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来訪

「――いさん、起きてください。兄さん!」

「んん……」


 ゆっくりと瞼を上げると、見慣れた部屋の天井を背景に、これまた見慣れた少女の顔があった。色素の薄い肌に、それとは対照的にほんのりと上気した頬。ぱっちりと開いた瞳には、俺の寝ぼけた顔が映っていた。


「兄さん、起きてください。学校に遅刻してしまいますよ」

「ううん……もうそんな時間か?」

「はい、もうご飯は出来ているので、早く着替えて降りてきてくださいね」

「ああ……」


 パタパタと部屋を出て行った妹の背中に返事を返してから大きく伸びをする。時計を見ると、きっかり九時間も眠っていたことになるのだが、まだまだ眠れる。最近、大会が近いため剣道の練習時間を増やしているせいだろうか。

 だが、学校に遅刻なんてしようものなら本末転倒どころか、妹にどれだけ説教されるか分からない。そもそも、俺の準備が整うまで彼女はいつまでも俺を待ち続けるだろう。学校では一、二を争う優等生である妹の皆勤賞を、そんな情けない形で破ることは出来ない。

 俺は掛かっていた制服に袖を通すと階段を降り、味噌汁の良い匂いがするリビングで自分の席に腰を下ろすと、手早くご飯をかきこむ。

 それを対面に座る妹は、呆れた様子で眺めていた。


「兄さん、あまり急ぐと喉をつまらせますよ」

「俺の喉はそんなヤワじゃないから大丈夫だ」

「全くもう……あら」

『続いてのニュースです。先日、殺人などの容疑で逮捕された金木亮容疑者について、昨日、警察は金木容疑者が関わった事件として、他にも七件ほど過去の失踪事件に関与していると発表しました。』


 妹の目が釘付けになったのは、朝のニュース番組だった。ちょうどトピックが変わったところで、テレビの画面いっぱいに柔和そうな青年の顔が映し出されている。

 その中でニュースキャスターが伝えていたのは、最近殺人で捕まった犯人が、他にも多くの余罪を持っていることが分かったという話だった。


『金木容疑者の関わった事件は、全国各地に点在しており、そのどれもが、失踪事件として未解決のままでした。今回、金木容疑者が使用していたという廃墟の地下から発見された髪の毛や血液から、行方不明となっている被害者の物と思われるが物が発見されたということです。金木容疑者の供述によると、私は神の言う通りに儀式を執行しただけ、彼らは栄誉ある神の供物として責務を全うした、などと話しており、警察は精神鑑定も含めたうえで、事件を調査していく模様です』

「うわぁ、こういう狂ってる奴って本当にいるんだなぁ」


 味噌汁を啜りながら、そう感想を漏らすと、テレビには容疑者が関与していたという事件の内容が次々とピックアップされる。ほとんどが聞いたこともないような、田舎での失踪事件ばかりだったが、中には一時世間を騒がせたような凄惨な殺人事件もあった。


「……ですが、この犯人、本当に正気を無くしていたのでしょうか?」

「うん?」


 神妙な顔を作った妹に、俺は首をかしげる。


「見る限り、この犯人が起こした事件は、全て情報が少なく、今回彼が捕まらなければそのまま未解決で終わったであろうものばかりです。そんな用意周到な犯人が都合よく精神に異常をきたしているなど考えづらいと思うのですが……」

「神がどうとかーって言っているのが演技だっていうのか? でも、さっきのこいつが起こしたっていう新潟の事件なんて男女の小学生二人の手足を切って、それぞれ別の相手にくっつけたとか言ってたぞ? そんな残酷なこと、それこそ頭がおかしくないとできないんじゃないか?」

「……ですが、それさえも犯人の思惑通りだったなら? あえて凄惨な事件にすることで、精神異常と判断されやすいようにしたのかもしれません」

「うーん、そこまでは流石に分からないけど、ただ、どちらにしてもこいつはロクでもない奴だな」

「はい。本当に同じ人間とは思えません――そして兄さん、そろそろ時間が……」

「え……うわぁ! もうこんな時間か!?」


 俺は残っていたサラダを吸い込むように平らげ、最低限の身だしなみを整えると学生鞄を掴む。

 玄関では、既に身支度を整えていた妹が、既に俺を待っていた。


「いつも言ってるけど、さっき行ってて良いんだからな!?」

「私は兄さんを監督しなきゃならないんですからそんなことできません。さぁ、走りますよ!」


 妹は学業も優秀だが、運動だってピカイチだ。

 陸上部のような健脚で走りだした妹と並んで走っていた俺は、途中で狭い路地裏へと進路変更する。


「兄さん、こっちは!?」

「最近見つけた近道だ!」


 両側を高い塀で挟まれた人一人がやっと通れるような狭い道を、俺は肩を縮こませながら早足で進む。後ろから足音がするということは妹も問題なくついてきているのだろう。

 これなら多少余裕を持って間に合いそうだ。そんなことを考えて油断していたからだろうか。俺は足元にあった光る水溜まりに気づかなかった。


「やば――おおおおおお!?」

「兄さ、きゃぁああああ!?」


 だが、そこに足を突っ込んだ瞬間、それが水溜まりでないことを俺は遅まきながら悟った。それは水溜まりではない。ぽっかりと開いた、白い穴だった。

 身体ごと落ちてしまった俺は内臓が浮くような感覚の中、隣で悲鳴を上げる妹の手を掴む。

 工事中の穴にでも落ちたのか。いや、それにしても流石に穴が深すぎる。

 俺は、妹を抱きかかえ、自分の背中を下にしたとき、それと同時に背中に重い衝撃が走った。


「いっつ……ッ!?」

「兄さん! お怪我は……!?」


 頬を紅潮させてこちらを心配そうに見下ろす妹に大丈夫だ、と視線を送ったとき、頭上で渋みのある男の声が聞こえた。


「おーおー、こりゃ、珍しいお客さんが来たもんだ」

「!」


 視線をそのまま上に上げると、上下逆さまに映ったワイルドな男が、含みのある笑みを浮かべていた。


「とりあえず、ようこそ『ファンタゴズマ』へ。呼んだ覚えもないが、一応は歓迎するぜ、異世界からの旅人さん?」


読んでいただきありがとうございます。

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