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クラスの問題 2

だいぶ間が空きました。

「問題、ですか? でも、春先に先生が一番悩んでたオルテシアさんとの確執の問題も、最近は徐々に打ち解けて良くなってきたって話してましたよね?」

「うん、それは事実なんだけどね……。今は僕に対してっていうか、他の先生に対しての態度が問題になっていてね」

「あっ……、貴族の先生に対しての授業妨害ですか?」


 エトは思い出したとばかりに手を叩いた。


「そうなんだよ。いや、授業妨害というほどでもないんだけど、依然として教師の話はほとんど聞かずに自習しているらしくてね……。それがカレン君でなかったらそれほど頭を悩ませることもなかったんだけど、なにせ彼女のカリスマ性は絶大だからね。ほかの生徒も影響を受けて、授業がロクに進まないらしいんだよ」


 勿論、カレンだけを責めるのはお門違いの話だ。彼女に乗っかる他の生徒にも非はあるし、そもそも、新人でもないのに内職を許す程度の教材研究しかしてない教諭の方に原因はあると僕は思っている。事実、カレンが授業をボイコットするのは決まって貴族の教師、それも家のコネを使って教師になった、あまり熱意のない者だけだ。テュペル教諭などは、その筆頭にあたり、だから僕への風当たりも強いというわけだ。名門貴族出身であるがゆえに、自分からは絶対にカレン君に注意も出来ないしね。


「オルテシアさんってすごい大人のイメージだったから、なんかちょっと意外です」

「まぁ、彼女の貴族嫌いは折り紙付きだからね。これくらいのおいたなら笑って許してあげたいくらいなんだけど、他の先生方がうるさいからねぇ。自分の授業にも非があるってことに彼等は気づきそうもないし」


 生徒の学力向上のためにも、今いる教員のスキルアップは必要不可欠だ。しかし、僕のような若い教員や、仕事熱心な教員でもない限り、現状維持に甘んじる教員が多いのが現状だ。学生騎士大会で結果を残せと生徒にあれだけ言うのなら、座学の面も同時に充実するべきだ。このままではリヴァル教官におんぶにだっこの現状はいつまでたっても変わらないだろう。

 そこまでをエトに話すと、彼女は黙って僕の瞳を覗き込んだ。


「どうしたんだい?」

「いえ、先生って意外にって言ったら失礼ですけど、本当に教育熱心ですよね。先生のカウンセリングだって、二年生の中でもかなり好評なんですよ?」

「意外にって……まぁ僕の裏も知っているエト君からすればそう見えるかもしれないけどね。多分、君以外の生徒は僕のことを真面目な教員だって思ってるはずだよ」


 昔から性格を取り繕うことは得意だった。よくサイコパスは、他人の気持ちに共感できないなどと言われているが、僕の場合はそんなことはなく、他人の気持ちを推し量り、共感することが出来る。だからこそ、カウンセリングだって上手いと自負しているし、問題が起きれば生徒の気持ちになって考えることが出来る。

 つまり僕にとって、学校でのカナキ・タイガとは、能力は平凡であるが教育熱心であるという「配役」なのだ。無論、魔法学校の教師という仕事に対して純粋にやり甲斐を感じているのも事実だが。


「僕は基本、善良な教師なんだよ? それに、最近は裏の仕事の方も徐々に数を減らしているんだ。マティアスさんやセニ……アリスさんもいなくなったし、そろそろ潮時かと思ってね」


 後半は全くの嘘だ。エトが僕の仕事に対して良い感情を抱いていないことは分かっている。だから、独りになったエトにこれ以上負担をかけたくないと思ったし、僕の秘密を知る者は少ないに越したことない。マティアスさんがいなくなった以上、プライベートでの彼女との接点もこれから減っていくだろうし隠蔽することは十分可能だろう。


「――ほ、本当ですかっ!?」


 そんなことを知らないエトは、まるで蕾が花開くような満面の笑顔を浮かべた。いつも控えめな笑みを浮かべる彼女にとってはとても珍しいことだ。相当嬉しいのだろう。

 もし、今彼女に保健室で眠る新しい玩具(ペット)を紹介したら、一体どんな顔をするだろう。

 そのときのエトの表情を想像して邪悪な笑みが浮かびそうになるが、そこはポーカーフェイスにも定評のある僕だ。そのうえから人を安心させる笑顔を浮かべて覆い尽くす。


「うん。とは言っても、いきなりにとはいかないから、完全に足を洗うのはまだまだ先になるとは思うけど……そんなことよりも、今はクラスの問題さ。カレン君の問題の他にも、もう一つ、これはまだ確証はないけど、ちょっと気になることがあってね……」

「そうですか……。でも、それなら私がこんな忙しい時期に先生の部屋に押しかけちゃってご迷惑じゃなかったんですか?」

「あ、ううん、それは全然かまわないよ。エト君には僕の愚痴を聞いてもらってるし、何より、師弟関係を結んでいる以上、弟子のメンタル面もケアしないとね。……あれからそんなに日も経っていないんだ。無理しなくて良いんだよ?」

「……ありがとうございます。でも、本当に私、大丈夫です。アルティちゃんのご両親にも、とてもよくしていただいていますし」


 あの事件の後、身寄りを無くしたエトは、勿論あのまま屋敷に一人で暮らすことも出来ず、一時は孤児院に預けられることも考えられた。だが、それに一番反対したのが、同じ事件の被害者であったアルティだった。


「どこも行く宛てがないなら、うちにおいでよ!」


 アルティとてただの能天気な少女ではない。自責の念に苦しめられる中で、その提案をするには、並々ならない勇気が必要だっただろう。結果的に、エトはその提案を受け入れ、現在はアルティの実家で世話になっている。僕としても、あの場にいた二人がなるべく行動を共にすることは、秘密の漏洩を防ぐ際を考えるととても助かる。

 気づけば、エトも食事を終え、器もかなり冷たくなっていた。気付かないうちにかなり話し込んでしまったらしい。エトも他人の家でお世話になっている以上、あまり帰りが遅くなるのは好ましくないだろう。


「ちょっと話し過ぎてしまったね。エト君もそろそろ帰りなさい。そこまで送ろう」

「い、いえいえ、ご心配には及びません。私は一人で大丈夫なので、先生は早くおやすみになってください。最近は学生騎士大会の学内選抜戦で怪我人が続出してますし、先生も忙しいんですよね」

「あはは……まあね。それじゃあお言葉に甘えようかな」


 エトの言った通り、先週から行われている選抜戦のせいで疲れているのは本当だし、転校生が来る来週までに、クラスの問題を少しでも片付けておきたい。僕は、玄関先でエトを見送ると、服も着替えずに、そのままベッドに突っ伏した。


読んでいただきありがとうございます。

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