転校生来訪
短めです。
『カフス』の店に行ってから数日後。その日は遂にやってきた。
「――それでは、今日の朝礼を終わります。あ、カナキ先生は後で来てください」
サンソンの言葉でそう締めくくられた週初めの朝礼。遂にこのときが来たのか、と僕は改めて気を引き締める。
「転校生の二人は、もう来ているよ。生徒指導室で待ってもらっているから、君が迎えに行って、そのままクラスに連れてってもらえるかね?」
「分かりました」
「……オルテシアさんや今回の転校生の事といい、君には迷惑を掛けるね。だが、これは厄介事を君に押し付けたのではなく、単純に君に期待をしているからだということを分かってほしい」
「……教頭先生の期待を裏切らないよう、精一杯務めさせていただきます」
ふと視線を感じて左右を盗み見ると、テュペルがこちらを睨んでいた。周囲の教諭が冷えた眼差しを彼に向けるが、当の本人は気づいた様子もなく、僕の方に恨みがましい視線を送っている。
職員室の扉を完全に締めきるまで、背中に刺さったその視線が消えることはなかった。
僕は扉の前で押し殺していた溜息を思い切り吐いた。先週の朝礼の影響で多少なりとも彼から恨みを買う事は予想していたが、まさかあそこまで露骨に悪意を向けられるとは思わなかった。
彼の件はまだ後回しにするつもりだったが、これは少し前倒しを余儀なくされるだろう。本当に面倒な男に目を付けられたものだ。
表情には出さず、心の中だけでテュペルへの呪詛を吐いた後、生徒指導室の前まで来て一度呼吸を整える。転校生にとっては、サンソンの次に会う教師が僕なのだ。親密な関係を築きやすいポジションだが、ファーストコンタクトに失敗すれば、後々までマイナスイメージを払拭しづらいというリスクもある。
まぁ、いつも通りの人畜無害な僕を演じればいいだけのこと。これまでの人生でずっと演じていた役なのだから慣れたものだ。
僕は、一応ノックをしてから、扉を開けた。
「ごめん、遅くなったね。早速だけど、これから教室に案内するから付いてきてくれるかな?」
「――はい。よろしくお願いしま……え?」
部屋には、二人の生徒が座っていた。
両方とも日本人のような烏の濡れ羽色の髪に、真珠の瞳。切れ長の目とまっすぐ通った鼻梁は二人とも共通で、彼らが兄妹だというのも頷ける。まさに美男美女の兄妹といった感じだ。
しかし、これはどういうことだ。
こちらに礼儀正しく挨拶を返そうとしたのは、妹の方。わざわざ席を立って、こちらに頭を下げようとしたのだろうが、腰は半分まで折れた所で止まっている。こちらを見上げるその顔は、まるで恐ろしい物を見たかのように凍り付いていた。
「? どうしたのかな?」
「おい、シズク」
兄の方が声を掛けると、シズクと呼ばれた妹は、文字通り我に返ったようだ。
「あ……す、すみません。見知った方に似ていたもので……でも、勘違いでした」
「はあ? シズクの知り合いにこんな顔の人なんていたっけ……いてっ!」
「もう、兄さん。先生に向かってこんな顔は失礼すぎます! すみません、うちの兄がとんだ失礼を……」
能天気そうな兄の脇腹を肘で突き、申し訳なさそうに僕に頭を下げるシズク。そこに、先ほどの不自然さは感じられない。どうやら、本当に人違いをしただけだったようだ。
「あはは、いいんだよ。二人とも、仲が良いみたいだね。それじゃあ行こうか」
僕が部屋を出ると、後ろで鞄を持つ音が聞こえた。
一見、普通の生徒にしか見えないが、これでも二人とも立派な二級魔法師だというのだから恐れ入る。更に、秘密裏にカレンを護ることが役目だというからには、そこらへんの二級魔法師よりも、数段格上だと想定しておいた方がいいだろう。
とりあえず、今はこの二人と少しでも信頼関係を築くことが重要だろう。今のところは順調な滑り出しだ。
僕は、二人と当たり障りのない雑談をしながら教室まで来ると、二人には廊下で待っているよう伝えて、一人教室へと入った。
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