺されてるでしょう。何か訊きたいことでもあるんじゃないですか?」
彼女は、一度目を細めて僕の瞳を覗き込んだ。
僕が表情を変えず、そのままでいると、やがて彼女は話し始める。
「まず一つ目、どうやってここまで来たの」
歩いてですよ、と言おうとしたが、流石にやめた。
「僕の周りをうろついていた蠅の手足をもいだら答えてくれました」
彼女は特に驚いた様子もなく次の質問に移った。
「二つ目。フェルトちゃんが今どこに向かっているか知ってる?」
「今頃、慌ててこの部屋に向かっているところでしょうね。あなた達の狙いは潰しておきましたから」
今度は、向こうも少し驚いた表情を見せた。
「私達の行動が分かってたの?」
「いいえ。ただ、『毒蛇』相手にあれだけ言っておけば、不穏分子を可能な限り排除したがるあなたの事ですから、何らかの手は打ってくると思っていました」
まさかそれがこんなに早いとは想定外だったが。おかげで全体の三割も準備できずに実行に移さざるを得なくなった。
「ふぅん。ま、そこらへんは帰ってきたフェルトちゃんから詳しく聞くとしよう。最後に、君が売ってるあのとんでもない魔晶石について話を訊きたいんだけど」
「え」
素でびっくりしてしまった。まさか、ハンサが拷問に屈してゲロってたのか?
そこまで考えて、そういえば昨日、フェルト相手に自分から使ったことを思い出した。だったら気づくわな。
「あれって製造方法とかの資料って無いの?」
「僕の頭の中に」
彼女は再び紅茶を飲む。頭の中で考えを巡らせているようだ。
「オレーヌちゃん、死んだ人の頭の中を覗ける魔法ってあったっけ?」
「……それはありませんが、死体に憑依して、その死体の生前の記憶を全て理解できる魔法を有する者はいたはずです。確か、『屍術姫』とか言う」
ちょっと待て。
「あれ、それって確か、この街にいた人だよね?」
「はい。しかし、現在は王都の刑務所にて収容されているはずです」
「じゃあ、その人から聞けばいっか」
まるで今晩のメニューを決めるような気軽さだった。
「それじゃあ、訊きたいことは訊いたし、もういいかな」
「あの、もう少し、僕が命を繋げられそうなネタはないのかな?」
「馬鹿だなぁ。フェルトちゃんの誘いを断った時点で君が死ぬのは決まってたんだよ」
銃声。
次いで、耳元で何かがぶつかる音がして、僕が倒れていることに気づいた。
「それじゃあオレーヌちゃん。死体は後で使うことになったから、塩漬けにでもして、収納の魔導具にでも入れておこうか」
「……サーシャ様。お下がりください」
ち、気づいたか。
次の瞬間、飛び跳ねるように起き上がった僕に向かって、オレーヌと呼ばれた女性は素早く引き金を二回引いた。
「がっ!?」
短い悲鳴を上げたのは僕だ。オレーヌの撃った弾は、それぞれ僕の両目に命中。火薬で熱された弾丸が僕の眼球を溶かしながら眼窩を貫通し、脳裏に耐えがたい苦痛を与えられる。
一時的に視界を奪われ、また発砲音。次は大腿部をやられ、動きが止まったところで連続して射撃、しかもその全てが頭を狙ったもので、頬肉を貫通し次々と侵入してくる弾丸が軟口蓋を食い破る。あまりの容赦のない射撃に思わず苦笑しそうになったが、笑おうとしたところで下顎が丸ごと吹き飛んだ。
十数秒の苛烈な銃撃の後、弾切れになった銃が床に落ちた音が聞こえ、やっと両目が再生され、最初に目に移ったのは、オレーヌが無表情でナイフを振りかぶる光景だった。
真横に一閃。視界がグルグルと回り、やがて壁にぶつかり、首から上が無くなった僕の身体を遠目から見た。あっという間の早業だった。
だが、それで終わりだ。
「ごッ!?」
首を飛ばし、完全に動きを止めたと確信していた身体、それがいきなり振るった拳を、オレーヌは全く回避できなかった。
突き刺さった拳を更に押し込み、オレーヌを壁まで吹き飛ばしたところで、視界が暗転、直後に頭が再生して、視界が元の位置に戻る。
苦しそうに身体を折り曲げながらも、なんとか立ち上がろうとするオレーヌに、僕は素早く銃を抜き、続けて引き金を引く。
三発目くらいまでは反応を示していたが、その後は、撃たれる度に痙攣したように震えるだけで、弾が尽きた頃には既に動かなくなった。
用心しながら近き、頭を蹴って顔を確認するが、鼻骨が砕かれ鼻が曲がり、既に死んでいることは開き切った瞳孔から見て取れた。
できれば生け捕りにでもしたかったが、魔法なしでそれが実現できる相手でも無かった。幸い、ここにはもう一人いるわけだし、それで我慢しよう――。
そこで、椅子に座ってそれを見ていた、いや、動けなかった『共喰い商人』に向かって、安心させる笑みを浮かべた。
「それじゃあ、ここじゃなんですし、ちょっと場所を変えましょうか」
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