世界を分かつ戦い 3
また間が空いて申し訳ねえっす……!
「――あら」
相手に危害を加えようとすれば、いくらイリスの精霊装が優秀でも、完全に使用者の気配を消しきることはできない。
再びイリスの存在が霧散する前にアリスはエリアスを駆使し、『次元斬』をイリスめがけて放った。それはぎりぎりで身をかがめた(足を百八十度に曲げてお尻を地面につけて躱した。バレリーナのような柔軟性だ)イリスがやや意外そうな視線をアリスに向けたが、すぐに別方向からの魔力を察知し、突如出現した『焔刃』をリッパ―で叩き落とした。
「なるほど……先にお義母様を狙いますか……」
微かにイリスのそんな言葉が耳に届いたが、その時にはもう僕はイリスを見てはいなかった。イリスに攻撃が集中したことを好機と捉え、新たな魔法を発動させようとしていた静香は、自身へと突進してきた僕に対し、すぐさま魔法の対象を僕へと変更させた。
「『電撃破』!」
「『螺旋網』」
静香が発動したのは速度を重視したコンパクトな魔法だったが、それでも先に『黒淀点』を発動していた僕の方が早い。攻撃を吸収し、静香の目前まで迫ったが、静香に向けて一歩踏み出した時、足元で魔法が発動した。僕が接近するのを予期した罠。
「しまっ」
「何度も同じことをさせるものですか!」
発動したのは『岩氷柱』だが、足元に既に張ってあった『沼影』が、出現した直後の岩石を即時分解する。だが、問題はその別。足元で発動した魔法に一瞬でも気を取られ、静香に先手を許してしまう。
「『瀑布斬波』!」
「ぐっ!?」
放たれたのは斬撃系統の最上級魔法。『黒級』をぶつけ威力を弱めたものの、モロに食らった斬撃は僕の腹部を大きく裂き、致命傷を与える。すぐに再生して傷をふさぐが、その間に静香はいくつもの『傀儡』を生み出し、それぞれが最上級魔法を発動させる。『瀑布斬波』、『雷光千鳥』、『落陽』、『閃空』……それらまで見た時点で、僕だけの力では回避を難しいと判断し、すぐさま『シャロン』を顕現させた。
「『シャロン』、転移を――」
「――させないわよ?」
「ッ!?」
イリスの声が聞こえた瞬間、それまで『シャロン』と繋がっていたパスが切れた。
見れば、イリスがセシリアとアリスの攻撃を躱しながら、こちらを見て薄い笑みを浮かべていた。間違いない。恐れていた通り、イリスの精霊装の能力で『シャロン』の使用権を停止させられたのだ。
「大丈夫、そのくらいの魔法、カナキなら死にはしないでしょう――ストックだけ、減らさせてもらうわ」
「ぐっ、『螺旋網』……」
駄目だ。
魔晶石を継ぎ足して割り、最大規模の『螺旋網』を展開させながら、それでもあの数の最上級魔法を相殺するのは無理だと直感的に悟っていた。
それでも何もしないよりはマシだと発動させた万物を分解する障壁は、期待通り迫る最上級魔法のいくつかを無力化したが、期待以上の結果は残せず、結果最上級魔法二・三発分の魔法が、僕の体を吞み込んだ。
「づ、ぅううう……やって、くれたね……!」
「流石。あれほどの攻撃を受けてもまだ死なないどころか、余裕があるのね」
「どこを見て余裕があるように見えるのかな……危うく塵になるところだったよ」
起き上がった僕は、再生を終えた両手を握ったり開いたりしながら軽口を叩く静香“たち”に目を向ける。分身体はあれからも増殖を続け、最早数えることさえ難しい数になっている。あれら全員に魔法を使役させることは無理だろうが、四方を囲む『傀儡』のどれから魔法を発動させるかが分からない以上、劣勢には変わらない。『シャロン』を使えない以上、こちらの通用しそうな遠距離攻撃の手段は『黒淀点』と『終末』のみ。幸い『傀儡』の魔力の源を辿り、静香の本体がどれかは分かっているので、あとは本体までどうやって辿り着くか、だな。状況はかつて戦った餓鬼道、空離と似ているかもしれない。ただあの時と違うのは、相手は必殺の死神の鎌ではなく、無尽蔵の魔力を生み出す『賢者の石』をもっているところと、今回は時間制限があるところか。
「ふぅ……!」
僕は一つ息を吐くと、身を沈め、両の拳を構えた。感覚を更に研ぎ澄ます。自己強化魔法も自らに掛け直し、全方向どこから魔法が飛んできても反応できるよう僅かな魔力の熾りも見逃さない。
そんな僕の様子を見て、静香本体は目を細めると、「へえ」と短い感嘆の吐息を出した。
「まさか、そこからまだ“上がる”のね。本当に面白いわ、亮。私の最初にして最高の息子。まだまだ見せて頂戴」
まるで学校に参観に来たわが子を見るかのような面持ちで僕に視線を向ける静香。そんな静香を、母を僕は今から殺す。殺意は無い。ただ、改めて僕はこれからすることを冷静に、ただ事実として認識し、実行する。暗殺に殺意はいらない。マティアス、聖天剋と、僕の憧れた人たちがそうだった。
それまでの喧騒が嘘のように、戦場に沈黙が舞い降りた。セシリアとアリスはまだイリスの足止めをできているのだろうが、足音一つ聞こえてこない。聖はどうなった。未だここに姿を見せないのはスイランとエトだからその二人か?
