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静香戦、決着

更新一月以上空くんだったらどこかで区切って投稿しとけばよかった…

「僕を吹き飛ばして距離をつくるねらいだっただろうけど、失敗だったね。おかげで僕を追っていた傀儡も一体残さず全て吹き飛ばしてしまったね。どうするんだい? 傀儡もない中でなら僕の魔晶石封じはできないし、近接戦に持ち込まれればさっきの戦いで分かったとおりあなたに勝ち目はない」


 数秒のにらみ合いの後、先に口を開いたのは僕だった。言いながら、静香の一挙一動を注視するが、先ほどの言葉通り、この状況に持ち込めた時点で、僕の圧倒的優勢は間違いなかった。

 そんな僕の言葉に対しても、静香は余裕のある微笑を崩すことはなかったが、賢いあの人なら、状況は十分理解しているだろう。やがて口を開いた静香から出たのは、この状況下で僕が動かないことへの問いかけだった。


「……だというのに、未だこちらに踏み込んでこないのは私に最後の交渉がしたいってこと?」

「失礼だな。最後の温情と言ってほしいね」


 僕は魔晶石を取り出し、掌に握りこみながら、静香にゆっくりと尋ねた。性急に答えを出して、自棄になられたら困ると思ったからだ。それくらい、これから僕の話すことは静香にとって、僕にとって重要なことだった。


「楓から死ぬ前に聞いたんだ。母さんが僕達でした実験ってなんのことなの? 母さんはいつもそばにいた楓じゃなく僕に固執するのもそれが理由なのかな」

「……それを答える必要が私にはあるの?」

「場合によっては命だけは見逃すことも考えているよ」


 母さんが自分の生死についてそこまで頓着があるようには思えないけどね、という言葉はすんでのところで留めた。


「……そうね、なるほど。話は分かったわ」


 数秒の沈黙の後、静香は頷くと、まっすぐに僕を見て少しだけ微笑んだ。まるで先ほどまでの戦闘など幻だったかのように、僕を見つめるその視線には嘘偽りない親の情愛の念が含まれており、僕は少しだけたじろいだ。


「……どうやら、楓には少しだけ間違った解釈で伝わってしまっていたようね。実験、だなんてとんでもない。父親が違うとはいえ、私は楓も亮も、二人とも愛していたし、そこに優劣はないわ。だから――」


 僕の放った『魔弾』が静香の耳元を擦過した。それでも表情を崩さず、僕に親の表情を向ける静香に対し、僕は若干の怒りの念を込めながら掌を静香へと向けたまま言った。


「その気持ちが嘘だと断ずるつもりはないけど、僕が聞きたいのはそこじゃない。良いです、喋りづらいなら僕から話します。あなたは息子と息女で実験をしたと楓は言った」


「兄さんと私は母様の実験対象だったんです。蛙の子は蛙なのか。はたまた別の何かなのか。母様は自らの精神の異常性を生まれながらに感じ、そして周囲との違いに疑問をもった……だから、自らの肉体と二人の男を利用し、母様は半生を費やす禁忌的な、とんでもない実験を行った……そして、私はその実験の失敗作の烙印を押されたというわけですね……」


「この言葉の意味を僕なりに解釈し、一つの推測を立てました。あなたは過去、自分の異常性が遺伝するのかどうか疑問に思っていたのではないですか? どうして自分は人と違うのか。なぜ人が苦しみ、もがく姿に快楽を覚えるのか」


 それは若かりし頃の静香を想像しての発言であったが、それは同時に僕が過去に同様に湧いた疑問であった。それで苦悩した、ということはあまりなかったが、どうして自分は他人と違うのか。自分だけどうしてこうも人間として歪んだ形で生まれてきたのだろうと考えたことはあった。


「いくら怪物のあなたでも、若い頃は自分と他者との感覚の乖離には多少なりとも苦しんだはずです。それは僕も同じだったからそこまでは理解できた。けれど、母さんは違った。僕よりも少しだけ好奇心が強く、そして、これはたまたまだと思うけれど、偶然、それを始めるための人材がその場にあったんだ。だから、君はその人達を使ってその実験をした」

