神狩り 3
Side カナキ
「テオッ!」
聖の分身体がテオを斬り捨てたのを見た瞬間、僕は立ち上がり叫んでいた。
「ふぅ、やっと一人目ね」
「ッ、イリス……!」
僕とは対照的に、ようやくといった調子でそう言い紅茶を飲むイリスに、僕は思わず掴みかかっていた。持っていたティーカップから紅茶が零れ、純白の足元を濡らした。
「亮、落ち着きなさい」
「ぐっ!?」
すぐさま静香が近づき、イリスを掴んでいた両手を鉄扇で叩き、離させると、遠ざけるために僕を蹴り飛ばした。
「ここでどうせ暴れたところで聖さんがどうこうしないと状況は変わらないわよ。それに周りの人間が死ぬところなんてこれまで何度も見ているでしょうに」
「ここまで一緒に戦ってきた仲間が必死に戦っているんだ! どうして僕だけここで呑気にみんなが死んでいくのを見ていなきゃいけないんだ!」
「……亮、あなた、本当に変わったのね……」
複雑な表情でそう言った静香に対し、イリスは何事もなかったかのようにカップに残っていた紅茶を飲んだ。そのうえで、「カナキの思いは共感できずとも理解はできます」と切り出した。
「だけど、私達には私達の目的があるし、あなたの要求を受け入れることはできません。カナキももう分かっているでしょう? ここは聖が創った特別な空間で魔法も神聖力も使えません。幸い体は自由に動くけれど、この空間で私に危害を加えることはできない。聖が“そういう風に”創ったもの。けど、そうね……カナキが自棄を起こさないでしっかり戦いを凝視するためにも一つ希望を与えましょう」
「希望だって?」
「ええ、聖は今頭上の『円環の露』とこの『閉じる世界』を並行して常時発動させており、それは聖にとっても決して少なくない神聖力を消耗しています。そのうえで聖が今発動した術、『虚ろなる天影』をも破壊したならば、彼女の神聖力ではここを保てなくでしょう。この意味、カナキならわかるわね?」
「つまり、下のみんなが聖の分身を倒すことができたら、僕はここから出られると?」
「ええ、私“達”と」
イリスの言葉を聞いたうえで再び僕は画面に視線を戻した。本体はエトが、分身体はアリスとマサトが相手していたが、どちらのかなり劣勢に陥っていた。過去に一度、スイランが分身体を倒したことは聞いていたが、本体である聖も出揃っている中で、それがもう一度起こるのか、僕には全く見当もつかなかった。
「亮、希望を捨てることはないわ。あなたの協力者達が強者ぞろいだということは戦った私も感じたわ。聖さん本体ならともかく、分身体であれば少なからず希望はある」
静香が僕を励ますような口調でそう語りかけてきたので、僕は視線を向けずに問うた。
「それで、本心は?」
「亮の絶望する姿なんて生まれてこの方見たことないから見てみたいの。希望をもてばもつほど絶たれた時の絶望感は格別だからね」
「やっぱりね……」
恍惚とした表情を浮かべる母の顔を想像しながら溜息を吐いた。本当に、この母の思考は僕と恐ろしいほど似ている。
「その言い方だと、私の考えはわかっていたようね。流石亮だわ……ああ、あなたは本当に成功したのね――やっぱり私の仮説は間違っていなかった」
「……母さん」
「ん、なぁに?」
「今はそれどころで聞けないけれど、あとで聞きたいことがある。それと、楓へしたことの制裁も」
『兄さんと私は母様の実験対象だったんです。蛙の子は蛙なのか。はたまた別の何かなのか。母様は自らの精神の異常性を生まれながらに感じ、そして周囲との違いに疑問をもった……だから、自らの肉体と二人の男を利用し、母様は半生を費やす禁忌的な、とんでもない実験を行った……そして、私はその実験の失敗作の烙印を押されたというわけですね……』
死の淵に立った楓が最後に残したその言葉が僕の頭の中でずっと引っかかっていた。今は僕だけではなく、他のみんなの命も危機的な状態のため聞くことは躊躇われたが、もし僕がここから脱出し、再びイリス達と戦うことになれば、たとえ静香を殺すことになったとしても、必ずそれだけは聞き出そうと決意していた。
「ふふ、亮の制裁、か。それも悪くないかもしれないわね。でも、あなたの思っている通り、今は画面に集中したほうが良いかもしれないわね」
「そうだね、話はあとだ」
「ふふ、私としては、ずっとこのままこの中でお話しているだけでよいのだけどね」
ただ一人、イリスだけは優雅に紅茶を口に運び、そう呟いた。
Outside
「……!」「このぉおお!」
アリスの操る死体の突貫、そして、ツバキの射出した『天叢雲剣』を分身体の聖は難なく防ぎ、返す刀で骸を葬る。
「しかし、きりがありませんね……」
だが、聖の周囲には他にも数十体の死体が闊歩し、その隙間からマサトやツバキの正確な射撃があるため、聖も術を繰り出すのに躊躇していた。本体であれば力業で難なく突破したところだが、今の分身体にはそこまでの神聖力は割かれていない。そうなれば必然と、神聖力をあまり消費しない近接戦になるのだが、それを見越したアリスが強者の死体を使った遠距離戦から、それには劣るものの、大量の数を用意できる死体を全面に押し出した集団戦に移行させたので、事態は一変して均衡状態に陥っていた。
