世界を分かつ戦い 4
「ッ、しまった……!?」
傀儡を殺到させようとした静香は、傀儡の数が最初に比べかなり減っていることに気付き、表情を歪めた。普段の静香ならばここまで被害が広がる前に気付いただろうが、なす術なく僕がもろに攻撃を受けストックを減らす姿に束の間、判断力が鈍ったのだろう。
「これくらいの数なら一気に狙えるさ……!」
真っ先に突っ込んできた傀儡を二段蹴りで破壊させると同時に魔晶石を二つ砕き、再び『黒淀点』を発動させる。瞬時に出現した『沼影』から黒球が周囲の傀儡の体を貪り、同時に残りの黒球も特級魔法を発動さしょうとしている傀儡へと殺到する。他の傀儡達がそれを阻もうとするが、分解魔法そのものである黒球に触れた時点で傀儡は成す術なく霧散させられ、足止めにすらならない。発動直前のところで四体の傀儡は特級魔法を発動できず破壊され、そのすぐ直後に僕を取り囲んでいた傀儡達の掃討も完了する。
残るは静香本体と、それを取り巻く傀儡およそ数十体。最初は数えることすら馬鹿らしくなるような数だった時と比べ、その数はおよそ半分以下になっている。ストックは特級魔法でかなり減らされてしまったが、ようやく勝負を五分のところにまで持ってくることができた。
「さ、ここからが本当の勝負だよ、母さん。知っているとは思うけれど、僕は肉親でも躊躇うことなく殺すことができるように育てられているし、僕も母さんが躊躇することなく、僕を殺すことができる人だってことは知っている。これが本当の最後の戦いになると思う」
「ええ、その通りよカナキ。ただし、一つだけ訂正させてもらうとすれば、私は今ここであなたを殺すことはしないわ。何と言ってもイリス様があなたを殺さず連れ帰るように厳命している以上命令は守ります。だから、ここで亮が私を殺すことはあってもその逆はありえないわ」
「それは感謝の気持ちで泣けてくるね。でも、それはつまり、母さんは僕を生け捕りにするってことだよね。逆に僕にはその縛りはない……今の状況でそれはかなり不利に働くんじゃないかな?」
「大丈夫よ、生憎うちの息子は人よりも頑丈だから、あと十回は殺しても死なないはずよ。それに、亮には私の戦闘とは別に気にかかることがあるはずよ。イリス様と聖さんと戦っているお仲間、いつまで保つか気になるのではない?」
流石に母だけあって鋭い。イリスの相手も心配だが、それ以上に心配なのは聖の方だ。ここよりだいぶ遠い方からだが、風に乗って神聖力の気を感じる。考えられるのはスイランとエトくらいだが、いくらあの二人でも聖を相手にどこまで時間を稼げるかは分からない。だからこそスイランの言う通り、こちらを早く処理して――――
「ッ!?」
「あら、流石ね」
突然放たれた『電撃破』を躱せたのは体が勝手に反応しただけであり、静香も僕が思考に耽ったタイミングを狙ってついてきたからこそ貸したことに驚きの声をあげただろう。ただし、躱したはいいものの、静香に先手を取られ、迫り来る大量の傀儡に対しての対応が一歩遅れる。急ぎ魔晶石を砕こうとするが、静香がそれを許さず、僕に向けて速度のある魔法を連発して打ち込んでくる。
「それさえ封じればあなたの厄介な魔法を封じることができる。対策していないと思って?」
「チッ……」
静香の攻撃を避けつつ、後退するものの、同じように本体の静香も接近してくるため距離を稼ぐことができない。ならばいっそ攻勢に出て本体を仕留めるかとも考えたが、僕が本体を狙っていることは向こうも承知のはずだ。罠を張っている可能性が高く、迂闊に近づくことができない。ただし、そう考えている間にも傀儡達の包囲網は完成へと向かっている。元々僕の魔力のほとんどは体の再生にあてているので、魔晶石なしで使える魔法といえば上級魔法までだし、静香本体にだけならともかく、あの数の傀儡を相手にそれは無謀すぎる。なんとか打開策を見つけたいところだが……。
「やっぱりこれしかないか……!」
「あら」
結局悩んだ末に僕が選択したのは一度は候補にしたものの躊躇した静香本体を狙うという作戦。距離は少し離れていたが、ここを突破しなければどのみちジリ貧で押し潰されることは目に見えていたからだ。
だが、逃げていたところを反転し、距離を詰めた僕を見て静香の口角が僅かに上がったのを見て、やはり僕が接近戦に持ち込むのは織り込み済みだったと確信し、周囲への警戒を跳ねあげる。
「!」
そんな中、最初に魔力反応があったのは真下、本体との間にいて飛び越えようとした傀儡の群れだった。その中の幾体かの傀儡が顔を上げ、僕に向けて両手の手の平を向けた。魔法を放つのだと直感した瞬間には『流動』でその位置から最大限の移動を試みる。
