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殺人姫に離別の花束を 5

アリス戦、完結です。

 ――全く敵わないな、この人には。

マティアスを一瞥しただけで、既にこの人の命の灯火が正に今消えかかっていると分かる。右腕は根元から切断され、その右肩も不自然に下がっており、ズボンなど己の血で変色してしまっている。あれでは貧血症状で視界にも影響が出ているに違いない。だが、なんだろう、この全く衰えないどころか、今まで感じたことのない迫力は。その迫力に気圧されたのか、隣でアルティがぺたんと尻餅をつくのが分かった。僕だって、一瞬背筋が凍ったのだからしょうがない。


『マティアスさんッ!? どうしてここに――』

「どうしてもなにもセニア、お前がわざわざ自分で教えただろう」

『この……死に損ないがぁ!』


 ここで初めてアリスが吠えた。同時に、周りを取り囲んでいた魔物たち全てに『強化(リィンフォース)』、『疾風(ゲイル)』、『頑強(ストレングス)』、『魔知眼(イビルノウ)』などの魔術、更には『竜魂(ドラゴニック・ソウル)』、『鉄の身体(アイアン・ボディ)』などの中級魔法による強化まで施し、魔物たちが急激に強化されたのを感じる。満身創痍だとしても、マティアスにはそれだけ警戒するということだろうが、いくらマティアスでも流石にこれは――。


「――八機手」






マティアスが消えた瞬間、全ての魔物に一打ずつ、致命傷となる風穴が開いた。






『――な、なによそれっ!?』

「……流石にデタラメすぎますね」


 奇しくも、アリスと僕の声が重なった。

 一体一体が厄介だったはずの魔物が全て塵と化し、流石のアリスも上ずった声を上げるものの、アリスもいくつもの修羅場をくぐってきた元準一級魔法師。すぐにまた大量の魔力を練り上げ、失った戦力を一気に補充しようとする。


「正面きっての勝負だったら最善手でしたけどね……!」


 僕は、即座に魔知眼(イビルノウ)を発動し、魔力が急激に高まっている場所を探す。アリスほどの魔法師が全力を出して魔力を練り上げているのだ。膨大な魔力が渦巻いている所はすぐに見つかった。


「『重力(グラヴィティション)』……!」

「しまっ……きゃぁああ!」


 魔力の根源――屋根裏の一角にピンポイントで重力魔法を発動し、アリスを居間へと叩きつける。やはり近くで様子を見ていたようだ。殺戮ショーを近くで観たいという彼女の趣向がなければ、こうも簡単に捕まえることは出来なかっただろう。

 そのまま、重力(グラヴィティション)で捕まえておきたいところだったが、流石にアリスの対魔法で破られる。好機と取ったマティアスが襲い掛かろうとするが、岩氷柱(ロックアイシクル)で牽制され、出鼻を挫かれる。

 それでも、二階建ての屋根裏から一階に勢いよく落ちたのだ。咄嗟に魔力で衝撃を緩和しただろうが、ダメージはあったらしい。

 よろよろと起き上がったアリスは、瞳に燃えるような怒りを湛えていた。


「やってくれたわね……けど、これで勝ったなんて思わないこ」


 言い終わらないうちに、マティアスの拳でアリスの小さな体が吹き飛ぶ。『魔力の鎧(マジックメイル)』と展開していた『魔力障壁(マナ・ウォール)』で致命傷は免れたものの、それらを拳一つで全て破られ、外を転がるアリスに追撃しない手はない。


「アルティ君、ここにいて」


 返事を待たずに、僕は外へ飛び出し、起き上がろうとしているアリスへと迫る。魔力で強化しなくても、毎日走って鍛えた足腰は十分な加速力を生む。やっぱりフィーナ君たちに身体トレーニングを進めたのは間違いじゃなかったね。


「ク、ソがぁああああああ!!」


 完全に余裕を失ったアリスは、左手の指輪に魔力を送り、瞬時に焔刃(フレイムブレード)を大量に生み出す。三年生でも一度に八本出せれば大したものだが、アリスはこの一瞬でその三倍くらいの数は生み出している。

 だが、それでも遅い。展開した焔刃(フレイムブレード)を投げ放つ前に、僕は彼女の懐へと飛び込んでいた。魔力によるブーストもかけられていない純粋な筋力だけによる蹴りだが、小柄な体躯のアリスを吹き飛ばすのには十分だったようだ。


「――あなたが近接戦で僕達を相手に出来るわけないでしょう」

「ぶっ!」


 僕のハイキックがアリスの人形のような端正な造りの顔に突き刺さり、下品な声を立てて、アリスがまた地面をバウンドする。そこに目にも留まらぬ速さでマティアスが走り込むが、なんと地面を転がりながらも、アリスは魔力を練り上げる。


「……ッ! 『無限障壁(インフィニティウォール)』ッッ!!」

「!」


 しかも、唱えられたのは最上級魔法。突如現れた山のような壁は、同じ最上級魔法でもぶつけないと、壊れることはないだろう。


「まぁ、それで解決できるんですけど」


 僕は、懐に残っていた魔晶石二つをいっぺんに砕く。

 荒れ狂うように湧きだす凄まじい魔力は、一瞬でも気を抜けば、僕の身体をズタズタに引き裂いてしまうようなレベルだが、これまでいくつもの魔晶石を作ってきた僕にかかれば、魔晶石二個分程度の魔力コントロールなど造作もない。僕は、吹き出る魔力を左手に集中させ、無限障壁(インフィニティウォール)に触れる。


「『霧幻泡影(デストラクション)』」

「ッ……分解魔法ッ!?」


 障壁は、僕の手の触れた所から一気に分解され、崩れ去り、元の魔力へと戻ってバラバラになる。


「驚いてますけど、さっき見せたばかりじゃないですか。それとも、あの一回だけじゃ分からなかったんですか?」

「ッ……カナキぃ!」


 屈辱に身を震わし、僕に魔法を叩きこもうとしたところで、アリスの表情が固まる。

 そうですよアリスさん。あなたの敗因は僕のような小物なんかより、よっぽど危険な人から注意を逸らしたことですよ。


「――娘の仇討ち、というのも柄じゃないのは分かっているがな」

「ッ、『魔力――」

「破砕」


 魔法の高速展開も虚しく、アリスの肉体に致死的な一撃が入り、それが殺人姫への離別の手向けとなった。


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