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カレンvs転校生

「あのぉ、俺たちも選抜戦に参加したいんすけど」


 ほら、やっぱり。

 午前中最後の授業。リヴァルの戦闘実践演習Ⅰが開始してすぐに、転校生のシリュウ君が速攻かましてきた。


「……ほぉ、今年は本当に骨のある一年が多いみたいだなぁ」


 シリュウの態度と要求に、リヴァルの額に青筋が浮かぶ。阿修羅みたいな顔になってるよ。

 これでリヴァルを怒らせた生徒が僕と何ら関係なかったなら、ここで踵を返し、嵐が過ぎ去るまでどこかへ避難していたのだが、生憎と、シリュウは僕のクラスの生徒だ。たとえまだ一日目だとしても、リヴァルの怒りの矛先が僕に向けられる可能性はゼロではない。


「す、すみませんリヴァル教官! シリュウ君、選抜戦への途中参加は残念だけど認められないって話はホームルームでしたよね!?」

「それは聞きましたけど、納得はしてませんでした」

「じゃああそこでそういって欲しかったよ! ていうか、これはシズク君も同意見なのかい!」

「いえ、私はそれほど……。ただ、兄さんがどうしても聞かなくて……」

「だってよー、シズク。多分、この学校の中なら俺が一番強いぜ?」


 あ、終わった。

 空気が、いや、世界が変わった。

 カレンの時とは比べ物にならない。不快感を越えて殺意すら感じるほどに周りの生徒の空気が張り詰めていく。

 そして予想通り、啖呵を切ったのがうちのクラスなら、食って掛かったのもうちのクラスだった。


「――ふふふ、シズクのお兄さん、なかなか面白い冗談を言う人なのね」


 今にも噛みつきそうなフィーナを押しとどめ、シリュウの前に立ったのは、我らが王女様だった。まぁ、入学した時あなたもそんなこと言ってましたし、そうなりますよねー。

 早くクラス替えしないだろうか。


「? ”アンタ”は、確か――」

「ッ! この無礼者――」




「――――そこまでだ貴様らぁ!!」




『ッ!?』


 リヴァルの一喝で、それまで殺気を放っていた生徒たちが軒並み硬直した。

獅子の咆哮とはこんな感じなのだろう。飛び掛かろうとしたフィーナ、そしてシリュウ、カレンさえも、その場に釘付けになった。

この現象を、僕は以前にも体験したことがある。マティアスの遠当ても、もらえば氷漬けにされたように、身体が全く動かなくなった。


「……ったく、お前らは血の気が多すぎだ。まぁ、それも強くなるための大切な才能なんだが……レイン!」

 それで、輪の外にいた生徒に一斉に視線が集中する。身体の硬直も溶けたようだ。

「なんでしょうか」

「下級生にお灸を据えるのはお前の仕事だろう」

「……勝手に仕事を増やさないで欲しいのですが」


 それでも、アルダールは既に準備をしていたようだ。

 すぐに前へ出ようとしたが、そこで意外な人物が立ちふさがった。


「待ってください。アルダール先輩」

「どうした、オルテシア」

「その仕事、どうか私に譲ってもらえないでしょうか?」

「……ほう」


 カレンの意外な申し出に、アルダールは視線をリヴァルへと向ける。


「……」

「……分かった。だが、仕事はこなせよ」

「勿論です」


 リヴァルの沈黙を、レインは肯定と捉えたようだ。どうやら、今日のイレギュラーな模擬戦のカードは転校生と天才王女に決まったらしい。


「よし、それじゃあ五分後に模擬戦を始める。双方はそれまでに十分準備しておくように!」


 リヴァルの号令で、周りがにわかに活気づく。突然組まれたカレンの試合に、他の生徒は大盛り上がりのようだ。

 無論、シリュウの実力をこの中で知る者は妹のシズクしかいない。だが、最低限、彼が二級魔法師だということを僕だけは知っている。そして、これが彼らの実力を伺う絶好の機会であることも理解していた。

 それでも、僕にこれだけは言わせてほしい。


「ほんとに、余計な仕事を増やさないでくれよ……」






「――時間だ。それじゃあ始めるぞ」


演習場中央の広間に立った二人は、無言で頷く。いつも通り無表情を貫くカレンに対して、シリュウの方は不敵な笑みを浮かべている。

カレンの武器は使い慣れた魔双剣であるのに対し、シリュウの武器は、己の身長くらいある巨大な両手剣だった。フィーナがいつも使っている両手剣を刀とするならば、シリュウが持っているのはクレイモアといったところか。破壊力はありそうだが、その分小回りが利かず、扱いづらそうだ。


