凶弾
それから一時間ほど経った頃、フェルトは仲間と共にシール一の大通り、ヴァンクール通りを歩いていた。
陽は既に傾き、空は灼熱色に染まり、通りは帰宅ラッシュで大勢の人が闊歩していた。
エト・ヴァスティを誘拐するために付いてきたのは『白疾風』だ。レートはBと、戦力としてはあまり期待できないが、中級魔法の『水霧』が使え、有事の際の撤退時に役立つ、いわば「逃がし屋」という仕事を生業としていた。それに、フェルトも『白疾風』も手配書に顔までは載っていないので、変装せずに堂々と大通りを歩けるというメリットがあった。フェルトの持つ蛇骨槍も、今はトランクケースの形に変えて持ち歩いている。
「――にしても、こんな簡単な仕事、私一人でも良かったと思いますけど。確かに、フェルトさんとかオレーヌさんに比べると、私なんて全然ですけど、そんなに信用ないんですかね?」
その拗ねたような口調に、フェルトは出来るだけ申し訳なさそうな顔を作った。
「ごめんなさいね? 無理やりあなたに付いてくるように言ったのは私なのよ。いつもなら問題なくあなた一人にお願いするんだけど、今日はどうにも嫌な予感がして……」
「高レートの人特有の勘ってやつですかね。くぅ、格好いいっすねぇ」
嫌味ではなく、素直にそう思っているようで、フェルトは胸を撫でおろした。彼女とは共に仕事をすることが多いのだ。別に仲良しこよしでいたいわけではないが、良好な関係を作っておくことに越したことはない。
目的地であるリーゼリット家は、ヴァンクール通りから二本外れた先の住宅街、ミシーレクロムという場所に住んでいるらしい。平民の中では、そこそこ裕福な家庭が住む住宅街だが、やはり貴族が多く住む住宅街よりも、駐屯兵団の見回りは少なく、駐屯兵団の立て直しが図られている現在では、ロクな見回りもされていないらしい。
それからミシーレクロムに入った頃には、完全に陽も落ちて、街灯が道を照らす時間になっていた。
リーゼリット家まではもうすぐというところで、フェルトはもう一度、カナキを監視している内の一人である『炎色鮫』に通信用魔導具で連絡を取った。
「『イレイサー』に動きはない?」
『――はい。先ほど、部屋に電気が点いた所で、人影が動いているのも分かります。あれから外出することもなく、目立った動きは未だありません』
「そう。そのまま監視をお願い」
通信を切ると、『白疾風』がこちらを見上げた。
「向こうはこっちの動きに気づいていないんですかね?」
「どうかしら。さっき会った感じだと、向こうも私達のやり口は多少なりとも把握している感じだったけど……」
流石に準備の時間が足りないと言ったところだろうか。まぁいくら頭が切れようと、流石にこの人数差は物理的にどうしようもない。
あと懸念が残るとしたら、エト・ヴァスティ自身の戦闘能力といったところだが、こればっかりは直接手合せしないと分からない。理想としては、荒事になる前に、穏便に彼女を誘導することだが、先ほど彼女と一度会ったとはいえ、今日が初対面の相手に付いて来るほど警戒心は薄くないだろう。商人であるサーシャと長いこと一緒にいて、フェルトも舌はそこそこ回る方だが、果たしてうまくいくか。
そんなことを考えながら道を左に曲がると、その道は隙間なく隣接していた家々が、歯の抜けた櫛のように所々空き地になっていた。
最近取り壊したのか、空き地に雑草などは生えておらず、中央に土地の購入者希望の看板が寂しく佇んでいるだけで、丁度空き地の先には、この街随一の高さを誇るリリス中央病院が見えた。
「あれって噂のリリス中央病院ですよね。この前王女暗殺未遂が起きたっていう」
「ええ。たった一人にこの街の駐屯兵団と治安維持部隊が半壊されたっていうんだからすごい話よね」
私も見たかったな、とフェルトは少し目を細める。出来ればこれから攫うエト・ヴァスティも穏便に連れ出し、隙を伺って彼女の父の話を聞きたいものだ。まあ無理だろうが。
そうしてフェルトが病院から目を離そうとしたとき、視界の端で何かが光った気がした。
なんだろう、と視線を戻そうとしたとき、隣を歩いていた仲間の身体がぶつかった。
「あ、」
ごめん、と謝ろうとしたとき、その仲間の瞳が何も見ていないことに気づいた。
そのまま倒れた『白疾風』のこめかみからは、穴の開いたホースから水が漏れるように、ドロドロと血が流れ落ちていた。
読んでいただきありがとうございます。




