死者たちの舞踏
あけてしまいましたね、おめでとうございます(2026年)
「――――フ」
ガトーが放った上級魔法、『雷雷鳥』の後、最初に動いたのはマティアスだった。
ガトーの雷と聖が防いだ障壁の合間をまさに霧の如くすり抜けると、綺麗に聖の背後を取り、鉄拳を振り下ろす。
「驚いた、あなたも魔力を持たないのですね」
「……」
その攻撃を当然のように受け止めた聖がそう言うと、マティアスは表情一つ変えずバックステップで後退したと同時に、今度は遠方からそれを見ていたアリスがエリアスを使い『次元斬』を放つ。隙間すらない完璧な連携だったが、しかしそれも聖はまるで見えているかのようにその不可視の斬撃を躱してみせる。
『ッ、本当に人間離れしてるわね……!』
「だけど、これだけの数を相手にいつまで保つかな!」
『思念』で悪態をつくアリスの言葉に、今度は肉声で頭上から聞きなれた声を耳にする。マティアス達に比べればその声をつい最近まで聞いていたというのに、どうしようもなく懐かしい声に僕は思わず彼女の名前を叫んだ。
「ナトラ君!」
「あははっ、先生、久しぶ、り!」
『颶風なる麒麟』を発動し、黄金の輝きを身にまとったナトラは、次の瞬間、爆発的なエネルギーをもって聖の下に突進した。これまでとは比べ物にならない衝撃が辺り一帯を襲い、大量の砂埃が舞い上がるが、それを意に介した様子もなく、聖はナトラの拳を涼しい顔で受け止めていた。
「もうっ、そんな余裕で受け止められるとちょっと凹むんだけどな!」
「いいえ、十分に重たい一撃です。あなたの拳からは、才能だけでなく、並々ならぬ修練を重ねた者特有の重みがあります」
「え、なに、あなたもしかしてめちゃくちゃ良い人? どうしよう、せっかく生き返ったけど、この人と戦うの気まずいかも」
「何を楽しく話しているのじゃ! 反撃が来るぞ!」
ナトラの周囲が光り、聖の術が発動する直前で、ミラの『時空の壁』が発動した。その直後に放たれた『英傑らの武心』はそれによって全て防がれ、その隙にナトラも後退するが、あわや直撃という場面に『思念』からナトラの焦った声が聞こえる。
『危なかったぁ、ありがとう、おばさま』
『おばっ……くっ、否定しきれないのも癪じゃが! それよりもこれを受け取れ!』
突然、上空で『空間転移』が発動し、宙に現れたのは見知った双剣だった。柄の尻部分の純白の鎖で剣同士がひとつなぎになっている。それを見てナトラが思わず歓喜の声(思念?)で叫んだ。
『わっ! 私のレグルスまで!? 至れり尽くせりすぎるよおばさま!』
『分かったからいい加減おばさまはやめぃ! あ、待て、ガトー!』
「はっはぁ!」
脳内ではなく、直接耳朶を叩いたその歓声はちょうどミラが制した人物であるガトー。彼はすでに全身を『幻獣化』させた状態で両翼を使って飛翔し、一気に地上の獲物を狙って降下する。狙いはそれまで全員の意識が集中していた前衛の聖ではなく、その後ろに控えていたイリスだ。
「あれを殺ればどのみち終わりなんだろう!?」
「ええ、それはそうだけれど――」
接近したガトーが振るった爪は、だがイリスの細い首には届かなかった。
「あなたに私を倒せれば、の話でしょう?」
「なっ……!?」
なんと、イリスは『リッパ―』の柄の部分でガトーの巨躯からなる一撃を真正面から受け止めていた。これには驚愕の息を漏らすガトーだったが、六道の精霊装に詳しい者ならその理由はすぐに分かる。イリスは、いつの間にか岩を模したような黒灰色の鎧に体を包み、その背には手に持つ『リッパ―』とは別の片手剣を提げていたからだ。
「牙碌の『ウラヌス』に、翠連さんの『原初の剣』まで……!?」
