世界を分かつ戦い 1
1ヶ月以上間が空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
Outside
「まさか、あなたがここで出てくるとは思いませんでした……ですが、こちらとしては助かる展開ですね」
聖天剋が分身体である聖に貫き手を貫通させた直後、『虚ろなる天影』により作られた聖の体は靄のようになって四散し、その代わりとばかりに本体の聖が現れた。流れてくる魔力の残滓から、エトが既に力尽き、生死は不明だが、戦闘不能状態に陥ったことは明らかだった。
「え?」
「…………ッ!」
棒立ちの状態から突然聖のすぐ傍まで瞬間移動し、左手の貫き手を放った聖天剋に聖は驚きの声を上げながら後退し、当然のようにカウンターのハイキックを炸裂させた。そのあまりの威力にぐらりと体を揺らした聖天剋だが、聖が足を引く前にそれを掴み、最速で神聖力を流し込む。破極――――
「無駄ですよ」
破極を放つ前に聖が『英傑らの武心』により光剣を射出し、聖天剋の左腕を切断した。
両腕を失った聖天剋はよろめきながら数歩下がり、やがて片膝を地に着けた。その間、聖は聖天剋を一瞥もせず、視線は宙に浮かぶ『閉じる世界』に注がれていた。
「流石に維持できませんか……あなたをここで片づけられたのは僥倖ですが、イリス様にはなんと謝罪すればいいか……そもそもどうしてあのタイミングで出てきたのですか? てっきり出てくるのは私を確実に仕留めることができると確信したときだと思ったのですが」
小首をかしげる聖に対し、聖天剋は俯いたまましゃがれた声で答えた。
「……あそこで、俺が出なければ、半数は死んでいた……」
「わ、もしかして仲間想いな方でしたか? 翠連や閻魔からは血も涙もない暗殺者といった風に聞かされていましたが……」
「俺に、仲間などいない。利用できるかできないか、その二択だけだ……」
だが……。
聖天剋の脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。カナキ・タイガ。この世界で初めて、自分が組んでやってもいいと思えた人物。そして、奴と出会ったことで、様々な人間と関わりを深めることになった。
ティリア・シューベルト。セシリア・ストゥルス。アルティ・リーゼリット。エト・ヴァスティ――――
「……まさか、まだやるつもりですか?」
ゆっくりとだが、再び立ち上がった聖天剋を見て、聖は困惑した表情を浮かべた。「もう戦っても無駄に苦しいだけだとわかっているはずですが」
「……お前も“あの女”も、純粋に驕っているな」
かつて戦った翠連と同じ、敗北どころか、自分が傷一つ負うことないと確信している、圧倒的強者の驕り。その不遜な考えを根底から崩したいという欲求と同時に、今の聖天剋には本人にも自覚がないまま、自分のため以外の戦う理由が生まれようとしていた。
まだ動く。戦える。
確かに聖の言う通り、これ以上戦ったとしても勝ち目はないし、己の死期を早めるだけだろう。だが不思議と、今の聖天剋の頭の中に戦いを止めるという選択肢はなかった。それはどうしてなのか。頭上で崩壊を続ける結界の中から漏れ始めた奴の気配を感じながら、聖天剋は最後の魔力と神聖力を熾す。
