選抜戦
「ようし、それじゃあ今日も学騎の選抜戦を行うぞ!」
今日の講義には戦闘実践演習も含まれていたため、僕はホームルームの後、ドーム状の運動場まで来ていた。というか、最近は選抜戦のせいで、ほぼ毎日ここに来ている。
リヴァルの号令と共に、運動場の端々で体操していた生徒たちが駆け足で集合する。数はきっかり三十人。カレンとアルダールが初めて試合をしたときには四十三人いたので、多少入れ替わりはあったものの、数だけ見ると、あれから実質十三人減ったことになる。毎年この時期までに五人くらい減っていることを考えると、今年はリタイアする人が多いということになる。まぁ、実践演習の初日であんな化け物同士の試合を見せられたら仕方がないとも思うが。
だが、それもあってか、今年の面々は例年に比べて、なかなか優秀な生徒が多い。いわゆる粒ぞろいというやつだ。これはかのリヴァル教官も認めるところで「今年は骨のある奴が多い」と嬉しそうに笑っていた。
「それでは、今日の対戦相手を発表する。第一試合、フェニ・スピークスとルイス・アルバス。第二試合――」
手元の書類に視線を落とし、リヴァルが滔々と名前を呼びあげていく。
誰もが注目する本選ならばともかく、学園内での選抜戦ともなると、トーナメント方式では能力が高い生徒でも、くじ運によっては本選に出場できないという事態になり得る。
少しでも優秀な生徒を選抜し、本選へと送り出したい学園では、そのような事態を避けるため、成績を鑑みたうえで、リーグ方式を採用していた。
ただ、流石に三十人もの総当たりとなると時間がかかりすぎるので、三十人を十人グループ三つに分け、その総当たりで各グループ上位五名を決めた後、更にそこから総当たりを行って、結果的に十名が二か月後後に行われる本選に出場することになっていた。
説明して分かる通り、なんといっても対戦カードが多すぎる。なにせ、この二ヶ月で三百試合以上こなすのだ。少なくとも一日五試合以上行う計算である。正直忙しすぎるし、僕としては是非ともトーナメント方式を採用して頂きたい。
各々の点呼が終わり、生徒達はそれぞれの持ち場へと移動する。無論、下手すれば大惨事になりかねないため、試合は一度に一戦ずつだ。そしてすべての試合に戦闘演習担当の教官と養護教諭が付き添うことが義務付けられている。リヴァルの他にも戦闘演習担当の教官はいるが、養護教諭となるとセルベスには僕とウルスラ教諭しかいない。ウルスラは多忙を極めており、消去法的に、全ての試合に僕が付き添うことになっていた。
「それじゃあ一組目、はじめろ!」
リヴァルの号令と共に先に仕掛けた生徒は、よく見るとうちのクラスのルイスだった。
黒人の彼は素の運動能力に秀でており、魔力を熾す間もなくあっという間に対峙した生徒の元まで迫る。
だが、選抜戦も中盤に差し掛かる。これまでもルイスは同じような戦法を取ってきたので、相手の二年生も予想済みだ。
二年生の生徒が取り出したのはいつもの多種魔法タイプではなく、一極魔法タイプの魔道具。一つの魔法しか設定できない代わりに、魔法の威力や展開速度を大幅に上げることの出来るタイプだ。
その一極魔法タイプの魔道具が輝き、ルイスの武器である長槍が届く前に魔法が発動する。中に込められていた魔法は、攻撃力の高い『風刃』だった。
「ちょっ……」
悲鳴を上げかけたのはルイスではなく僕の方だ。いくら魔法の威力を軽減するタクティカルベストを着ているとはいえ、下手をすればぱっくりお腹が裂けるかもしれない威力だ。
だが、それは杞憂だった。ルイスは咄嗟に槍を寝かせると、向かってきた風刃を上へ飛ばすように槍で跳ね上げた。魔力を一切使わずに、だ。
これには、隣で見ていたリヴァルも口笛を吹いた。
「なっ」
驚く二年生の喉に槍の切っ先が向けられる。リヴァルが勝負ありの掛け声をかけた。
肩を落として退場する二年生とは対照的に、悠々と踵を返したルイスに、僕は声を掛けた。
「おめでとうルイス君。これで四連勝だね。一年生でここまでくるのは珍しいし、僕も誇らしいよ」
「ありがとよ、先生。けど、どちらかっていうと、先生の仕事を減らしたことを褒めて欲しいな。あれ結構大変だったんだぜ?」
一瞬思案した後、それが怪我人を出さなかったことを意味していると気づく。
「ああ、そういうことか。あれは狙ってやってくれたんだね! とても助かるよ!」
これは本心で嬉しい。上級生になればなるほど真剣になるこの選抜戦は、先ほどのように危険なシーンというのも珍しくない。そういう経験を積むという意味でも、この学騎は重要な役割を果たしているのだが、その全ての試合で何かあれば治療せねばならない僕の身にもなってほしい。
「それに、どうせ他の奴だって何てことなく勝つだろうさ」
そんなことないよ。
そう言おうとして言葉に詰まった僕がいた。この選抜戦には、僕のクラスからは五人と、一年生のクラスの中で最多の人数がエントリーしているが、その誰もが現在全勝中である。
準一級魔法師であるカレンはいわずもがな、最近二級魔法師に昇級したフィーナも、今のところ危なげなく勝利を収めている。パニバル・セニゼルは名のある剣術家の一人娘で、ルイスも『カグヤ』に所属するほど高い能力を持っている。
しかし、番狂わせだったのは、我がクラス最後の一人であり、目下の問題児であるオルガ・シュメルだった。
確かに彼も名門貴族の出だ。貴族は名門であるほど英才教育も行き届いている傾向が強く、オルガも“一年生の中では”優秀な生徒であることは間違いなかった。
だが、意外だったのは、彼が今年の選抜戦の一戦目で白星を取った相手が、去年セルベス学園の代表として本選へと出場した三年生だったことだ。その試合は、初日一番の接戦だった。勝敗が決した後、急いでゼスを呼び、二人ともを割と本気で治療したことはまだ記憶に新しい。
「――そこまで! 勝者、ラーマ・ロッサ! Aグループ六組目、出ろ!」
我に返ると、既に五試合が終わっていた。普段からあまり試合が長引くことはないが、今日はいつにも増してスムーズだ。このまま怪我人ゼロで終わる日があっても良いんじゃないか、と割と本気で願う。
いや、次の試合に関しては、最悪相手だけが怪我をするなら一向に構わないので、彼女だけは無事でいてほしい。
身内びいきも甚だしいが、彼女に関しては、下手をすると一組の生徒よりも応援しているかもしれない。
「よし、それじゃあ六組目、はじめ!」
その瞬間、彼女――エト・ヴァスティは、先ほどのルイスとは比にならない速度で、運動場を駆け抜けた――。
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