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毒蛇

今回も長いです。どうしたんでしょう。

「すみませーん。シャロンさん、ですよね?」

「ん、来たわね」


 エリアスの紹介で駐屯兵団の詰所に来たシリュウとシズクは、すぐに目的の人物を見つけることが出来た。この世界でも、シャロンの青髪は珍しい。


「お久しぶりです、シャロンさん」

「一年ぶりくらいかな。本当に久しぶりね。シリュウ君も、ちょっと背が伸びたんじゃない?」

「そうですか?」

「ええ。前は男の子って感じだったけど、今はちょっぴり大人っぽくなったわ」

「それはそれで複雑ですけど……」


 笑顔で話すシャロンだったが、その顔には隠し切れない疲労の色が見えた。


「あの、シャロンさん……お仕事お忙しいんですか?」

「ん……シズクちゃんは相変わらず鋭いわね」


 困ったように笑うと、シャロンは周りをせわしなく行き交う同僚たちを見て目を細めた。


「先月この街で起こった事件については二人とも知ってるわよね? あの事件で駐屯兵団からは十人以上の死者、三十名以上の怪我人、そして団長であるシヴァ・ラーメリックの殉職で組織内はガタガタ。亡くなった方のほとんどはベテランの団員だったのもあって、今は通常の仕事をこなすのでさえ精いっぱいの状況なの。若輩の私でさえ、副団長を任されるほどにね」

「え、シャロンさん副団長なんですか!?」


 シリュウが驚いたように、シズクもその事実は知らなかった。だが、彼女の能力の高さを考えれば妥当な判断だとも思った。


「ええ。それに今はちょっと、というか、かなりマズい情報が夕方に流れてきて、さっきまではもうパニック状態だったのよ」

「え……何かあったんですか?」


 シャロンは一瞬迷う素振りを見せたが、シズク達を見て再び口を開いた。


「王国の東にあるバリアハールっていう街は二人とも知ってる?」

「はい。確か、商業都市ですよね? すごい遠い所なので行ったことはありませんけど……」

「ええ。その遠い所から、どうやらこの街に来た輩がいるって情報が入ったんだけどね。それがまた厄介な相手でね……」

「というと?」


 やがてシャロンが見せたのは、今月の手配書だったが、よく見るとそれは、この街の物ではなかった。


「バリアハールの手配書よ。その中に載ってる『共喰い商人』と『毒蛇』が今回の招かざる客よ」


 言われて、シズクは手配書をめくるシリュウの手元を覗き込むと、『共喰い商人』の方はすぐに見つかった。今注目を集めている手配者が載る、最初のページに載っていたからだ。


『共喰い商人』サーシャ・クロイツェ レートA-

 備考:通称は裏世界の商人ばかりを殺すことから付いた。裏世界の商人たちを脅して無理やり商品を売らせ、期日までに売り捌けなければ殺害する。本人に戦闘能力は皆無だが、常に強力な用心棒を雇っている。


「……まさに共喰いですね」


 シリュウの呟きにシャロンが頷く。

 更にページをめくっていると、『毒蛇』もすぐに見つかった。


『毒蛇』フェルト・? レートS+


「S+ですって!?」


 シズクが思わず声を上げ、シリュウの眉間に深い皺が寄せられた。


「シズク、しかもコイツ、それだけじゃねえみたいだ」

「え……ッ!」


 シリュウが指を置いたのは備考欄。そこには信じがたいことが書かれていた。


 備考:魔力を持たない。






 店の中は不気味な静寂に包まれていた。

 ハンサの名前を呼ぼうとして、すんでのところで呑み込む。

 ――何かいる。息を殺し、こちらを見つめる蛇の気配が。

 今から引き返すか。扉はまだ閉めておらず、一歩後退すればすぐに外に出ることが出来る。

 そこで僕は、纏っていた天衣霧縫(ミストヴェール)が安定しないことに気づいた。魔力制御も安定しない。その原因を考えて、すぐに思い出した。そうだ、この店に置いてある魔力阻害の石の影響だ。

 やはり、ここは分が悪い。ハンサには悪いが、ここは退散しよう。

 そう思い後ずさろうとしたときだった。

 後ろの扉が、いきなり閉まった。


「ッ!?」


 その瞬間、音も無くこちらに近づいてくる気配を察知した僕は、即座に魔力執刀(チャクラメス)を展開する。多種魔法(ハイブリッド)タイプで展開したうえに、魔力阻害の影響を受けているために、生徒には赤点を出すレベルの精度の刃だ。


「くっ!」


 経験と直感だけを頼りに、刃を振るうと、がちぃん、と確かな手ごたえ。しかし、直後に魔力執刀(チャクラメス)は砕かれ、鈍器で殴られたような衝撃で体が吹き飛び、壁に激突した。