「まぁ殿下が勝つだろうな」

「転校生の強さは良く知らないけど、準一級の殿下に勝てる人なんて、ここじゃアルダール先輩くらいだろ」


 聞こえてくる野次馬の下馬評は、カレンの圧勝。当然の判断だろう。


「それでは、勝負――始め!」

「ッ!」


 開始早々、カレンが駆け出した。魔力を熾さずに、速攻を仕掛ける奇襲。

 フィーナに以前聞いたところ、カレンはあれからも早朝の基礎トレーニングを続けているようで、身体能力もめざましい成長を遂げている。


「おらぁ!」

「――なっ!?」


 しかし、そこで早くも大番狂わせが起きる。

 先制を仕掛けようとしたカレンは、次の瞬間には、逆にシリュウに吹き飛ばされていたからだ。カレンはそのまま演習室の壁際まで後退する。

 生徒たちからどよめきが起こる。それはどちらかというと、カレンが先制されたことよりも、シリュウの身体能力に対しての驚きだ。なんと、彼は得物であるクレイモアを、魔力も熾さずに“片手”で振るったのだ。

 しかも、その超重量の剣を持っても、カレンを上回る速度で駆けたあの脚力。周りを見渡すと、アルダールでさえ口を半開きにしていた。

 その中で、妹であるシズクだけが、心配そうな表情で見つめていた。準一級魔法師である、カレンの方を。


「へぇ、やりすぎないように加減はしたにせよ、今のをよく防いだな」

「……余計な気遣いは無用よ」

「ええ、今のを見て最初に出る台詞がそれかよ」


 軽く引き気味のシリュウに対し、カレンは険しい表情で相手を見据える。彼女とてシリュウの人間離れした身体能力に驚いているはずだが、それを表情には決して出さない。大したポーカーフェイスだ。


「あなた、本当に人間?」

「もっと言い方ってもんが無いのかよ。でもまぁ、疑いたくもなるのは分かるけど、本当に人間だぜ。俺は生まれたその瞬間から、ここよりもちょっと過酷な環境で生きてきたからね。鍛え方が違うのよ」

「……その言い方、少し不愉快ね」


 カレンの身体を様々な光が包む。一瞬にして、同時にいくつもの強化魔術を自分に施したのだろう。流石は準一級、舌を巻くほど精緻な魔力コントロールだ。

 それを見たシリュウも表情を引き締める。彼もまた、自分に魔術を掛けようとしたとき、カレンが仕掛けた。


「『電撃破(サンダーブレイク)』!」


 カレンの選んだ中級魔法は、電撃の上位互換にあたる魔法。音速を超えるスピードで伸びる雷が同時に三本。一極魔法(オンリー)タイプの魔導具を使っているのだろうが、それにしたって早すぎる。相変わらず魔法の速度も精度も次元が違う。

 しかし、結果的にそれらは不発に終わる。驚異的な速度で駆けるシリュウを、どれも捉えることが出来なかったからだ。これには僕でさえも口が半開きになる。並の魔法師が魔術で強化しても追いつかないスピードに彼は到達している。どう考えても異常だ。

 シリュウはそのまま、ジクザクに回避運動を取りながら、カレンへと迫る。電撃破(サンダーブレイク)はことごとく当たらず、カレンは顔を歪ませて、次の手を打った。


「『自由(フリーダム)』」

「ッ!?」


 シリュウがそれを見たとき、初めて驚愕に表情を染めた。

 魔力で他を触れずに動かす念動(サイコキネシス)を、カレンは己に掛けて、宙に浮いたのだ。


「リヴァル教官……」

「ああ、王宮にもこんな芸当ができる奴はそうそういねぇ」


 ただでさえ複雑な魔力コントロールを要する上級魔法を、更に絶妙に調節して己の身体を浮かせる。少しでも調整をミスすれば床に落ちるどころか、最悪、自分の身体を魔力で潰しかねない。


「あれがオルテシアの作った最上級魔法か……本物の天才だな」


 リヴァルが乾いた声でそう言うと、同時にカレンが動いた。

 上空に魔法陣を三、四、五……次々と展開していく。


「おいおい……嘘だろ」


 思わずそんな呟きが漏れた。『焔刃(フレイムブレード)』とはわけが違うんだぞ。

 彼女が今、上空で大量に展開しているのは紛れもなく上級魔法。

 忘れもしない、かつてこの街の駐屯兵団団長が得意とした、鳥の形を模した雷を呼ぶ魔法。


「やりすぎないように加減はするけど、せいぜい必死に逃げることね――『雷雷鳥(リィ・サンダーバード)』」

「へっ、上等だ!」


 その瞬間、空から九体の雷の鳥が、一気に獲物へと高速で襲い掛かった。


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