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逆さ吊り

長くなってしまいました。

「……(むっすー)」

「もう、いつまでむくれているんですか、兄さん」


 叱咤するように言ったのはシズクだ。

 対して、シリュウの方は机に突っ伏して、不満顔だけを浮かべている。


「昔から兄さんは負けず嫌いでしたけど、まだ治ってなかったんですね。最近の兄さんは負けることがありませんでしたから気づきませんでした」

「……そりゃ、負けたら誰だって悔しいだろ」


 不貞腐れた兄を、シズクは優しい声音で諭す。


「しかし今回ばかりはしょうがないですよ。相手はあのオルテシア王女殿下、準一級魔法師ですよ? 兄さんなんて魔法を使えるようになってから、まだ一年くらいしか経ってないんですから」

「それでも、同じ二級魔法師だっていう四年の先輩は勝ったんだろ? じゃあ俺だって……」

「でも兄さん、今までの二級魔法師の中で、魔力コントロールは最低だってエリアスさんに」

「あーもう分かったよ! だからこれ以上追い討ちをかけるのは勘弁してくれ!」


 シリュウが立ち上がると、シズクが白百合のような笑顔を見せた。どうやら、妹の狙いはこれだったらしい。敵わないな、とシリュウは苦い顔を浮かべながら、机に掛けてあった鞄を手に取った。ホームルームはとっくの昔に終わっており、既に放課後だ。


「あ、兄さん、帰りにちょっと寄りたい所があるのですが」

「ん、いいけど。買い出しか?」

「いいえ、エリアスさんが明日には王都に帰られるので、その前にちょっとエリアスさんの力で会わせていただきたい人がいるんです」

「へぇ、誰だよ?」


 シリュウは、教室を出てドアを締める。教室の中には既に誰もいない。

 シズクは、廊下に誰もいないことを確認すると、少し声を潜めて話した。


「シャロンさんです。シャロン・ローズ。ほら、兄さんも一度会ったことあるじゃないですか」

「シャロン……? ああー、思い出した。あの青い髪の姉さんか」


 めちゃくちゃ美人だったよな、おっぱいもでかかったし。

 流石にその一言は呑み込んだ。そんなことを言えば、妹の機嫌を損ねるのは目に見えていたからだ。


「確か、こっちの世界に来て、最初の方に会った人だよな――いてっ!」

「声が大きいです! 万が一、他の人に聞かれたらどうすんですか!」

「お前だって声でかいだろ……」


 でも、なんで今になってあの人に会いにいくんだ?


「それは……ちょっとここでは言い辛いです」

「あの先生のことか?」

「ッ!」

「大丈夫だ。近くに人の気配はない」


 日本を離れてから早一年を過ぎた。

 まだ魔法とやらの扱いはシリュウにとっては難しかったが、その代わり幸か不幸か、向こうでは考えられなかったほど剣士として高みに昇ることが出来た。

 特に、ただでさえ高かった身体能力は、こちらに来てからは遂に人間離れした領域にまで達している。おそらく、生身の人間ならばシリュウの身体能力の右に出る者はいないだろうと自負するくらいには。

 そんなシリュウが太鼓判を押して、周辺に人がいないと断言したのだ。

 シズクは多少安堵はしたが、それでも、声を潜めてシリュウに囁きかけた。


「とにかく、ここでは話せません。エリアスさんの所に行ったら、改めて話しましょう」

「……了解」


 妹は自分と違い心配性だ。だが、それはそれで自分には無い物を持っているということで大事なことである。

 身体能力が高いシリュウとは反対にシズクが魔法の才能を開花させたことのように、自分たちは足りない所をお互いに補っていけばいい。

 二人は、そのあとは今日の学校についてのことだとか、年相応の他愛の無い話をしながら下校した。






「――はぁ、もう悪い予感は的中だったよ……」


 外には闇が落ち、校内にも当直の先生以外はいなくなった頃。

 僕は、心のオアシスたる保健室でいつものように愚痴を零していた。


「なに、王都から来る人はみんな自信過剰になる病にでもかかっているのかな? なんでいつもいつもよりによってリヴァル教官に突っかかるのかな。そこらへん、日本人の謙虚さを見習おうよ、ほんと」