 肺から空気が押し出されるも、呻いている余裕はない。

 相手が再び接近してくる気配。昔、マティアスから手ほどきを受けた視界ゼロでの近接戦を思い出し、目を閉じ、風を読む。


「ッ!」


 僕は首だけを振り、頭を狙った刺突を躱すと、相手が息を呑むのが分かった。今ので仕留められると確信していたのだろう。

 だが生憎、僕の得意分野は遠距離の魔法戦ではなく、近距離の格闘戦だった。


破砕(サイファ)


 マティアスに教わった、一極集中の破壊の一撃。

 しかし、拳からは硬い感触が返ってくる。先ほどの鈍器のようなもので防がれたか。

 相手が滑るように後退する。と同時に、部屋に明かりが灯った。


「――驚いた。暗闇での近接戦闘が私より得意な人がいるなんて」


 果たして現れたのは、漆黒の美女だった。

 身に纏う漆黒のドレスには横に深いスリットが入っており、チャイナドレスのよう。黒髪に赤い瞳、泣き黒子が特徴的だが、何より目を引くのは彼女の持っている得物だ。

 先ほどはあれに殴られたのだろうか。今日、シリュウが持っていた大剣に勝るとも劣らない大きさのそれは、先端が尖り、根本が太く、まるでドリルか重槍のようだ。その真っ白いドリルには、一定間隔で細い切れ目が入っており、余計ドリルのような印象を持たせる。


「あなた、この街の駐屯兵団じゃないわよね。他に仲間がいるわけでもないし。ここの常連さんかしら?」


 値踏みするようにこちらを眺める美女が目を細めた。一挙一動が妖艶で、何ともいえない大人の女性の魅力を醸し出している。セニアが、似たような雰囲気を持っていた。

 だが、セニアが造られた感じだったとしたら、この女は人間味がない、どこか蛇めいた妖しさを醸し出している。まるで、こちらを丸呑みにせんと鎌首をもたげているような、獲物を見る瞳で僕を射抜いてくるのだ。


「……この店の店主はどうしました?」


 女の言葉を無視して問いを投げると、女は肩を竦めた。


「ちゃんと期日までに売り捌けってサーシャは言ったのにねぇ。あの店主、頑固そうだからこうなるような気がしてたけど」


 その発言で、目の前の女が以前ハンサが話していた魔力阻害の石を売り捌いている商人の一派だと分かった。おそらくは、その商人の用心棒というところだろうか。


「でも、まだ間に合うかも。向こうの部屋にサーシャといるから、心配なら見てきたら?」

「……いえ、彼も立派な大人なんですから、自分のことは自分でなんとかするでしょう」

「あら、遠慮しなくていいのよ? どうせあなたも無事には帰れないんだから」

「……ですよねぇ」


 僕は溜息を吐いた――瞬間、クイックリリースで腰にあった銃を抜き、数度発砲。

 女は、まるで読んでいたとばかりに、驚異的な身軽さでそれらを躱す。


「だからなんでみんなこれを当たり前に躱すのかなぁ」

「殺気はなかったけど、表現がオーバー過ぎたのよ。演技が下手ね」

「それ一番傷つくんですけど!」


 僕は更に発砲し、その間に魔力を熾す。石の影響で、その精度はいつにも増して格段に低い。


「遅いわよ!」


 やがて弾切れになり、その瞬間女がぬるりと襲い掛かってくる。

 僕は舌打ちとともに銃を投げ捨て、『鉄の籠手(アイアン・ガンドレッド)』の魔術で拳を強化する。

 女の刺突を拳で受け止める。華奢な女とはアンバランスの無骨な得物だが、それをレイピアかのように女は容易く振るう。


「モンクか何かかしら。それにしては顔も隠して小細工の多いこと!」

「恥ずかしがり屋なもんでね!」


 刺突をどうにか受け流し、間合いに滑り込むように女の懐へと潜る。この間合いなら、先ほどのようにドリルでガードもされない。


「づっ!?」

「惜しい~」


 しかし、そのとき僕の背中に鋭い痛みが走る。振り返ると、彼女が持っていたドリルが、なんと真ん中から刀身が数珠のように分離して、ワイヤーで伸びた後、ターンして先端が僕の背中に深々と突き刺さっていたのだ。


「蛇腹……剣、だって?」

「? はいドーン!」


 女の武器がギシギシと唸り、先端に突き刺した僕を持ち上げて、そのまま勢いを付けて壁へと激突した。受け身も取れずモロに突っ込んだ僕は、頑丈なレンガの壁を突き破り、全身の骨を粉砕される。