「けれど、このまま膠着状態になるのを嫌がるのはあなたたちのほうではありませんか? このままでは本体があなた達の主力を倒すかもしれないし、それすらも待たず頭上の『円環の露』が完成する可能性だってあります。多少はリスクを冒さなければ微かな勝機すらも逸してしまいますよ?」
「ちっ、分かったような口して……」
その言葉を遠くから身を潜めて聞いていたアリスが舌打ちした直後、通信機越しにマサトから連絡が入った。
『アリスさん、あの女がいうことは一理あります。ここは俺に勝負させてくれませんか?』
「ちょ、あんたね。さっきのテオを見たでしょう? 無策で突っ込んだらまた戦力が減っちゃうでしょう!?」
マサトの身の心配ではなく、あくまで自軍の戦力が減ることを危惧して言ったアリスの言葉に、当然マサトは応じることなく、短い言葉で通信を終了する。
『既に根回しはしてあります。あとはバックアップお願いします』
「あ、ちょ――」
言い終わる前に、アリスの視界で一人の少年が聖に向かって飛び出した。マサトだ。
「ツバキ、“雨”を降らせろ!」
「! 分かった、いよいよ正念場だね!」
弾んだ声で応答したツバキの体内から大量の魔力が熾こった。それを察した聖も、視線をしっかりとツバキに合わせ――た瞬間に飛んできたマサトの銃弾を素手で掴む。
「くっ、無駄だというのに……!」
「アリス!」
「ああもう……!」
マサトの声を聞いたアリスが苦悶の声をあげながら切り札の死体の一つを切る。
「!?」
突如、聖が大きく跳躍する。その直後、聖のいた足元の何もない空間に一筋の斬撃が走った。そして攻撃を仕掛けた当のアリスは絶望した表情で項垂れる。
「もう、なんでこの初撃を躱せるのよ……ッ」
「この魔法は……あそこか!」
聖の魔力源を辿り、それがエリアス・リ・モンドールの死体から放たれた『次元斬』だということ、そしてその傍に身を潜めていたアリス・レゾンテートルが死体を操っていた黒幕だと確信する。
(あの赤衣の童子の動きは気になるけれど、まずはあの厄介な死霊使いを叩く)
幾つもの光剣を空中に出現させた聖がそれらを一気に射出し、アリスとエリアスを狙う。
「まあ、そうくるよね!」
「!?」
だがそこで、聖の想定していなかった事態が起きた。
『英傑らの武心』による攻撃の先に突然先ほど警戒していた『守護者』、ツバキが現れたのだ。攻撃魔法の準備のためにしたいに守られた位置にいると目を離した一瞬の合間を縫って聖の前に躍り出たのだ。
「反射しろ!」
「はぁい! 『八咫鏡』!」
ツバキは持っていた和傘を開き、自分の身を隠すようにそれを前方に掲げた。
その直後、ツバキへと迫った光剣は、和傘を前にぴたりと動きを止め、一斉に刃先を反転させる。
「まさか……!」
「はぁあああ!」
先ほどと同じ速度、いやそれ以上の速度で返ってきた自分の術にさしもの聖も驚きの声をあげた。自分の術を返されるという先ほどテオ相手にしたことを今度は自分がされるという事態だったが、聖はそこからがテオとは違った。
「舐めないてくださいッ!」
「なっ!?」
空中で体を回転させ、飛来した光剣を悉く撃ち落とし、最後の一本は身をひねって躱すと同時にその剣の柄を“掴む”と、勢いをそのままにそれを再びツバキへと投擲した。
「嘘でしょ!?」
驚くツバキが再び和傘を前へ向けたが、先ほどよりもさらに勢いを増した光剣は『八咫鏡』を突き破り、ツバキの右肩を貫通した。
「あああああああああッ!?」
「落ち着け、まだ終わってないぞ!」
激痛に絶叫したツバキに初めて見せるような大声を上げる。
「『リッパ―』、霧を!」
「~♪」
聖の着地点に向かって走りながら銃を乱射しつつ、同時に『リッパ―』を召喚して周囲の視界をゼロにする。
「力の流れが視える私に霧を……?」
背後から無音で迫ってきた『リッパ―』を瞬殺しつつ、それでも聖は何らかの狙いがあると踏み周囲を警戒する。そして聖の読み通り、霧がゆっくりと晴れてくる中で自身の頭上に急速に魔力が集まりだすのを察知する。
(出所は……さっきの童女!)
聖がツバキの場所を感知し、飛び出そうとした瞬間だった。
「づっ!?」
突然受けた背後からの奇襲に聖が初めて苦悶の声を上げる。
「やっと私でも攻められる環境になったわね」
「ッ、また新手……!」
腹部を槍のようなもので貫かれたと感じた聖は、すぐさま背後に攻撃を放つが、手ごたえはまるでないことに聖は驚愕した。まさか、視界が悪いとはいえ、自分が力の流れを視ることができない者などこれまで一人もいなかったからだ。
(物理的に気配を消せたとしても、動けば魔力や神聖力の残滓が必ず残るはず、そうでもなければ、相手は魔力や神聖力を一切もたない――)
「まさかっ!?」「はい、手遅れよ」
聖が振り向いた先には、手に持つ蛇骨槍を鞭のように変形させ、自身を拘束した相手、フェルトの姿があった。
「一切の魔力をもたない――影の薄い私がそんな体質だったなんて、流石の皇国も知らなかったみたいで安心したわ」
「……これは、してやられましたね」
「――『禍ツノ雨』」
そうしたあと、聖の頭上にツバキの生み出した強酸の雨が降り始めた。
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