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クラスの問題

「来週から先生のクラスに転校生が二人来ます」

「……冗談でしょう?」


 教頭から紡がれた言葉に、僕は思わず素で返してしまった。


「貴様! サンソン教頭に何という口の利き方を!」


 途端、教頭の傍にいたテュペル教諭――以前から事あるごとに難癖を付けてくる貴族出身の教諭だ――がキラキラと唾を飛ばす。そういえばこの人の始末も色々ゴタゴタしていて忘れていたな。


「テュペル教諭、今はカナキ先生と話しているので口出しは無用です」

「は、はい! 申し訳ありません!」


 ていうかなんでアンタはここにいるんだよ。

 僕の冷ややかな視線にも気づいた様子はなく、テュペルは直立不動で休めの姿勢を取った。


「――それで、教頭先生。転校生というのは何かの冗談でしょうか? 人手不足で急遽担任になった僕が、オルテシアさんを受け持ってるだけでも正直一杯一杯なのに、そのうえ転校生となると、僕の胃が本格的に保たないのですけど」

「ふふ、カナキ先生は相変わらずハッキリ物を言いますね。変に意地にならない所は嫌いではありません。しかし、今回の件は、どうしても君にお願いするしかないのですよ」

「と言いますと?」


 教頭は一つ咳払いを入れてから、声を低めて話始めた。


「なんでも、来週来る転校生というのが王国の秘蔵っ子らしくてね。秘密裏にオルテシア王女殿下を守護するために派遣された、いわばボディーガードらしいのですよ」

「へぇ。しかし、ボディーガードの役割は、既に従者であるフィーナ・トリニティが担っていると本人たちから聞きましたが」

「それはあくまで当人たちだけが決めた話らしくてね、先月の事件を受けて、王宮内で一悶着あり、一時はオルテシア王女殿下を強制送還するって話も出たそうですよ。しかし、カレンさんの父君、現国王陛下が最大限彼女の意思を尊重したいと直々に仰ったため、結局秘密裏に護衛を付けるという形で収まったそうです」

「なるほど……」


 教頭の話は、確かに納得のいくものだった。後からフィーナに聞いた話だが、マティアスとアリスが起こした事件のとき、カレンは一時的に心肺停止状態にまで陥ったらしい。それを、マティアスの気まぐれのおかげで回復したそうだが、狩人の襲撃だけでなく、この話まで王宮の人間が聞いたら卒倒ものだっただろう。それこそ、にべもなく強制送還させられていたに違いない。

 だが、教頭の話が本当なら、個人的にこれはかなり厄介な話になる。

僕は苦虫を噛み潰すような表情になるのを堪え、教頭に神妙な顔を見せた。


「話は分かりました……しかし、一個のクラスを受け持つ担任として、僕はその生徒達だけ何かに付けて優遇することは出来ませんよ。他の生徒の手前もありますから」

「そこは問題ありません。先方もそれは了承済みですし、転校生の二人は紛れもなく十六歳ですから。カナキ先生は今の話を事実として頭に入れて頂いているだけで大丈夫です」

「……あの、先ほどから気になっていたんですけど、転校生は二人、なんですか?」

「そうですよ。既に必要な資料も届いています」


 そう言って教頭は自分の机から二枚の紙を取り出した。

 それを受け取ったとき、僕は片眉を上げた。


「……兄妹ですか」

「ええ、しかも、どちらも二級魔法師という実力の持ち主です」


 僕は眩暈を覚えた。ただでさえ、三級魔法師の僕より格上の生徒が既に二人もいるのに、これからまた二人も増えるというのだ。折角カレンとフィーナとの距離が縮まり、クラスをある程度掌握しかけていたというのに、これではまた生徒達に無下にされる可能性が出てくる。

 更に、僕が引っ掛かったのは名前だ。兄がシリュウ・イドウ、妹がシズク・イドウ。オルテシア王国ではそれほど珍しくもない名前だが、このときの僕にはどうにも引っ掛かりを覚えた。


「細かな手続きなどは私の方でやっておきますので、カナキ先生は担任として、二人を頼みましたよ」

「あ、ちょ……」


 用件は伝えた、とばかりに教頭はテュペルを率いて行ってしまった。

 僕は最近癖になりつつある溜息を吐くと、二人の資料を鞄の中に突っ込んだ。






「――じゃあ、先生のクラスに来週からその二人の転校生が来るんですか?」

「そういうことになるね」


 教頭に守秘義務を課された日の晩、僕は早速その義務を放棄していた。

 畳七畳程度の狭い部屋には現在来客が来ていた。その来客は、僕の目の前でもうもうと湯気を上げるラーメンから麺を掬い上げると、ふぅふぅと可愛らしく冷ましてから頬張った。


「全く、最近の学校はどうなってるんだ。一年生だけで二級以上の魔法師が三人だよ? 僕達教師の面目がまるで立たないね」

「二級魔法師ってなると、アルダール先輩ぐらいのレベルってことですよね。一年生なのにそんな子が二人も……フィーナちゃんもだけど、今年の一年生はすごいですね」

「……でも正直、今の君ならフィーナ君にも良い勝負ができると思うよ、エト君」

「え、ええっ! そんなわけないですよ!」


 ラーメンに頬を緩ませていたエトがびっくりして掬った麺を落とす。


「いや、この前だってあれだけ僕をボコボコにできたんだよ? 魔法はともかく、体術に関して今の君なら、右に出る人はいないと思うよ」


 この前、僕のゼミの練習会でフィーナに体術を教えていた時、物の試しにエトと手合せしてみたら、とんでもないことになった。エト自身体術の経験はほとんどなく、本人も身体が勝手に動いた、と言っていたことから、僕はあのときマティアスさんが使った賢者の石が関係していると睨んでいる。今のエトの身体のほとんどはマティアスの身体だった物から構成されているんだから、身体能力や技術も、マティアスをそのまま受け継いだと考えるのが、一番しっくりくる。


「あ、あんなのただのマグレですから! じゃなかったら、私が先生に勝つなんてあり得ません」

「あの時はびっくりしたよ。ストックが一つ消えるかもってひやひやしたよ」

「ご、ごめんなさいぃ!」


 エトの反応に僕は笑顔を作るが、すぐに今の現実を思い出して溜息が出る。そのまま力無くラーメンを啜ると、エトから心配そうな声が飛んできた。


「あのぉ、先生、転校生がそんなに大変なんですか?」

「勿論。クラスのパワーバランスにも影響が出ることもそうなんだけど、今僕のクラスはちょっと色々問題が溜まっててね。やっとあれから落ち着いてきて、ようやく問題解決に着手しようとしてたところだったんだよ」


 本当は、転校生の件で一番厄介なのは、僕の趣味関係の方面でなんだが、エトにそれをわざわざ話す必要はない。クラスで問題が山積みなのも事実だしね。


読んでいただきありがとうございます。

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