かつて畜生道、修羅道が使い手だった二つの六道専用精霊装、さらには今イリスが手にしている『リッパ―』を加えれば計三つの精霊装を同時に使用していることになる。いつの時かイリスが言っていた大司教のみが使用できる精霊装の能力が、六道の精霊装全ての絶対使役権だと言っていたが、その精霊装の効果によって、あれだけ一つ一つが莫大な神聖力を必要とする武器の同時使用を可能にしているのだろうか。いずれにせよ、これで聖を無視して本命のイリスを直接狙うという線は無くなった。聖を足止めしたところで、今の彼女を相手に単騎か少数で狙ったとしても、結果は今のガトーのように不発に終わるだろう。
『ガトー下がれ! その鎌はかすり傷でも対象を殺すぞ』
「ぉおっ!?」
ミラの言葉に反応し、ガトーが旋風を巻き上げながら飛翔し後退する。イリスから距離をとれば、それを見計らってすぐさま聖が遠距離攻撃を仕掛けるが、『幻獣化』により身体能力が飛躍的に向上しているガトーは、それをかいくぐるようにしてこちら側へと戻ってきた。
「チィ……おいカナキ! 前回といい今回といい、てめえがいる戦場のレベルはどうなってやがる! なんで俺様が底辺レベルで扱われてんだよぉ!」
ガトーからすれば、王国のラグーンドームでの死後、イェーマが暗躍したアーザフフロマレヌ連邦での戦闘後、二度目の蘇生してからの戦闘となる。ラグーンドームではシリュウに敗れたものの、当時のカレンを倒し、学生最強と目されていたレイン・アルダールを屠るなど、手下含めて大活躍をしていたガトーからすれば、こうも自分よりも格上と戦うことの経験は少なく、動揺するのも無理はないだろう。
「……それだけガトーさんが今いる戦場は世界の中心だということですよ」
僕がそう言うと、ガトーさんは怪物の顔に愉悦の笑みを浮かべた。
「へっ、そういうこったろうな! やっぱりカナキ、てめえについていくとおもしれえ! やっぱり戦争はこうでなくっちゃなあ!」
『まったくこやつは……援護する! マティアスとナトラとやらは合わせるがよい!』
ガトーが突貫の姿勢を見せ、体を低く屈めたとき、ミラが発動した『風刃』が大挙となって聖を襲う。それに対し、術を発動しようとした聖だったが、その発動を前にして速射された『魔弾』に美しい顔に渋面が浮かぶ。「ッ、これは……!」
『妾の目にはあ奴の異質な力の流れもしっかり見えておる。できる限り妨害してみよう』
『天眼』――魔力の流れを可視化し、普通の魔法師には感覚でしか捉えられない微細な魔力の動きまで捉えることができる魔眼だ。これまではその効力は魔力にしか及ばないと考えられていたが、どうやら神聖力も問題なく感知できたようだ。
「ッ、魔力量から大して注意を払いませんでしたが、それだけでは測れない厄介な能力をお持ちだったみたいですね……!」
「ガァアアアアアアア!」
四方からの『風刃』とともに、弾丸となって突進するガトー。十分に力を溜める時間もあったため、全身の重さを乗せたガトー最大の一撃となったが、その攻撃も、『風刃』も、全ては聖の数センチ手前で時間が止まったかのようにぴたりと止まってしまった。
「な、ぁ」
「あれは……」
「カナキさんにはこれが何かわかりますよね? 『閉じる世界』の適用範囲を大幅に縮小して、私の全身から数センチまでに限定しました。これで発動のタイムラグが無くなったうえにこちらからも反撃することができます。先ほど聖天剋さんと戦って着想を得ました」
絶句する僕たちに、そう律儀に説明した聖。ただでさえ圧倒的強者だった聖が、戦いを経てさらに進化を遂げる……全身が粟立つ感覚を覚え、それを拭い去ろうと僕も腰を屈めた時、耳元で突然声が聞こえた。
「落ち着け、カナキ」
「ッ、セシリアさん!?」
その声の主は誰であろう、先ほどイリスに殺されたセシリアのものだった。
「声がするということは、あなたもすでに『蘇生』をすませたのですね?」