「そうですか……イリス様とカナキさんを迎える準備もありますので、悪いですが手早く終わらせてもらいます」
「案ずるな。俺も同じつもりだ」
そもそももう俺に時間は残されていない――
言葉と同時に前に出た聖天剋に対し、聖は光剣を一振り握り、迎え撃つ体制に入る。両腕を失い、攻撃魔法や精霊装を持たない聖天剋の攻撃手段はかなり限られている。ただでさえ地力が上な聖は、無理に攻撃に出ず、冷静に防御に徹すればよいだけ――と考えつつも、聖は向かってくる聖天剋が場合によっては自分の予想の上を行く行動に出る可能性もあると、冷静に分析していた。
(なにせ彼一人に翠連、閻魔と上位の六道が二人も負けていますからね……)
やがてお互いの距離が縮まり、剣の間合いに入ったところで先に聖が動いた。瞬きする間もなく放たれた一刀はしかし牽制の目的で放った一撃で、それが目の前の男に届くとは聖も考えていなかった。実際、前進を続けながら、前屈みになって攻撃を躱した聖天剋に対し、聖は蹴りを警戒しながら返す刀で一閃を抜き放とうとするが、そこで聖天剋が起こした行動は全く聖が予期しないことだった。
「――『流動』」
「なっ……」
魔法を用い、蹴りの間合いを飛び越え、なんと体当たりを繰り出してきたのだ。動揺する聖は衝撃に息を詰まらせながらも迎撃すべく聖天剋の腕をつかみ、周囲の空間から光剣を射出しようとする。両腕のない聖天剋がこの密着した距離では脅威とはなりえないと考え、ならば逃がすのではなく、ここで串刺しにすべきだと考えたからだ。
――だが、そんなことを計算した聖に次の瞬間、聖天剋の蹴りが側頭に炸裂した。
「~~~~~~~ッッ!?」
ゼロ距離の密着した状態から左足を曲げながら限界まで後ろに反り上げ、踵を聖の側頭部に叩きつける。空手で言う「蠍蹴り」という技で、無理な体勢からの蹴りなので威力はそれほどではなかったが、足裏でも触れたという事実が聖天剋にとっては重要だった。
「しまっ――」
「消し飛べ」
――――破極。
聖天剋の全力で放った『破極』は、聖が防御する暇を与えず炸裂した。
「~~~~~~~~~~~~ッッッ!?」
左に吹き飛んだ聖は、それでも足をふんばらせ、なんとか体勢を崩さずに勢いを止めるが、その威力の大きさに思わず吐血する。
「やってく――」
だが、顔を上げ聖がそう言いかけた時には既に聖天剋は目前に迫っていた。
(『流動』で既に距離を縮めて――!?)
「シィ――」
「くっ!?」
攻撃の際、滅多に出さない呼気と共に繰り出した聖天剋渾身の回し蹴りは腕でガードした聖の腕をまるで斬撃のように切り裂き、止まりかけていた聖の体に更に勢いをつけ、その体を吹き飛ばす。
「こ、の……!」
吹き飛ばされながらも聖天剋の方を鋭く睨んだ聖は、なおも迫ってくる聖天剋に対し、握っていた光剣を両腕で持ち直し、中段に構えた。次で仕留める。無言のうちにその意志を伝える聖。それに応えるかのように聖天剋も真正面から突っ込んでいく。
そして、遂に聖天剋が間合いに入った瞬間に剣を全力で振るった聖だが、直後に失敗を悟る。
「『流動』」
「――ッ!」
それまで全く魔力の気配がなかった聖天剋が、突如魔法を発動させ、自身の体を逆に後退させたのだ。タイミングを外された聖の一太刀は空振りに終わり、逆に聖天剋に隙を見せることになる。
――――もう一撃……!
