終焉
「はぁ……はぁ……ッ」
無限に続くようにも思える雑木林を、アリスは体を引きずるようにして歩いていた。
誰も手入れをせず、乱暴に生い茂った雑木林には、月明りも木々の葉に邪魔され、僅かしか届かない。いつもなら視神経に魔力を通し、夜目を利かせるだけですむアリスだが、今の状態では、その僅かな魔力を使うことさえ惜しい。
圧倒的な魔力量を誇り、自他共に認める強者であったアリスだが、今やその腹には拳大の大きな風穴が開き、半分腸が外に飛び出し、這うような速度で歩くのがやっという状態だ。
並の人間なら既に死んでいるし、少なくとも歩ける状態ではない。
しかし、それでもアリス・レゾンテートルは確かに生きていた。
「はぁ……ふ、ふふ、私が、まだ生身の人間だとでも、思ったのかしら……」
追手が来ないことを確認したアリスは、荒い息を強引に整え、口の端を弧に歪める。現に、今カナキたちの追撃があったら、流石のアリスもどうしようもなかっただろう。
逆に言えば、あの用心深い二人が、確実に仕留めたと確信するほど、致死的なダメージをアリスは負っているのだ。それでもこうして生きて逃走できているのは、アリスの体でさえも、既に死人であるからに過ぎない。
『完全なる骸』。アリスの用いる固有魔法であり、屍を生きた人間同然のように操る魔法だが、それだけに限った話ではない。使わない内臓器官を動かせるということは、逆に使わなくても生命活動を行えるということに繋がる。つまり、アリスはたとえ、心臓を貫かれたり、内臓を食べ尽くされたりしても、他に依り代があれば、本体であるアリスを離れても生きながらえることが出来るのだ。
――それにしても、マティアスさんはともかく、カナキ君があそこまで“できる”なんてね。
必死に魔力を投げ打って腹に開いた風穴を修復しながら、アリスが考えるのは、自分が格下と決めつけていたカナキのこと。『魂喰』という厄介な魔法を持っているとはいえ、種が分かっていればどうとでもなると思っていたが、まさかアリスの『無限障壁』を突破するほどの奥の手をまだ隠しているとは。あれはもしかすると、魔法師の中でも伝説のような存在の魔法――特級魔法の域に達している可能性すらある……。
「……ふふ、今はそんな悠長に考えている余裕もなかったわね」
アリスは、そこでカナキの考察を打ち切り、目の前の危機への対処に注力する。
とりあえずは、魔力の補給だ。今自分が操っている死人たちを早くこちらに集結させ、彼等から魔力を絞るだけ絞りつくして、魔力を回収しなければ……。
「―――――――やっと見つけました」
「――ッ!?」
そのとき、咄嗟に身を伏せることが出来たのは、アリスの卓越した魔法センスの賜物か。
アリスの頭上に生え並んでいた木々が、一瞬のうちに全て薙ぎ払われた。
「――なによ、この馬鹿げた魔力量は……!」
一瞬で拓けた頭上から、先ほどとは打って変わって月明りが降り注ぎ、アリスは目を細める。
やがて光に慣れた視界の中で、眼前に立つ人物を見たアリスは、驚愕に目を見開いた。
「カレン・オルテシア……!?」
「どうも、屍術姫さん。私が眠っている間に『カグヤ』がお世話になったようですね」
つい先ほどまで病室で眠っていたはずの少女、カレン・オルテシアは涼しい顔でアリスに挨拶した。だが、その眠っていたカレンの片肺を潰したのは当のアリスだ。例え、どんなに腕の立つ医師がいても、この短時間で彼女がこうして戦線に復帰できるはずがない。
「病室で私を守ってくださっていた先輩たちを殺したのはあなただと聞きました。本当ならば、ここで問答無用であなたを消し去りたいところですが、私もカグヤの一員。任務を全うして殉職した先輩たちの為にも、ここで私が私情を持ち込むわけにはいきません。故に、アリス・レゾンテートル。あなたをこの場で拘束します」
最も、今のアリスにはカレンが何故完治しているのかなど考える暇はなかった。
それは、アリスが逃げる算段を付けるからではなく、次の瞬間には、カレンの峰打ちによって、アリスの意識が闇に落ちたからだ――。
読んでいただきありがとうございます。
今日中にもう一話更新できると思います。