「あら、思ったよりうるさかったわね。上の階とかに気づかれないと良いけど……うん?」

「…………随分、えげつないことしてくれますね……」


 赤い雷を迸らせ、あらぬ方向に曲がった手足をゴキボキと戻らせる僕の姿を見て、女は感極まった声を上げた。


「す、す……素晴らしいわぁ! 何その能力!? あなたがいれば、一々奴隷(おもちゃ)を壊した後、奴隷市場で買い直す必要がなくなるじゃない! エコだわぁ!」

「……そんな反応した人、あなたが初めてですよ……」

「それに、顔も私好みの爽やか系だし、もう文句ないわ!」

「え……ッ!」


 そこで僕は自分の姿を覆い隠していた霧が消えていることに気づいた。

 再生するとき、石の影響で効果が切れてしまったのか。


「……仕方ないですね」

「? ……ッ!」


 この女はここで確実に殺す。


 縮地を使った僕は、瞬きの後には女に手が届く距離にまで来ていた。

 取り出した魔晶石を一つ砕いた。途端、荒れ狂う魔力の奔流に女の美貌が歪む。


「――『霧幻泡影(デストラクション)』」


 分解魔法が発動し、女の美貌を原子レベルまで破壊しようとした瞬間だった。


「なにっ!?」


 いつもなら御すことの出来る魔晶石の莫大な魔力が暴発した。

 結果、魔力の集中していた右腕の先が魔力の暴走によって消し飛び、そのまま僕と女を巻き込んで爆発した。


「ぐうぅっ!」

「ッ!」


 両者共に吹き飛び、僕は壁に背中を強かにぶつける。右半身が焼けたように熱い。実際、爆発の影響で焼けたのだろう。

 まさか、魔晶石の制御に失敗するとは……。魔力阻害の石の効果を軽視しすぎたようだ。

 魂喰(ソウルイータ)によって貯蓄した魔力が傷を再生し、立ち上がったときには、『カフカ』は既に原型を保てないほどに重大な損害を受けていた。ハンサが見たら卒倒するだろうね。

 その中で先ほどの女の姿を捜すが見つからない。すると、奥の扉――銃を置く部屋へと続く戸が僅かに開いていることに気づいた。この程度のミスをするとは思えないし、僕を誘っているのだろう。

 どのみち、顔を見られている時点で僕に退路はない。

 扉を開けて中に入ると、そこには、先ほどの女と倒れたハンサの前に立つ、小柄な少女の存在に気づいた。


「ハンサさん!」

「うぅ……」


 名前を呼ぶと微かだがうめき声が返ってきた。どうやら生きてはいるようだ。


「もう、フェルトちゃん。このオジサンとの用事が終わるまで、誰も中に入れないでって命令したでしょう!」

「いやぁごめんねえ。あの人、思った以上の曲者で……」

「もう、そんな言い訳聞きたくないよ!」


 少女特有の甲高い声だあ。アニメの子供の声そのままのような妙に響きのある声で、こんな状況にいることが場違いに思えてくるほどだ。

 だが、状況を見れば、あの少女こそ、ハンサの話していた商人なのだろう。


「むぅ、今日はしょうがないし、仕方ないから帰るよ! 次同じ失敗したら減給するからね!」

「はぁい、気を付けます。あと、さっきので蛇骨槍も壊れちゃったから、修理の方を……」

「……それはもう有料だからね」

「え」

「――それと、私たちの邪魔をしたそこの人、これも返してあげる!」


 そう言って、少女が投げてきたのは小瓶だった。

 罠のようでもなく、普通に受け取る。

 その中には、左手の小指と足の指が五本入っていた。


「今度また邪魔したら、そこのオジサンみたいにしちゃうからね! それじゃ!」

「バイバーイ。また会いましょう♪」


 捨て台詞を残し、裏口から二人は出て行った。


「……ハンサさん!」


 僕は、まずハンサの所に駆け寄ると、状態を確認。命に別状がないことが分かると、簡易ながら応急処置を施す。

そのとき、店の入り口をノックする音が聞こえた。あれだけの爆発があったのだ。いくらレンガの壁でも、外には聞こえていたのだろう。

僕はハンサを担ぐと、二人が出た裏口へと急ぐ。すると、壁際に一つだけ立てかけられ、綺麗に包装された長い銃があることに気づいた。

おそらく、これが今日僕が受け取りにきた狙撃銃だろう。


「……」


 少し迷った末、それも持って裏口へと走る。

 追跡される可能性もある。顔を隠したうえで、行先はまずマティアス邸跡がいいだろう。まだ最低限の屋根と壁は残っていたはずだ。

 僕は足を早めつつ、また面倒くさいことになったと小さく溜息を吐いた。


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