「ああ、エトには無理をさせたがな。だが、いくら『賢者の石』を持たせたとはいえ、これ以上はエトの魔力を司る神経系が保たん。しばらく『蘇生』は打ち止め、つまりは死んでも復活はできん。この意味は分かるな?」
「……はい、つまり、今いる人達が僕達の全戦力ということですね」
「ああ。ただ厳密には、まだここからは見えない戦力も残っているがな」
「はああああああ!」
え、僕が声を出した直後、天空から黄金の光を纏ったナトラが聖の下に隕石となって炸裂した。
「ぐっ、これでも砕けないのっ!?」
「この術は威力など関係なく、概念として攻撃全てを無効化します。それと――」
唸るガトーとナトラに向かって、宙から現れた光剣の切っ先が向けられた。「その位置は射程圏内ですよ?」
「――あら、そんな余裕を見せていいのかしら?」
ナトラと同じ光を纏った存在が聖を襲った。
しかし、ナトラの時と違ったのは、聖を襲った者の刃は『閉じる世界』の障壁を貫通し、聖の胸を切り裂いたことだった。
「な……!」
「はぁ!」
続けて刃を振るったカレンに対し、聖はすぐさま後退することで、その一撃は聖の服の袖を僅かに斬ることにとどまった。
「一撃で決めるつもりだったけど……流石の反射神経ね」
「忘れたつもりはありませんでしたが、ここで出てくるのですね、カレン・オルテシアさん」
呼ばれたその人物、カレンは腰まで届く紅蓮の髪をかきあげると、「中々悪くないタイミングだったでしょ?」と首を傾げた。
「あなた達にとっては、かなり嫌なタイミングで登場できたと自負しているわ」
「か、か、カレン姉様!?」
思わずと言った様子で歓声をあげたナトラを一瞥し、一瞬複雑そうな表情を見せたカレンだったが、すぐに表情を引き締め、
「アレは私に任せて、あなたは大司教を狙いなさい、ナトラ」
と言った。「あの障壁は私にしか越えられないわ」
「わ、分かったよ! ほら、そこのおじさんも大司教を狙うよ!」
「アァン!? 誰に向かってそんな口を利いてんだてめえ!」
「四の五の言わないの! おじさんそんなに強くないから、あんまり役に立たない気もするけど、いないよりはまし! 確か大司教のもつ武器は、気配を薄める能力もあるから、常に全方向に神経を使って――」
「私がそうも都合よくあなた達の思い通りになるとお思いで?」
聖の姿がかき消えた。
次の瞬間、ガトーの懐に潜り込んだ聖の拳が異形と化した身体に突き刺さっていた。
「がっ……」
「あなたはこの場にふさわしくありません」
上級魔法すら通さない鱗が砕け散り、彼方へと吹き飛ぶガトー。魔力の消失は感じなかったため、まだ死んだことはないものの、物理的な距離をあれだけ作られ、さらには致命傷を負ったとなれば戦線復帰は無理だろう。
「ッ、私を無視するなんて……」
「無視はしていませんよ?」
ガトーを吹き飛ばした直後に跳躍し、今度は上空にいたカレンのもとまで飛んだ聖に対し、カレンは厳しい表情を浮かべつつも冷静に双剣を振るう。光剣と双剣がぶつかる度に大気は震え、その中心にいる両者は服を激しくたなびかせながら剣を振るい続ける。
「流石、魔法の才だけでなく剣の技量もやはり一流なのですね」
「どこからも上から目線で……!」
それまでよりもさらに一段と鋭いカレンの横薙ぎの一撃を聖は顔ギリギリで受け止めると、自分の刀身で滑らせるようにしてその一撃を受け流した。勢いを止めきれず、僅かに体が流れたカレンは、無理に体勢を立て直そうとせず、『流動』で後退しながら『光輝点』を同時に発動させ、灼熱の光球を多数射出する。それに対し聖は掌をそちらに向け、新たな術を発動させる。「『雨避けの加護』」
聖の殺到した光球は、彼女に触れるぎりぎりで神聖力を放出され相殺される。『閉じる世界』とは別の遠距離攻撃に対する聖の防御術だ。それを見たカレンは隠そうとせず渋面を作った。「防御の魔法だけは一流ね」
