朝礼での応酬
次の日、朝の職員会議でそれは起こった。
「――というわけで、一年四組の生徒は、私達の授業を聞かず内職ばかり、中には堂々と居眠りする生徒さえいる有様です! 新学期が始まってからもうすぐ二ヶ月、私たちは再三の要求にも応じず、一向に事態の解決を図らない事、どういうことか説明して頂きたい、カナキ教諭!」
凄まじい声量だ。ただでさえ居心地が悪い職員室が更に肩身の狭い所に変わる。もう早く僕のオアシスである保健室へと帰りたい。
校長すら顔負けのテュペルの大演説に、何人かの貴族の教師がうんうんと頷く。どうやら彼等の気持ちも一緒らしい。
だが、大半の教師の反応はイマイチだ。なにせ、この議題が職員会議に上がるのは、何もこれが初めてのことではない。一年生の担任ならともかく、二年生や三年生の担任は他人事だし、四年生の担任は生徒の進路のことでそれどころではない。
「……だ、そうですが、カナキ先生。これについては何かありますか?」
進行役のサンソン教頭が、同情の入り混じった瞳で僕を見る。おそらく、今日もこれが議題に上がる前にサンソンの方でテュペルを宥めようとはしたのだろう。サンソンの顔には、多少の疲労の色が見て取れた。
いい加減テュペルに絡まれるのもうんざりしていた僕は覚悟を決める。どのみちいずれは解決せねばならない問題だ。他の教師との関係に波風を起こすのは今後の学校生活においてあまり得策とは言えなかったが、個別でテュペルたちと話し合うよりは、他の教師もいるこの中で話した方が確実に意見は通りやすい。なにせ、今から話すことは、大半の教員が事実として認識しており、にも関わらず目を逸らしている学校の問題の一つだからだ。
「それについては僕からも報告があります。先日、一年四組の生徒達にはホームルームの際、この事について僕の方から直接問いただしました。無論、個人情報の観点から、口頭による解答ではなく、筆記による匿名解答にしましたが」
これは個人情報の保護以外にも、これから話す内容を生徒個々人の意見ではなく、一年一組のクラス全体の総意として捉えさせる狙いもある。それに平民の生徒の意見を一蹴するテュペルたちも、誰が言ったか分からない意見――つまり、カレンの可能性がある意見ならば、容易にあしらうことも出来ないだろう。
「その結果、大多数の生徒の意見として、テュペル先生の――失礼。一部の先生方の授業が前時代的な理論
であり、ほとんどの生徒にとって既知の内容であることが理由として挙げられていることが分かりました」
その言葉を聞いた瞬間、テュペル激昂して立ち上がった。
「き、君ぃ! まさか、私たちの講義自体に問題があると言いたいのかね!?」
「――残念ながら、生徒達の意見を聞く限り、そこに問題があるようにして思えません」
「なぁ……!?」
硬直するテュペル。当然だ。今までただの気が弱い平民出身の一教師だと思っていた僕が、よもやこんなところで自分に刃を向けてきたのだ。僕は、テュペルからくだらないまぜっかえしをもらわないうちに、一気に畳みかける。
「我が校は、一年生でも五級魔法師の資格さえあれば戦闘実践演習にも参加できるカリキュラムを設けており、現在選抜戦が行われている学生騎士大会においても多くの生徒を参加させ、いわば実戦に重きを置いています。しかし、だからといって実戦だけで実力を付けさせるというのは乱暴というものです。故に、実戦以外の講義、座学においても、生徒達に期待を寄せる以上、私達も不断の努力で教材研究を続けなければなりません。特に、前線では常に求められるニーズというものは変わっているはずです。いつまでも変わらず、同じような授業を行っていては、今我が国で欲している人材を育成することは出来ません!」
僕の演説に、多くの教師が感心したような視線を向けてきた。少なくとも、テュペルより僕の主張が正しいと判断したとみていいだろう。
「――俺もカナキ先生の意見に賛成だ。これは、教師としてじゃあなく、元王宮仕えの騎士としての意見だがな」
そして、その中でも特に発言力の大きいリヴァル教官も、僕の意見に賛同して発言してくれた。『押し寄せる鉄壁』の異名を知らない者などここには誰もいない。職員室の空気も、僅かに緊張感が増したように感じる。
「カナキ先生は前線って言ったが、前線と言ってもピンキリだ。魔獣討伐で各地に派遣されたり、他の国とのいざござで戦争に出ることもある。その戦場によって、求められる人材は変わってくるし、その時に応じても変わってくる。つまり、これから生徒を向かわせる前線っていうのは、生き物なんだよ。そんなうねうね動く生き物に、何十年も同じことを教えるってのは、あまり賢くはないわなぁ」
「ひっ……」
リヴァルが意味ありげに貴族の教師を見回すと、その中から情けない悲鳴が漏れたが、それはしょうがない。だってあの人怖すぎだもん。
「私も、カナキ先生の意見に賛成です。自分を棚に上げるわけではありませんが、これからは私たちも、より一層講義の質を上げることに注力すべきだと思います。生徒の幸せこそが、私たちにとっても何よりの幸せですから」
メルトも賛成とばかりに手を挙げ、その後もポツポツと教師の中から同意の手が挙がる。
テュペルはもう反論の声さえ上げない。予想外の結果に呆然としている。
勝敗は決した。これ以上は無意味だ。最後に挙手していた教師が喋り終わったところで、僕は話を締めるために立ち上がった。
「先ほどメルト先生も仰いましたが、これは一部の先生だけでなく、僕達全員に言えることだと思います。僕達は生涯、子供に物を教えていくと決めた以上、僕達だって、いつまでも勉強を続けなければなりません。教師になったから終わりではないんです。むしろ、教師になってからが本当の生涯学習が始まるんだと僕は考えています。先週から選抜戦も始まり、先生方はどなたも忙しい身となっていることは重々承知ですが、これを機に、僕達も自分の講義について振り返る良い機会になると、僕自身は考えています。もしそれでお疲れになった先生がいらしたら、そのときは是非保健室にお立ち寄りください。先生方のお越しも、保健室は歓迎いたしますので」
職員室から笑いが起こった。
サンソンも、安堵した様子で周りを見回した。
「カナキ先生、ありがとうございました。他に何かある先生はいらっしゃいますでしょうか? ……では、今日の朝礼は終わりたいと思います」
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