決して目の前の敵に隙を見せたわけではなく、冷静にほんの一瞬、戦況を分析した、そのときだった。
「!」
最初に魔力の熾りを感じたのは左斜め後方。僕からすれば完全に死角となる位置だった。
だが、実際に発動された魔法の位置はそこと対面、右斜め前方。僕が魔力の気配に鋭敏になっていることに静香も気付き、逆に僕に罠を仕掛けたというのか。
「くっ!」
発動された魔法は『雷光千鳥』。速度が速く、完全に躱しきれなかった僕は、右腕にその電撃を浴びてしまう。ダメージ自体は大したことないが、電撃により体が痺れ、動きが鈍くなってしまうことの方が深刻な問題だ。静香が薄い笑みを浮かべる。「さあ、これならどう――」
雷撃が当たった直後、僕は被弾した右腕を手刀で斬り落とした。
「――え」
「――フ!」
右腕の再生も終わらないうちに僕は飛び出し、一直線に静香の下へ飛び込む。
「くっ!」
静香もすぐさま我に返り、傀儡を前面に押し出し、それを阻もうとするが、あらかじめそれを予期していた僕はすぐさま方向転換し、逆にこちらから傀儡の海へと飛び込んでいく。
「馬鹿ね、自棄になったの!?」
すぐさま静香は大量の傀儡を使役し、僕を数で押し潰そうとするが、いくら一人が一人が静香同程度の技量を有していると言っても、それを操っているのは静香自身だ。つまり、一度に使役する『傀儡』の数が多ければ多いほどそれら一体一体の技量は比例して落ちていく。
「くっ、どうして……!」
右側から来た二体を『魔力執刀』を纏わせた右腕の一刀で斬り伏せる。同時に左から鉄扇を振るってきた傀儡の手首に手刀をあてていなし、カウンターの猿臂を喰らわせ霧散させる。その直後に背後から強襲を仕掛けてきた傀儡に対しては振り向かず、アッパーカット気味に後ろ蹴りを放つ。踵から返ってくる骨を砕く感触を確認する暇なく、今度は前方から飛び出した三体の傀儡に対しては『魔弾』で牽制しつつ、右後方へ移動。着地地点にいた傀儡を回し蹴りで破壊すると同時に魔晶石を砕き、『終末』で敵を一気に屠る。
「ッ、なるほど……逆に私の魔法を封じたというわけね……」
「そういうこと」
あえて敵の密集する地帯に飛び込むことで誤爆が発生しやすい広範囲攻撃を封じ、近接戦で一体一体処理していく。少し距離さえ生めば、逆にこちらは先ほどの『終末』のように魔法を放つこともできる。暗殺やゲリラ戦が得意な僕だからこそできる多対一の際の戦闘方法というわけだ。
だが、静香も馬鹿ではない。そうなれば彼女が取ってくる対抗策は必然、
「なら、多少の被害は覚悟しましょうか……!」
「そうだよね……!」
周囲の傀儡を次々と屠りながら、やや離れたところから膨大な魔力が溢れ出したことを察知し、静香が僕の周りの傀儡達を巻き込んで特級魔法を放とうとしていると察する。だからこそ、こういう状況になった際にどう動くかは決めていた。
――『流動』
「ッ!?」
人の間を流水のように縫って進み、一秒と満たずに膨大な魔力が集中する傀儡へと到達する。
「はやっ……」
「『霧幻泡影』」
『流動』により一瞬で特級魔法を発動させようとした傀儡を屠る。驚きから苦悶の表情を作る静香だが、それでも口元に僅かな笑みを残していた。
「でも残念、撃ち漏らしたわね!」
「ッ」
残した一体、その傀儡から放たれたのは予想通り『絶対魔法・地獄嵐』。
僕は魔力を最大まで熾し、『魔力障壁』を発動させるが、そんなもので特級魔法を防ぎきることは不可能。それでも魔力で強化した両腕を前で交差させるとともに、両足にも魔力を注ぎ、吹き飛ばされないよう必死に耐える。
「あら、流石というべきかしらね。あれに耐えるなんて……!」
嵐が過ぎ去った後、ボロボロになりながらも一歩もその場から動かなかった僕に対し、静香は驚きの声を上げるが、そこには先ほどまでは失われていた余裕が戻っていた。僕に話しかけながらも躊躇することなく傀儡を殺到させながら、また新たな傀儡に特級魔法を発動する準備をさせる。同じ方法で僕のストックを減らすつもりなんだろう。
(まあ実際、今はそれを突破する方法は僕にないしね……)
それから焼き増しをしたかのように特級魔法が二度発動した。僕はその度に決して少なくない量のストックを減らしたが、三度目の特級魔法が発動し終わった時、静香はようやくその異変に気付いた。
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