「もったいぶっている暇はないのでしょう? 早く結論を言いなさい、亮」


 僕の話を遮り、続きを促す静香。その表情から彼女が何を考えているか分からなかったが、確かに静香の言う通りあまり悠長に話す暇はない。僕は話を続けることにした。


「母さんのしたことは簡単だ。男を二人用意した。二人は血縁的に全く関係のない、恐らく身体能力や性格的にも真反対の二人だ。その二人と母さんは体の関係をもち、やがて二人の子どもを身籠った。それが僕と楓だ」


 まだ子どもの時……いや、今でも本当に稀にだが考えることはある。自分の父親はどんな人物だったのだろうかと。どんな顔をしていたのか。武の才はあったのか。何より、その内面はどうだったのか。


「つまり、あなたは僕達を使って“精神の異常性は遺伝的に身に着くものなのか、それとも生活環境などの後天的に身に着くものなのか”という実験をしたんじゃないですか? だから、僕には比較的自由にさせた一方で、楓は常に自分の手元に置き、とことん母さんに近しい考え方、価値観になるように徹底的に教育した。僕達がある程度成熟した年齢になった時、その差を測るために。違うかな?」

「……」


 僕の言葉に対して、静香はしばらく口をつぐみ、感情の読めない微笑を口元に張り付かせていた。状況さえ考慮しなければ、本当はそのまま彼女が何を言うかいつまででも待っていたかったが、生憎今この瞬間も戦っている仲間がいる。これは僕だけの戦いではとっくにないのだ。僕達親子の話にこれ以上大局を巻き込むことはできない。


「……楓の父親は絵に描いたような凡庸な男だったわ」


 十秒にも満たない沈黙だったが、それを我慢できなかった僕が拳を握りかけたそのとき、ようやく静香は口を開き、第一声を発した。その内容は楓の父親の話であり、同時にそれは僕の推論を認めたのと同義だった。


「彼は一般的に言えばとても誠実な人だった。普通の家庭で育てられ、大手の会社に勤め、誰に対してもまっすぐ向き合い、だから自然と彼の周りには人が集まった。思えば楓も、確かラムダスでは人気だったらしいわよね? 多分、それは言霊の能力がなくても同じだったと思うわ。人を惹きつける力が彼にも備わっていたもの」


 でも、とそこで初めて静香の表情は変わり、感情の無かった微笑には初めて僕にも分かる感情が浮かんだ。だが、それは決して過去を懐かしむとかではなく、むしろ逆の、失敗や後悔の記憶を思い出した時のような、決して好意的ではない嘲笑に近い笑みだった。


「彼は私からすれば退屈そのものだったわ。最初は、私と真逆の感性をもっていたから、普通の人を学習するために近寄ったけれど、関係性が親しくなればなるほど、彼は私の中で味のなくなったガムみたいにどんどんつまらない人間になっていったわ。この感覚、亮なら分かるんじゃない?」

「……」


 確かに、静香の言うところは何となく理解できた。教師という職業の特性上、僕は多くの人と関わる。その中で僕は、やはり静香の言ったみたいに、どうしても興味をもてない、パターン化された性格タイプのどれかに分類した子供に対し、路傍の石程度の関心しかもてない時期はあった。(まあそのあと、違う形で生徒と接すれば良いのだと気づき、僕の趣味が始まったわけだが)


「逆に、あなたの、亮の父は多分毛色は違えど、生涯で一番私が面白いと思った人物だったわ。彼は特段、加虐趣味があったわけではないけれど、他人への共感が全くない。出会った当初は他人の痛みや苦しみ、喜びや悲しみなどを一切理解できない人物だったわ」


 著しい共感性の欠如。

 過去何冊も読んだ心理学に関する文献のその文字が脳裏によぎった。


「だから、表向きは楓の父親と結婚を前提に付き合いながら、その裏で亮の父親に会って、人間の感情を教える生活が私の人生の中にそれなりに長い年月含まれているわ。そのときよ、亮が今言ったような内容を思いついたのは。私も、亮の父親も、どうして突然こんな世の中で生まれ落ちてしまったのか。私たちはどうしてこんな風に生まれたのか。その起源をどうしても知りたくなったの」


 静香の表情は穏やかで、まるで父親との馴れ初めを懐かしそうに話す母親のようで、僕はなんとも言えない気持ちになってしまった。どうして今更……今更になって彼女はこんな表情で僕が、僕達が聞きたかったことを話すのだろう。もっと早い時に話してくれたら、楓と僕だって、こんなことには……。


