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フィーナの伸ばし方

「それじゃあエトちゃんもフィーナちゃんも今日で四連勝なんだね!」


 放課後の練習会で、エトの報告にアルティは喜色を滲ませた。

対して、エトの表情には若干の戸惑いがある。


「うん……だけど私は、ずるっていうか……、お父さんの力を使ってだから……」


 エトが言っているのは、彼女を蘇生させたことで起こった、身体能力の急激な向上についてのことだろう。確かに、今のエトの身体は無事だった頭部(あれを無事と言えるのかは微妙だが)を除いて、ほぼすべての体の組織が元はマティアスの身体で構成されている。加えて、身体各所に存在する魔力を生成する組織についても、エトの場合は頭部に集中していたためか、ほとんど魔力量も損なわないでおり、純粋に生前よりパワーアップしている。唯一実戦経験だけは乏しいが、選抜戦では間違いなく上位に食い込むだろう。

 だが、どうやらそれを本人は一種のずる――反則に感じているのだろう。真面目な彼女の性格を考えれば当然のことだ。

 するとアルティが、こちらも予想通り持ち前の明るさでエトにフォローを入れる。何を話しているか耳を傾けようとしたとき、目の前を鮮やかな軌道を描いて蹴りが凪いだ。


「さっきから余所見とは、随分余裕ですね」

「……本当にごめん」

「もう遅いです」


 割と真剣に謝ったのだが、フィーナの怒りは止められないらしい。

 まぁ確かに、模擬戦の最中だというのに外野に気を向けてばかりいては腕に自信のある者なら誰だって怒るだろう。

 フィーナの攻撃が更に苛烈になった。元々彼女はしっかりとした技術を持っているので、こんなの大抵の魔法師なら即KOだ。学生騎士大会もこれなら何も問題はない、と彼女には最初に言ったのだが「学生騎士大会も私にとっては通過点にすぎません」と一蹴。

結局僕が折れて、このように彼女を練習会に参加させているのだ。


「はぁ!」

「ちょっ」


フィーナのハイキックが屈んだ僕の頭上を掠め、遅れて風切り音が耳に届いた。かなり殺意の籠った蹴りだ。まともにもらえばストックが減ったかもと思える一撃だ。


「ちっ」

「今舌打ちしたかい!?」


 片足立ちになったフィーナに対し、僕は定石通りの足払いを仕掛けるが、それをフィーナは片足で跳躍して回避。勢いをそのままに踵下ろしを放ってきた。咄嗟に腕を交差し、十字受けで防ぐが、女子とは思えない強力な衝撃に、全身が痺れる。

 その一瞬の隙を見逃がすフィーナではなかった。


「もらっ」

「わないよ」

「ッ!?」


 予想通り、勝負を決める一撃を打ち込もうとしたフィーナだったが、それより早く、両手で彼女の足を掴んで一気に引き寄せる。

 体勢の整っていない状態でフィーナが再び回避行動を取ろうとするが、今回は流石に無理だ。両腕を胸の前で交差させて防御姿勢を取ったフィーナだったが、僕が狙ったのは彼女の顔、より正確には彼女のおでこだった。

 ごちん。


「ッッッ!」


 僕の頭突きが炸裂し、フィーナが悶絶する。

無論、本来なら鼻や口に当てるものなので、人体でも丈夫な部類に入る額では僕にだって相応のダメージが返ってくる。流石に、角度などは僕のダメージを減らすよう微調整したが。


「ここまでだね。足払いを避けられたのは結構驚かされたよ。けど、まだ動きが型にはまりすぎているね」


 僕に対して、フィーナは体術を教えてほしいと乞うたが、正直、宮廷式護身術をここまで物にしているフィーナに、僕が教えられることなどほとんどない。勿論、本気でやろうと思えば改善の余地はまだまだあるが、そのときは、元の宮廷式護身術からかなりかけ離れた形になってしまうし、そうなると、新しい武術をフィーナに教えた僕に、必然と目が向く。

 ならば、極力今の形のままで、フィーナの力をどれほど伸ばせるかという話になってくるのだ。


「うわぁ、すごい音したね。フィーナちゃん、大丈夫?」

「星が……星が回っています……」

「あー、目回してる。カナキ先生って意外にドSだからなぁ」


 アルティがそう言ってジト目を向けるが、これについては否定しない。今、保健室で眠る彼女の姿を見れば、僕ほど、この世の中でサディスティックな人間はいないなと確かに思うからだ。

 まぁ、そういう意味では、アリスも大概だったが。


「じゃあ、フィーナ君も伸びてしまったし、今日はちょっと早いけどこれでお開きにしようか。フィーナ君の治療は僕がやっておこう」

「えー! 先生、今日は私に魔力執刀(チャクラメス)のコツを教えてくれるって約束だったじゃーん!」


 途端に渋面になったアルティに、僕は申し訳なさそうな顔を作った。


「いや、すまないね。僕も、急遽このあと予定が入ってしまったんだ。この埋め合わせは必ずするから、今日のところは勘弁してほしい」

「予定って、もしかしてデート?」

「デートなんですか!?」

「違うよ。転校生の件でちょっとね。というかアルティ君はいつもすぐそっち関係に話を持っていきたがるのをやめなさい」

「ちぇー、つまんないの」


 アルティは不満そうに唇を尖らせるが、どこか嬉しそうなエトがどうにか宥め、更衣室へと引っ張っていった。エトがアルティの家に住まわせてもらうようになったせいか、最近はもう姉妹のようだな。言うまでもなく、そのときは妹がアルティだが。

 僕はそんなことを考えながらも、手だけはてきぱきと動かし、フィーナに治療を施す。軽い脳震盪でも起こしたようで、未だ立てないフィーナが、うわ言のように「次は、必ず……」とか言っているが気にしないでおく。彼女からの好意を上げておくためにも、次の練習で何をするかを後で決めておく必要があるだろう。欲を言えば、ここで僕が教えたことをフィーナが活かして、選抜戦で勝利を納めたりすれば言う事なしだが、所詮体術しか教えないことを考えたらそれも難しいだろう。ただ、フィーナとの距離は確実に縮まってきているため、この問題に対しては、特に憂慮すべき点はなく、順調と言えるだろう。

 問題は他の二つ。その一つであるオルガ・シュメルの方については、既に網を張り終えており、後は獲物が喰いつくのを待つだけの状態だ。そうなると必然的に、今僕が対処すべき問題が浮かび上がってくる。

 そのためにもこの後、先だって僕が足を運んでおくべき場所がある。

 フィーナの治療を終え、あとのことをエトに託すと、熱さの厳しくなってきた夕焼けに背を焼かれながら、早足で帰路に着いた。


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