病院での結末
以前投稿した話ですが、わけあってここにもってきました。
Side マティアス
リリス中央病院五階の一角にある病室。そこで行われていた死闘も、遂に終わりを迎えていた。
「――ここまでね」
カレンのいる病室は、最早原型を留めないほどに変わっていた。床や壁、天井から所狭しと『岩氷柱』による無数の石柱が生え並び、さながら鍾乳洞のよう。しかし、その鋭く尖った岩の半分以上は途中から砕かれ、或いはへし折られており、歯の抜けた櫛のように、病室の入り口から術者であるカレンまでの道が切り拓かれていた。
「…………」
ごぽっ、という異音と共に、マティアスの口から大量の血液があふれ出す。今にも倒れそうなほど顔を蒼くしたマティアスには右腕がなく、更に右肩も歪に変形しており、それ以外にも身体には無数の傷を負っていた。
しかし、それでもマティアスの左手だけは力強くセニアの首を掴んでおり、いつどのタイミングでもへし折ることが出来る状態になっていた。
「流石にそこまで満身創痍の身体なら、セニアでも倒せるんじゃないかと思ったけど、カナキ君からもらった魔晶石がまだ残っていたのね。自分は協力しないとか言っておいて、彼も大概世話焼きよね」
「……エトを殺したのか?」
それだけを訊くのに、マティアスでさえも数秒の時間を要した。
「え、当たり前じゃない」
しかし、あっけらかんと返された言葉に、今度こそマティアスは雷に打たれたように身体が動かなくなった。
「さらに言えば、エトちゃんの死体の前で、ただいま絶賛カナキ君が私の本体と戦闘中だよ☆ カナキ君がゾンビみたいにしぶといことは私も知ってるから、今は眷属を使って徐々に消耗させてるところー。ちゃんと保険として、カナキ君のもう一人のお気に入りをその場に放り出してあるから、彼もそこから逃げるに逃げられないみたい。いやぁ、私もなかなか切れ者よねー」
聞きもしないことをペラペラと喋るセニアだが、それが時間稼ぎの手段であることはマティアスも自覚している。
別に、今からどんな奇襲を受けても、その前にセニアを殺す自信はある。セニアとてそれは重々承知だ。セニアが狙っているのはその先。自分を殺した後に、マティアスが本体の方までやってこないように、駐屯兵団なりカグヤなりが足止めすることだ。どのみち、このままではマティアスは遅かれ早かれ放っておけば死ぬのだが、死に際の人間ほど面倒くさいものはない。その面倒くさい相手を、セニアは他の連中に押し付ける算段なのだ。
マティアスとてそれが分からないほど愚かではない。別に、いつ死んでも構わない身ではあるが、カナキにはこれまで世話になった。彼に別れを言うついでに、娘の仇を討つというのも陳腐ではあるが悪くはない。
そのとき、病室の入り口で足音が聞こえた。
「あ、フィーナちゃんだ。どうにか間に合ったのね」
振り返ると、そこには困惑した表情で立ち尽くす少女の姿――確か、王女の従者でフィーナ・トリニティと言ったか、彼女の視線はこちらではなく、窓際のベッドへと集中されていた。
お、遂に始まるか、と喜色を浮かべたセニアの首を圧し折って放り投げると、マティアスはフィーナの行動を注視した。
「カレン……様!?」
だが、警戒していた攻撃はなく、フィーナは急いで虫の息となったカレンの元へと向かう。無数に生えた石柱のせいで、服が破れ、切り傷を負うが気にせず走り続ける。
おそらく、そう遠くない間に彼女の慟哭する姿を見ることになるだろうが、生憎マティアスにはその辺りに興味はない。
耳を澄ませば、階段の方からは複数の足音も近づいてきている。魔晶石も尽き、満身創痍のこの身体では先ほどのように大勢を相手にすることは出来ない。その前に窓から飛び降りて逃げようとしたとき、ちょうどフィーナがカレンに無駄な治療を施し始めた。
「くっ……治れ、治れ……ッ!」
必死に『下級治療』を施すフィーナだったが、カレンの傷は最上級魔法でも使わない限り治る見込みはない。それをおそらくあの少女も理解はしているだろうが――。
「……!」
そのとき、石柱の間で月に照らされて光る物を見つけ、マティアスは眉を上げた。
そこには、先ほど破れたフィーナの制服の切れ端に混じって、カナキの魔晶石が落ちていたのだ。
近くに行って手に取るが、やはり間違いない。何故かと疑問に思うが、駐屯兵団がすぐそこまで迫ってきている。ここは僥倖と割り切り拾って、すぐに退散すべきだ。
「……おい」
「ッ!」
マティアスはそのときの気持ちが何だったのか、ついぞ分からない。
だが、そのときマティアスは拾った魔晶石を持ち返ることはせず、フィーナに渡していた。
「これをその女に飲ませろ」
「……貴方は、カレン様を殺そうとしているはずです」
「さっきまではな。だが、どうでもよくなった。で、どうする。そのままだとあと数分もないうちに王女は死ぬぞ」
マティアスの喉元に剣を突きつけながらも、フィーナの瞳がマティアスと魔晶石を交互に行き交う。
時間がないのは王女だけではない。マティアスも同じだ。別に、何がなんでも助けたいわけではないし、まだ迷うようならマティアスは躊躇いなく彼女を見捨てるつもりだった。
「……私は」
そして迷った末に、フィーナは――。
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