「結果としてあなた達のそれぞれの成長の変化はとても興味深かったわ。ずっと私の傍にいた楓が行動とは裏腹に比較的思考が常人に近いものになったのに対し、亮は私が干渉しなくてもどんどん私と同じ道に進んでいったから。あなたたち子の成長はとても目を瞠り、面白いものがあったし、まさかそのうちの一人が、こんな形で自分の人生に幕を引くなんて思いもしなかったわ」

「ッ……母さん、それはどういうことだい?」

「言葉通りの意味よ。私は今日、ここで死ぬのよ。亮、あなたの手によって」


 衝撃的な言葉とは裏腹に、静香の口調はまるで歴史書に記された事実をただ淡々と読んでいるかのように流暢で、そこから何の感情も汲み取れなかった。


「母さん、最初に言った言葉を忘れたわけじゃないよね? 母さんがここで正直に質問に答えてくれたら僕は――」

「命は助ける、だったかしら。甘くみないでもらえるかしら。仮にも私はあなたの母親なのよ? 亮がこれからどうするかくらい私に分からないと思って? ……まあ、本当は、私ならどうするかって考えて、この結論に至ったのも大きいのだけれど」

「口約束とはいえ、僕が母さんに言った言葉を反故にするとでも?」

「するでしょうね。あなたは……私達はそういう者よ」

「……」


 僕はなんと言っていいか迷いながら、心の奥底ではやはり僕が今すべきことは一つしかないとわかっていたし、それによってもうすぐ僕と母の会話が、この世で本当の最後になるだろうという予感をはっきりと理解していた。過程はどうあれ、母さんはここで僕が母さんを殺すことになることをはっきりと理解している。そして、それを確信したうえで、母さんはもてる限りの力を使って、最大限の抵抗をしてくることは目に見えていた。それでもこの状況ならば母さんに勝てる。それは驕りでもなんでもなく、はっきりと僕も理解していたし、母さんも十二分に理解していることは、肌を通してしっかりと感じていた。殺さず無力化だけするということも考えたが、静香を相手にそのハードルはあまりにも高く、そうこうしているうちに仲間が命を失う恐れがあることを考えると、その方法を選択することはやはり僕にはできなかった。


「最後の質問よ、亮――あなたは“そう生まれるべくして生まれた人間”よ。あなたは他の人間にはできないことができるし、そういう人間には相応しい場所というものがある。そして、あなたにその場を提供できるのは間違いなくこちら側――――聖アーノルド皇国であり、その国の主、イリヤウス・アグィナ・ヴァリニャーノその人しかいないわ。あなたの特異性を本当の意味で理解できるのは彼女しかいないし、逆に彼女の特異性を理解できるのも亮しかいないと思うわ。だから――」

「それは違うよ、母さん」


 諭すように話していた静香の言葉を遮り、僕は首を振った。


「遺伝子学とか詳しいことは僕には分からないし、もしかすると母さんの言う通り、僕の普通の人とは違うこの感覚は、確かに母さん達の影響もあるかもしれない。でも、生まれたきっかけは母さんかもしれないけれど、そのあと生まれてきて今日に至るまで生きてきたのは僕だ。自分で選んで、自分で行動してここまで来たんだ。それはこれからも変わらないし、自分に相応しいと思える場所も自分で探す――――これは僕の人生なんだ。たとえ母であろうと、好きに左右させたりしない」

「――――そう……確かに、あなたの言う通りね、亮」


 僕の言葉を黙って聞いていた静香はやがて溜息を吐いた。その動作とは裏腹に口角は少しだけ笑みの形を作っていたが、次の瞬間、静香の中で魔力が膨れ上がり、これまで見せたことのなかった闘気が鋭利な刃物のように僕へと向けられた。


「けれどね、亮。同じように母親とは子の幸せを願うものなのよ。断言しても良い。あなたの幸福は聖イリヤウスと一緒にいることよ。あなたは聖イリヤウスの下でこそ本当の幸福を手にするの……!」


 言葉と同時に静香が飛び出した。驚くことに遠距離魔法ではなく、身体強化魔法を施したうえでの正面からの突撃を選択したことにやや驚いた僕は、ぶつかった瞬間、跳ね飛ばされる。鉄扇の先端にはいつの間にか『魔力執刀』が付与されており、ぶつかった左腕から夥しい血が噴きこぼれる。