「その程度でこの魔法は躱しきれないわよ」
「いっ!?」
だが、傀儡が発動させた魔法の魔力総量が表出した瞬間、静香がそれまで僕に分からないようにしていた莫大な魔力が解放された。
「最上級魔法!?」
一体どうやってこれほどの魔力を隠していたのか。同時に三つ放たれた最上級魔法が足元からせりあがってきたの対し、僕は咄嗟に『金剛障壁』を展開するが、それで全ての最上級魔法を防ぎきれるはずもなく、魔法は破壊され、途方もない質の莫大な魔力が僕の全身を焼き尽くす。体は破壊された直後に再生を開始し、また再生した直後に魔法により破壊され、いつ終わるとも分からない、無限の苦しみを僕に与え続ける。
――だが、その痛みにさえ耐えることができれば、僕はそのまま静香本体へと到達することができる。
「ぅおおおおおおおおおおお!」
「ッ?!」
壊れた声帯から人間とは思えないような声を発し、なおも突貫する僕に対し、静香は厳しい表情を浮かべつつも新たな『傀儡』を召喚し、即座に最上級魔法を発動させる。驚いたのは、そこに魔力を熾してから発動させるまでのタイムラグが全くなく、同時に魔法を発動する直後、『傀儡』の体がぼろぼろと朽ちてしまったところだ。
――なるほど、先ほど魔力の反応が一切ないにも関わらずあの規模の魔法が撃てたカラクリはこれか。
それは、『傀儡』自身が保有していた魔力そのものであり、傀儡にとっては、自身の存在を保つために必要不可欠な魔力だ。それが全て魔法発動のための魔力として使われてしまえば当然傀儡は体を保つことができなくて崩壊するが、逆に言えばこの方法なら、静香本体から魔力を送り、魔法を発動するタイムラグを極力カットすることができるうえに、そもそも傀儡自体が有していた魔力を消費するため、僕からは魔力の熾りを確認することができない。カラクリ自体は分かってしまえば単純だが、その代わり、今の静香の操る傀儡全てはいつでもノータイムで最上級魔法を放つことができるというわけだ。
(なら周囲を傀儡に囲まれる前に本体を叩く……!)
後方には先ほど飛び越えた傀儡の大群がいるが、今の位置関係では、たとえ強力な魔法を放ったとしても、その魔法の効果範囲上には静香も入るように位置取りしている。本体の静香でも、特級魔法を防ぎきれる魔法は流石にもっていないはずだ。何か対策があるかもしれないが、そうなったらなったで考えて、今は突っ込むしかない。腹を決め、攻撃をまともに浴びながらも突撃した僕に対し、新たに召喚された傀儡の魔法でさえ僕の進行を止めることができなかった静香だが、それはあらかじめ想定していたのか、眉間に皺を寄せたのみで、鉄扇を構え、僕の近接戦に付き合う姿勢を見せた。
――けど、この距離であなたが僕と戦えると思ってるの?
「くっ!?」
『魔力執刀』を展開した右手の手刀は鉄扇で防がれる。すぐさま出した左手の刺突は同じく鉄扇に阻まれるが、威力を殺しきることができず、僅かに数歩後退する。その隙を見逃さず、再び右腕の手刀を振り下ろす、と見せかけて、左足の回し蹴りを放ち、静香の右手の鉄扇を払い落とす。一瞬弾かれた鉄扇に視線が向いた静香の隙を見逃すことなく、振り抜いた勢いをそのままに、今度は左足の後ろ回し蹴りを静香の胸部めがけて打ち込む。鉄扇に防御されるが、ガード越しに蹴りの衝撃が足裏へと返ってくる。入った。
「かっ……!」
口から呼気を漏らして吹き飛ぶ静香との距離を縮めないために、追随すべく僕も疾走する。
「ぐっ……!」
だが、それを拒否する静香は、吹き飛びながらも体勢を立て直し、後方の傀儡を動かすと同時に、前方からも複数の傀儡を召喚し、挟撃しようと試みる。ストックについてはまだ無理が利くが、物理的に押し戻される可能性もあるため、ここでようやく魔晶石に手を伸ばす。それまでは執拗に僕の魔晶石を封じていた静香だが、僕に距離を詰められるのを避け、傀儡を召喚したために魔晶石封じは叶わない。それに気づき、表情を歪める静香に対し、魔晶石を砕き、掌を彼女へと向け魔法を放つ。
「『終末』」
「くっ!?」
放たれた漆黒の分解魔法は、彼女と僕の壁になるようにして狭間にいた傀儡全てを食い破り、一直線に静香へと伸びる。
上半身を捻り、ギリギリでその光線を躱した静香は、同時に最上級魔法『地獄嵐』を放ち僕を近づけまいとするが、防御を一切捨てた僕は、ただ足に魔力を集中させ、吹き飛ばないことだけに全力を注ぐ。筆舌に尽くしがたい激痛の後、やがて嵐が過ぎ去ったあとには最早傀儡の影は一体もなく、僕と静香だけが世界から取り残されたようにそこに残されていた。
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