 おかげで模擬戦が終わったあと、僕はリヴァルに平謝りする羽目になった。これでもしもシリュウの方が模擬戦に勝っていたら、いよいよ選抜戦に参加させろと駄々をこね、ストレスで僕の胃に穴が開くところだった。そういう意味ではカレンには感謝の念しかない。

 王女様、万歳。


「ねぇ、聞いているのかい?」

「~~~~~~ッッッ!!」


 そこで僕は、それまでずっと黙っている彼女に目を向けた。先週そこらへんから拾ってきた、二十代半ばの女性だ。

 モデルのような男受けする身体に、長い足が魅力的な女性だ。やや吊り目の中の瞳は、僕を焼き殺さんとばかりに煌々と憎悪の光を湛えている。


「あ、そういえば拘束していたんだったね。それじゃあ喋れないわけだ」


 彼女といる場所は、保険室の一番奥にあるいつものベッドだ。いつもそこにあるベッドは、今は片付けており、代わりに学校の椅子を改造した簡易の拘束椅子を置いていて、そこに彼女を座らせていた。

 僕は、彼女の口に入れていたタオルを乱暴に取り出すと、彼女は何度かむせる。

 その後、噛みつかんばかりの勢いで僕にこうまくし立ててきた。


「――アンタ、こんなことしてただで済むと思ってんの!? この私に、貴族である私にこんなことしたら、死罪は免れないわよ! 嫌だったら早くこれを解きなさい! 解きなさいったらぁああああ!!」


 なかなかに活きが良いのは攫う前から分かっていたが、どうやら予想以上のようだ。嬉しい誤算に、僕の唇は自然に歪む。


「な、なに笑ってんのよ。アンタ、もう終わりなのよ? あたしを攫ってから、もう三日以上経ってる。もう駐屯兵団もアンタを見つける頃のはずよ?」

「いいや、それはないね」


 僕は断言する。


「アン・レィ・バレッタ。二十六歳。女性。上流貴族。商業都市バリアハール在住。この街にきた目的は、王都へ観光に行く途中の宿泊。同行者は侍女が一人と馬車使いが一人、それに護衛が三人。あまり万全とは言い難い警護だね。来世からは最低五人は護衛を付けた方がいい」

「……な、何言ってるの」


 バレッタはすっかり血の気の引いた顔で僕を見た。僕が何の下準備も無く、彼女を誘拐したとでも思っていたのだろうか。


「今頃、君の馬車はシールから三十キロは離れた街道でも走ってるんじゃないかな。ああ、言ってなかったけど、僕にはヒューマノイドスライムっていう使い魔がいてね。こいつは名前の通り、他人に変身できるんだよ。本当は対象を捕食してから変身するんだけど、今回は事情が事情だから捕食してないから、変身の精度は若干下がるけど、まあ関係ないだろうね」


 エンヴィには、バレッタに変身させ、侍女たちの元へ戻してある。普段の態度や喋り方などはリサーチ不足のため、必要最低限の言葉だけ言って、既にシールを発たせている。一応、近道だと言って、人喰いオークの棲む森林を通るよう馬車使いには命じたが、その指示に彼が従ったかは定かではない。そのあとすぐに、エンヴィの遠隔操作を切ってしまったからだ。


「……ま、とにかく、君と僕の二人の時間に水を差す輩はいないってことさ。僕も最近忙しくて攫ったきり放置してしまっていたからね、今日もこのあと予定あるけど、少しだけ君の相手をしてあげるよ」

「な、なによ……あたしに何するっていうのよ……」


 そう言いながら、バレッタは身をよじるが、両手両足は椅子に縛り付けてあるために動くことは出来ない。その顔は心なしか赤らんでいる。僕が彼女を何か辱めるとでも思っているのだろうか。

 そんなことするわけがない。これは、いわば予習なのだ。近い未来、フィーナやカレンを手中に収めたとき、彼女たちが最も絶望するのはどんな行為だろうか。これは、その実験なのだ。まあ。僕の欲望が全くないかと言ったら嘘になるが。


「最近は僕も真面目に働いてばかりいたからね……。君は、いつもより早く壊してしまうかもしれない」

「ひっ……!」


 絶望か恐怖のためか、バレッタがわなわなと震えた。そこに先ほどまでの強気な彼女はいない。

 まずはいつものように足の指に釘を打って固定しよう。そう考えたが、すぐに思い直す。

 たまには、いきなりハードな拷問をしてみよう。いつもは勿体なくて絶対やらないが、今日はストレスも溜まっている。何より、最初にバレッタを見た時から、僕はこの女があまり好きではなかった。それは彼女こそが、マティアスに王女殺しの依頼を出した張本人だということが関係しているのかもしれない。

