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何でも屋「カフス」

 その日、一度家に帰ってきて着替えた後、向かったのは街の中心であるヴァンクール通りから少し離れた建物だった。

 一階、二階と風俗店がすし詰め状態で入っているこの建物だが、地下だけはまるで場違いの小さな店が別の経営をしており、吊るされた看板には『カフス』と書かれている。ただ、仮にも教師である僕としては、即刻違う建物へと移転してほしいところだ。

 隠し通路のような狭い階段を下りて、石造りの重い扉を開くと、見慣れた薄暗い室内が姿を見せる。


「いらっしゃ――ってお前か」

「どうも、御無沙汰しています」


 入るなり、僕に仏頂面を向けたのはこの店の店主だ。かなり後退した前髪とは対照的にしっかりと蓄えられた顎髭が特徴の初老の男性。

 彼の名はハンサ・ビアッジ。手配書にも名が載っている、正真正銘の僕と同じ悪党だ。


「しばらく顔を見せねえと思ったら急に来やがって。ここの常連なんて数えるくらいしかいねえんだから、上にある風俗ばっかいってねえで、こっちのほうに顔出せや」

「そんなお金はありませんよ。大体、大金はたいて女を抱く意味が解りません」


 そんなことするなら、街からでも攫って犯した方が何倍もお得だ。

 しかし、ハンサの方はそれを別の意味で捉えたようだ。


「はんっ、女には苦労しないってか。良い御身分だこって。言っとくけどな、俺が若い頃はお前なんかより数百倍も格好良くてモテモテだったんだぜ」

「あ、望遠鏡なんて置くようになったんですか。コンパクトで持ちやすいですけど桁を一つ間違えてませんか?」

「聞けよおい」


 最初にハンサと出会ったのは、マティアスに連れられてこの店に来た時だった。拳一つで魔法師を殺すマティアスとて、魔法が使えない以上限界はある。時にそれらを補うためにマティアスはこの『カフス』を訪れていたが、僕の場合はここで商品を購入することは滅多にない。


「……まあいい。それよりお前、今日はアレ、持って来たんだろうなぁ? 一ヶ月以上うちの目玉商品になってるアレが入荷しないせいで、うちは廃業寸前なんだよ。どうしてくれんだ」

「いや、この所狭しと置かれている商品を売りましょうよ」

「そんなガラクタ誰も買わねえよ」


 店主とは思えない台詞をハンサは言った。


「で、ちゃんとあるんだろうな?」

「まあ、流石に」


 僕は右のポケットをまさぐると、魔晶石をじゃらじゃらとカウンターに落とす。

 すると、ハンサは慌ててそれらを拾い集める。


「ば、馬鹿! 罅でも入ったらどうすんだ!」

「いや、これくらいで割れませんよ」

「だとしても、もっと丁重に扱え!」


 作成者の僕より何倍も大事そうに魔晶石を拾うハンサ。本気で慌てた表情を浮かべる彼を見ていると、ちょっと悪戯したくなってしまう。


「……と、その隙にすかさず左ポケットからも魔晶石を投入」

「あ、やめろ馬鹿!」


 じゃらじゃらじゃらじゃら。

 ようやく転がった魔晶石を全て拾ったところで、左手に握った魔晶石を盛大にばら撒く。

 ハンサは珍しく悲鳴じみた声を上げ、バウンドしながら四方に転がっていく魔晶石を必死に追う。


「一個十万ファンタは下らねぇ魔晶石がぁ! テメエ、自分でばら撒いたんだからさっさと拾いやがれ!」

「……いやぁ、自分が投げ捨てた者を他の人が必死にせっせと拾い集めている光景を見下ろすのって、存外良いもんですね」

「なに勝手にご満悦になってんだ!? テメエの救いようもねえ性癖なんて欠片も興味ねえからさっさとそっちに転がった分を拾いやがれ!」

「へいへい」


 これ以上は本当に怒られそうなので、大人しく言う通りにする。鞭というのは適度に与えるものだ。あまり多すぎても駄目だという事は、日々の調教の経験から熟知している。

 二人で床とにらめっこして石を探すこと数分。ようやく全ての石を回収すると、僕はそれを再び全て掴み取った。


「さて、二回戦と行きましょうか」

「鬼かテメエ!? やるんならもうお前一人で拾えよ!」

「……もう、ハンサさんは付き合い悪いですね」


 ハンサの瞳が本気だったので、僕は大人しく魔晶石をカウンターに置いた。


「ったく、久しぶりに来たと思ったらこれかよ……」

「マティアスさんもセニアさんもいなくなった今、こうして悪ふざけに付き合ってくれるのはハンサさんくらいなものなので」

「……チッ」


 ハンサは薄くなった髪をがしがし掻くと、それ以上は何も言わなかった。

 実際、あの二人がいなくなった今、僕の正体を知っているのはエトとハンサの二人だ。エトの方には若干不安が残るが、ハンサについては、僕の性格を完全に理解し、許容したうえで付き合っているため、全く気苦労がない。僕が心を許して話すことが出来る相手、という点では、最早この人しか残ってないと言っても過言ではないだろう。


「どうでもいいことで時間を食っちまった。仕事の話に入るぜ。数は十一個で間違いないな?」

「ええ。質についてもいつも通りです」

「……なるほど、確かに」


 『看破(シースルー)』で魔晶石の中身を確認したハンサが神妙に頷く。そして、ふと顔を上げた。


「しかし、マティアスがおっちんだ時以来、お前の話は滅法聞かなくなったが、よくこんなに集められたな?」

「ああ、それに関しては、偶然良い拾い“者”をしたので」

「拾いもの?」

「ええ、拾い“者”です」


 僕はニコリと告げる。

 拾い者とは、あの日フィーナが倒し、そのまま放置した『狩人』のことだ。

 カグヤが回収に来るまでに、魂喰(ソウルイータ)が終わるかは微妙なところだったが、タッチ差ながら、ギリギリ間に合わせることが出来た。

 そして、流石はレートAの手配者。彼一人だけの魂魄で、なんと魔晶石十二個分も溜めることが出来た。それから二人ほど、五級魔法師を攫って、同じく魂魄へと変えたが、二人合わせても四個分にしかならなかったことを考えると、凄まじく良質な魂魄だったと言える。

アリスあたりも喰っておけば、その倍近く溜まったのではないだろうか。どうしようもなかったとはいえ、惜しいことをしたものだ。


読んでいただきありがとうございます。

中々話が進まない点については謝罪を。そろそろ……もうそろそろ進めることが出来ると思います。

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