「『天月』による術であり、私からすればあなた達の魔法の方がよっぽど多種多様で素敵なものだと思います。ただし――」
聖の鋭い視線がカレンを射抜く。「攻撃の術も、私は自信がありますよ?」
光剣がいくつも聖周辺の空間から出現し、カレンへと光となって飛来する。
「同じ魔法で芸がないわね……ッ!?」
「流石にあなた相手はもう一工夫しますよ」
迫る光剣に意識を取られている間に聖は既にカレンを剣の間合いに収めていた。急ぎ迎撃体勢に入るカレンに対し、聖は駆け引きなく、大上段から光剣を振り下ろす。
「ぐう!?」
カレンはそれを双剣で受け止めるが、その重たすぎる一撃に空中から地上へと叩き落される。聖はそこで止まらず、更に地上へ舞い降りると、砂煙が吹き荒れる中、カレンへ何度も重たい攻撃を繰り返し、形勢を有利にさせていく。
「くっ……!」
その状況を見て、僕はまた身構えかけるが、その前にセシリアが「だから落ち着け」と囁いた。
「なぜ止めるんですか。僕の分解魔法なら今の聖さんの術みたいな種類の魔法にも有効なのは確認済みです」
「それは分かっているが、お前とて他者から奪った魂魄はもうほぼ残っていないだろう。そんなもう後がないお前が前衛に出ればまさに奴らの思う壺だ。ならお前も聖は他の者に任せ、大司教の相手に集中すべきだ。聖の防御術式も無敵ではない。あまりお前の師を、マティアスを舐めてやるな」
「――フ」
セシリアの声に呼応するかのようにそこでマティアスが動いた。
カレンと戦闘を続ける聖の背後に煙のように現れたマティアスは、そこで彼女の背中目掛けて稲妻のように速い拳を叩き込む。マティアスの拳技、『雷手(カンク―)』だ。
「!」
だが、聖は背後からのその奇襲を察知し、直前で横にステップを踏みそれを回避、さらにそれと同時にマティアスへ向かって回し蹴りを放ち、距離を作る。
「まだ動けるな?」
「ッ、誰に口を効いているのかしら。当然よ。それと言っておくけれど、あの程度、あなたが来なくても一人でなんとかなっていたわ」
「カレン様! 今はそのようなことを言っている場合ではありません!」
その時、後方から声がしたかと思うと、マティアスとカレンに肉体強化の魔法が施された。術者の方を見ると、それは予想通りフィーナであり、僕の方を見ると、にこりとやってやったという表情を浮かべた。
「フィーナ君……!」
僕の呼びかけにこくりと頷いたフィーナはすぐに視線を戻す。カレンのことは大丈夫だ、それより今は目の前の相手に集中しようということだろう。
「ほら、お前よりもあの小娘の方がよっぽど現状が見えている。まずここは私達に任せ、お前は遊撃隊として大司教を打倒しろ。それで全てが終わる」
「セシリアさんもここに残るんですね?」
「ああ。戦況を伝達するのは後方に控えるミラにもできるが、中衛で適宜戦況を調整する者も必要だろう? さあ、ここは抑えるからお前は行け。聖は極力敵に回さない。戦争が始まってからかねてお前が口にしていた言葉だろう? お前だけでもそれを実行するべきだ」
聖を敵に回さない。前の世界クーチェルバッハの最終戦争にて僕が決意し、今となっては実現が難しいと思っていたこと。仮に僕達陣営の方につくことはなくても、僕だけでも彼女とは戦わず、直接戦闘は避けるべき。セシリアの言いたいことはおそらくこういうことだし、僕もそれに異論はなかった。
最後に今聖と戦うカレン、マティアス、そしてフィーナを一瞥したあと、僕は頷き、小さく呟いた。
「分かりました、何かありましたら『思念』で伝えてください」
「ああ、終わらせて来い」
セシリアの言葉に背中を押されるように地を蹴ってその場から移動する。途中聖の視線を感じたが足を止めず、僕はこの戦場にいるもう一人の少女の下へ走った。
おそらくは最終戦争ラストの章になります。
あともう少しお付き合いいただければと思います。