 さて、そんなことを考えながら、僕が物を収容できる魔導具を使って取り出したのは、命綱に使われる頑丈なロープだ。


「きゃぁあ! いやぁああああ!!」


 ロープを見ただけで、金切り声で悲鳴を上げるバレッタ。

 あまりに五月蠅いので、睡眠(スリープ)の魔術で眠らせる。

 僕は、眠った彼女を椅子の拘束から外し、両手両脚を縄できつく縛ると、天井のカーテンレールに結び、彼女を逆さまにつるし上げた。


「エンヴィ、彼女の下で口を開けていなさい。そのうちご飯が落ちてくるよ」


 召喚したエンヴィを、バレッタの真下で待機させる。既にバレッタの馬車からは帰還させていた。

 一応、エンヴィの周りにも大量の新聞を広げた後、バケツに入っていた水をぶっかけて、バレッタを起こす。


「ぶはっ!」

「やぁ、お目覚めだね」

「え……きゃああああ!!」


 起きた瞬間、また叫び出すバレッタ。こんなに五月蠅い女は久しぶりだ。僕は、一時的に静寂(サイレント)の魔術を掛けて黙らせる。


「~~~~~ッ!」

「そんなに怖がらないでくれよ。安心してくれ、これから僕は君に何もしない。一晩だけ君をこうして逆さ吊りにするだけさ。確かに辛いだろうけど、これさえ乗り越えたら明日には君を解放する。必ずだ。だから、君も頑張って耐えて欲しい」


 逆さに映る彼女の瞳に希望の色が灯ったのが分かった。

 僕が魔術を解くと、バレッタは最初に威勢を取り戻していた。


「……ふん、本当ね」

「ああ、約束だ。最も、君が耐えられたらの話だけどね」

「馬鹿にしないで。確かに辛いけど、この程度なら一晩くらい余裕で耐えてみせるわ」


 逆さに吊るされた状態で、よくそこまで偉そうに言えたものだ。この厚顔には、敬意さえ覚えるね。


「ふふ、それじゃあ僕は、これから少し外に出てくるけど、帰ってきたときを愉しみにしているよ。その間、逃げ出しても構わないからせいぜい足掻いてみてくれたまえ」

「後悔しても知らないわよ」


 無知とは怖いものだ。いや、この場合はむしろ救いなのだろうか。

 僕は微笑を浮かべると、保健室を後にした。






 バレッタを放置して向かった先は、『カフカ』だった。

 ハンサから、調整してもらった銃を受け取る予定だった。

 今日、教室に張り付かせていたエンヴィを使って盗聴していたら、イドウ兄妹の意外な会話が聞こえてきたのだ。なんでも、今日は駐屯兵団に顔を出す予定があるらしい。

 話の続きは、二人が教室を出たために聞くことが出来なかったが、駐屯兵団と聴いてあまり良い印象は浮かばない。相変わらず、直感は黄色信号を灯しているし、確実に回収できるうちに銃はもらっておいた方が良い。

 だが、『カフカ』の扉の前まで来て、店の灯りが消えていることに気づいた。

 平日のこの時間からハンサが店を締めるのは珍しいことだ。そう思うのと同時に、何か、嫌な予感がした。もう聞き慣れた直感が警鐘を鳴らす音だ。


「……『天衣霧縫(ミストヴェール)』」


 迷った末に、僕は中を覗いてみることにした。万が一に備え、魔法を使って姿を朧げにする。

 これが、ハンサの店で無かったら迷わず帰ったところだが、生憎と、ハンサとは長い付き合いだ。最悪、彼が駐屯兵団に捕まったのなら、僕の素性についても吐くかもしれないし、新たに手を打つ必要がある。そうでなくても、ただ単純に、ハンサが心配というのもあった。

 僕は足音を殺して扉に近づくと、ゆっくりと店の扉を開けた。


御意見御感想お待ちしております。

考えていた拷問はもう一つあったのですが、あまりにアレすぎたので、モブには勿体ないかな、と思ったので後回しにします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 殺人鬼ってだけならもう少し読みやすいのに拷問がなあ、まあ読むんですけど
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