右足側頭を使った前蹴り。人体すらも軽々と貫通させることのできるその蹴りが聖に届く。そのタイミングと同時に二人の頭上で破砕音が轟いた。
『閉じる世界』が完全に崩壊し、中からこの戦場に参戦する最後の三人が現れた。
Side カナキ
僕が地上に降り立った時、目の前にはあらかじめ予期していた、しかし決して信じたくない光景が広がっていた。
「…………」
「最初に感謝を述べさせてください。あなたが最期にこれだけ足掻いてくれてなければ、“この術”を完成させることはできませんでした」
聖天剋が聖へと伸ばした右足は、ぴたりと測ったかのように指一本分手前で止まっていた。逆に、聖が伸ばした光剣は聖天剋の胸を深々と突き刺し、文字通りトドメの一撃となっていた。
「――な、ぜ、最初から、これを……」
「使わなかったのか、ということですか。その答えは、まだ使えなかったというのが正しいですね」
聖はそこで自分の体を見下ろした。その視線の先を見ると、聖天剋のつま先には、小さな波紋のようなものが広がっており、聖天剋の蹴りはその見えない何かに阻まれたので遅れて気づくことができた。
「なんですか、それは……」
「ああ、カナキさん……いらしていたんですね。こんな格好で申し訳ありません……と、いけない。彼はカナキさんの友人でしたよね」
ずるり、と剣を引き抜くと、聖は自分の方向に倒れてきた聖天剋を優しく抱き留めた。
「もう長くありません。最期の言葉があれば……」
聖が僕の方を見てそう言ったときには、既に僕は駆け出していて、聖天剋の両肩を抱き、ゆっくりと寝かせた。
「聖天剋さん……!」
「……何をしている。俺に構っている暇などないだろう。さっさとお前のやるべきことを為せ」
僕が言葉に迷っていると、聖天剋がいつも通りの調子でそんな事を言ってきたので思わず苦笑してしまった。まったく、死の間際になってもこの人は変わらないな。
「――ありがとうございました。聖天剋さん。もう、ゆっくり休んでください」
「ふん……」
それだけ言うと、聖天剋は黙って動かなくなった。胸は微かに上下しているからまだ息はあるが、聖の言う通り長くはないだろう。だが、今は残念ながら彼を看取る暇はない。ゆっくりと立ち上がると、僕は聖といつの間にか傍にいたイリスと静香の方に向き直った。
「あら、カナキ。もういいの? 一応最後まで看取るくらいの時間はあげようと思っていたのだけれど」
「そんなこと彼は求めていませんよ。僕は為すべきことを為すだけです。今度こそ、この戦いを終わらせます」
僕は魔力を熾し、戦闘態勢に入る。対する相手は聖が一歩前に出たが、そのとき、聖達の足元に魔力が集中し、突然巨大な火柱が立ち上った。上級魔法『獄炎柱』だ。
「セシリアさんか!」
『よく帰ってきたな、カナキ』
魔法の発動速度と威力から、瞬時にその術者に検討がついた。脳内に『思念』によってセシリアの声が聞こえてくるが、台詞とは裏腹にその声は緊迫していた。
『再会を喜びたいところだが今はそれどころではない。私たちも奮戦し、聖天剋殿のおかげで分身体も倒したが、まだ聖は直感的に六割程度の力を残しているうえ、ここに来てみたことのない新たな術も披露してきた。見ろ』
「……あれは」
炎の中から聖がゆっくりと姿を現した。先ほどの聖天剋の蹴りを防いだ時と同じだ。聖の周りだけ不可視のバリアがあるように炎は彼女を避けるようにその身を焼き焦がすことをしない。
「初めて見る術ですね。『閉じる世界』や『雨避けの加護』の他にそんな防御術までもっていたんですか?」
「いいえ、この術を生み出したのはついさっきです。術の構想は魔王メルクースの魔法を見た時からもっていましたが、完成できたのはその方と戦ったおかげです」
「聖天剋さんが?」
その方というのが聖天剋だということは聖の視線からも明らかだった。
「はい。これまで私は大軍の掃討ばかりで正直対人の戦闘経験というのはあまり無く、術も相応しいものはありませんでした。ですが彼が立ちふさがり、まさか手傷まで負わせてくれたおかげで対人戦闘の具体的なイメージが固まりました。彼には感謝しないといけませんね」
皮肉ではなく、混じり気なしの謝意を示す聖。聖天剋が命を賭して聖を追い詰めたことが返って聖の更なる怪物ぶりに拍車をかけたというのか。
見ると、静香とイリスは今の攻撃を直前で避けたようで、イリスをお姫様だっこする形で静香が抱いていた。そのまま丁重にイリスを下ろした静香だが、イリスは困った笑みを浮かべていた。
読んで頂きありがとうございます。