「私だってね、人並みの親としての情がある! 見たいのよ、私と同じ精神性をもった息子が、当たり前のように周りから受け入れられ、世界を変える光景が!」

「ッ!」


 距離が生じたところで放たれたのは『地獄嵐』。広範囲にわたる攻撃に対し、『金剛障壁』を展開するも流石にそれでは防ぎきれず、障壁の綻んだ場所から高純度の魔力の熱波が僕の体を焼き焦がす。


「ぐ、くっ……!」

「そして母親の思いは時として予想もしないくらいの力を発揮するものなのよ!」


 そして、地獄の嵐の中“から”障壁を無視して横合いから現れた静香が振るった鉄扇は間一髪躱すことに成功するが、鉄扇を振るった直後に放たれた足払いに対応できず、綺麗に体勢を崩されてしまう。しまっ――


「はっ!」

「がっ!?」


 渾身の力を込めたのであろう静香の首を狙った刺突は、咄嗟に首を捻ったことで直撃こそ避けるものの、首の三分の一程度が『魔力執刀』により貫通し、喉から大量の血液が飛び散る。


「ぐっ……!」


 そのまま首を切断しようとした静香の手首を抑え、今度は僕が足払いを仕掛け、静香の体勢を崩す。静香も無茶をして最上級魔法『地獄嵐』が吹きすさぶ中を突っ切ってきたのだ。全くダメージがないわけがないからこそ、あっさりと引っ掛かった一撃でもあった。


「フ――」

「ッ」


 咄嗟に顔の前で両腕を交差させた静香に対し、今度は僕が渾身の一撃を浴びせる番となった。僕の拳は防御した静香の鉄扇を砕き、それをもっても余りある衝撃を静香の肉体へと貫通させて伝えた。


「づ、まだ……!」

「!?」


 突きを放った僕の腕を掴むと、その直後に僕の視界は反転した。投げられた、と自覚する前に体が勝手に動き、背中が地に着く前に両足を着き、なんとか踏みとどまっていた。


「フ――――」

「ッ!?」


 さらにそこから右足の先端に『魔力執刀』を展開し、静香の肩口めがけて振り上げる。威力こそ出ないものの、『魔力執刀』を帯びている今それは必要ない。掴まれたことを逆に利用し、今度は僕が静香の腕を掴んで離さないことで避けることもままならない。


「――ッ!」


 だが、静香は僕の予想を裏切り、その蹴りを肩口で受け止めた。しかも、それはちょうど『魔力執刀』が展開する爪先部の上の脛、生身の体の部分だ。無理な体勢から放ったため、攻撃を止められた以上、今度は僕が守勢に回る番だった。


「くっ!」


 静香の攻撃が来る前に距離を取り、体勢を立て直した僕だったが、その時には静香の魔法を放たれる準備は万全に整えられていた。僕が距離を取ろうとすることを読まれたうえで、この距離、状況で最適とされる最上級魔法だ――――


「イリス様の下へあなたを連れて行くわ。それが私なりの親としての務め――」


 『雷光千鳥』。

 最速の最上級魔法が視界を真っ白に染める。

 必殺必中の間合いとタイミング。『賢者の石』があるとはいえ、まだこの世界に来てそう月日が経っていない静香がここまで魔法を自在に操ることができるのは、やはり生まれ持った魔力センスと研鑽の賜物だろう。まったく、わが母親ながら恐ろしいことだ。

魔法発動からコンマ一秒とかからず到達する雷撃の巨鳥に対し、僕は慣れ親しんだ“あの魔法”を発動させた。

――『魔力執刀』


 次の瞬間、僕が振り下ろした右腕の『魔力執刀』が静香の『雷光千鳥』を真っ二つに切り裂いていた。

 

「あなたの気持ちは分かった。けれど、それならあなたは僕ではなく、最も身近にいた楓のことを考えるべきだった」

「――ぁ」


 雷撃を突破し、懐に入った僕は、どこか笑みを湛えた表情の静香を見た。

 その直後、『魔力執刀』を帯びた僕の右腕が、静香の胸に深々と突き刺さった。


長らくお待たせしました。ご意見ご感想お待ちしております。

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ファンです。 今回も凄く面白かったです。 納得の物語でした
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